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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第五章 思いが交錯する夏
49/59

49 ちなちゃんの鎧


4人で遊びに行く予定は天候不良で行き先が変更になった――俺の家に。


家に友達が遊びに来るのは久しぶりだ。小学校のころはよくあったけれど、中学入学以来、そういうこともなくなっていた。


うちは父親が育った古い一戸建てに住んでいる。友達が来ると2階の八畳間が遊び部屋にあてがわれ、賑やかにゲームをしたりマンガを読んだりしていた。タンスとテレビしかないその部屋は遊ぶにはもってこいなのだ。


さらに、家族で遊ぶことも多いため、歴代のゲーム機にボードゲーム、トランプやUNOその他のカードゲーム、将棋に頭脳ゲームなどいろんなものがある。今でも仕事で遠くにいる兄貴が帰ってきたときなどは何時間でも一緒に遊ぶ。


予定の変更の相談をしたとき、「うちに来る?」という言葉が出たのはそういう背景があるからだ。野上がちなちゃんの家から電話をかけてきたことが頭に残っていたというのもあるかも知れない。うちで遊ぶっていうのも有りか、と、ふと思ったのだ。野上とちなちゃんは最寄り駅が隣だし、仲里はもともと同じ中学なのだから、比較的家も近い。仲里は嫌がるかと思ったら、「面白そう」と即OKした。


というわけで午前中に倉ノ口駅に集合し、食べ物と飲み物を買って、俺が案内して来た。初めて見る私服のちなちゃんはレモン色のワンピース姿。透き通るようなレモン色が彼女の素直な雰囲気によく似合っている。


初めは遠慮がちだったちなちゃんも、時間の経過とともに元気になってきた。勝負に真剣な顔をするちなちゃんを見ながら、俺は折り紙のカエルで勝負していたときもこんな感じだっただろうか、と思ったりした。


「また負けた! なんで?!」

「智菜、弱すぎ」

「おかしいよ! そんなはずないのに」


ババ抜きで3連敗したちなちゃんが悔しがっている。


「絶対変だよ。実はみんなでこっそり教え合ってたりしない?」

「あはは、してないよ」

「ババ抜き程度でそこまでしないって」


俺と仲里は否定し、野上は苦笑いして俺たちの方を向いた。


「ちなちゃんは勝負事が全然ダメなんだよ。昔から」

「『全然』じゃないよ」


ちなちゃんがむっとした顔で野上を睨んだ。


「半分くらいは勝ててたよ。全敗なんてなかったもん」


ちなちゃんがふくれるのも当然かもしれない。彼女が言う「全敗」はババ抜きだけの話ではないのだ。最初にやったゲームも一度も勝てなかった。仲里だって初挑戦なのは同じだったのに。


「おじさんもおばさんも俺も、ちなちゃんに勝たせるために手加減してたんだよ」

「ウソ。お父さんたちはそうかも知れないけど、ちかちゃんは違うでしょ。手加減したのはあたしの方だよ」


ムキになって反論するちなちゃんもなかなか可愛い。保育園時代もこんな感じだったような気がする。にやけた顔を隠すため、集めたトランプをきりながら下を向いた。


「ちかちゃんなんか、負けたのが気に入らなくて、トイレにこもっちゃったことがあるんだから」

「うわ、今、それを言う? それこそ昔の話だろ?」

「ちかちゃんが上から目線で言うからですー」


ふたりのやり取りに思わず笑っちゃったけど、彼女である仲里の前で昔の失態をばらされた野上はちょっと気の毒かも。でも、仲里はそこはスルーしてあげたようだ。それとも野上のために話題を変えようと気を遣ったのか。


「智菜がこんなにびしばし言うの、初めて見た」


楽しそうにちなちゃんに言った。


「『そんなふうに言えるんだ?』って、今、けっこう驚いてる。学校と全然違う。面白い」

「ちなちゃんは内弁慶なんだよね」


気持ちを立て直したらしい野上に言われ、ちなちゃんが少し真面目な顔になった。


「べつに性格を隠してるわけじゃないけど……、ちかちゃんには遠慮なく言うよ、きょうだいみたいなものだから。でも、周りに人がいるときはダメ。話すの苦手」

「今だって俺たちがいるのに」


俺が笑って指摘すると、ちなちゃんはにっこりした。


「今は平気。ミアも水澤くんも大丈夫って分かってるから。安心してると声が出やすいの。頭と口が直結してる状態っていうか」

「人見知りって誰にでもあると思うけど、智菜の場合は特別に強いんじゃない? 学校では常に警戒モード、みたいな。それとも『口は禍の元』ってやつ?」


そこで野上がくすっと笑って言った。


「ちなちゃんの鎧」

「よろい……?」


仲里と俺が野上を見ると、野上は視線をちなちゃんへと向けた。つられた俺たちの視線も受けたちなちゃんがおずおずと口を開く。


「中学の生徒会の先輩に教えてもらったの」

「鎧のことを?」

「そう」


軽く息をついて、ちなちゃんが続ける。


「危ないな、と思ったら、まわりと自分の気持ちを遮断するの。鎧を着るみたいに」

「遮断?」

「そう。例えば」


言葉を切ったちなちゃんが軽く首を傾げながら座りなおした。


「誰かに嫌なこと言われそう、とか、このひと苦手だなあ、とか、そういうときに使うの。そうすると嫌なことをスルーできるっていうか、跳ね返せるっていうか……、で、顔に出さないで済むの」

「何それ?」


仲里が眉を寄せた。


「それ、智菜が一方的に我慢するってことじゃん」

「え?」


ちなちゃんが目を丸くした。思いがけない指摘だったらしい。


「だってそうでしょ? 嫌なこと言われてその鎧で跳ね返したつもりでも、智菜には聞こえてるんだよ? 傷付くのは変わらないよ?」


言われてみると、確かにそうだ。


「しかも、相手には自分が傷付いたってことを知らせないわけだよね? そんなの言ったもん勝ちじゃん。不公平だよ」

「だ、だけど、いつもじゃないよ? 危ないなって思ったときだけ。そりゃあ、聞こえなければ一番いいけど……」

「ちかちゃんは知ってて何も言わなかったの? 智菜が我慢してるのをただ見てただけなの?」


矛先を向けられた野上は「それは」と言ったきり詰まってしまった。ちなちゃんも、なんとなく慌てた様子だ。


俺はふたりが気の毒になった。だって、これはきっとちなちゃんなりの身の守り方だったに違いないのだ。野上もそう思ったから、黙認してきたのだろう。だから、そっと言った。


「仲里みたいにはっきりと態度に出せてたら、ちなちゃんだって苦労してないよ。ね?」


ほっとした様子でうなずくちなちゃん。少し落ち着いたらしく、仲里に微笑みを向けた


「だからミアに憧れてるんだよ。いつも堂々としててカッコいいから。そういう強さがうらやましい」


俺たちを見まわして、ちなちゃんが続ける。


「あたし、弱虫で、おどおどしてばっかりだったんだ。それで、先輩が教えてくれたの。弱味を見せちゃいけないって。相手はそこを攻撃してくるからって」


――攻撃。


弱味を見せたら攻撃される。中学時代、ちなちゃんはそんな厳しい状況にいたのだろうか。


「だから鎧を身に着けて、何でもないふりをするの。それと……、ずるいけど、相手を怒らせないように調子を合わせたり」

「智菜。それ、あたしにもやってる?」


仲里が怖い顔で訊くと、ちなちゃんは笑った。


「ミアにはしてないよ。必要ないし、ミアはそういうの嫌いでしょ?」

「当然だよ」


怖い顔を崩さない仲里がちなちゃんを見据える。


「鎧なんか捨てちゃいなよ」


ちなちゃんが小さく息をのんだ。


「鎧ってさ、外からの攻撃から守ってくれる代わりに、智菜のことを閉じ込めてるんだよ」


ちなちゃんだけじゃなく、俺も野上も仲里を見つめる。その真剣さを。


「不愉快な相手に愛想良くする必要ないよ。理不尽なこと言われたら怒っていいんだよ。話したくなかったら逃げちゃいなよ」

「でも、だけど、逃げられないときも――」

「あるかも知れないけど、そういうときに相手を好きなふりをする必要はないと思う」

「でも、そんなことしたらそのひとが傷付くかも――」

「智菜は傷付いてもいいの? そんなことないでしょ?」


仲里のたたみかけるような勢いに、ちなちゃんは考え込んだ。俺と野上はどうしていいか分からずにこっそり視線を交わした。


「あたし、思うんだけど」


仲里が少し落ち着いた調子で言った。


「智菜の場合、意地悪してくる子って、智菜を脅威として見てるんじゃないかな」

「あたしを? 脅威って――危険人物ってこと?」

「“危険” じゃなくて、立場的に負けてる、みたいな?」


部屋の空気が少し緩んだ。


「智菜みたいな “いい子” には正面からぶつかると勝ち目がないから。みんなを敵にまわしちゃうからね。だから智菜を貶めて、自分が智菜よりも上だって示そうとするんだよ」

「それは違うんじゃない? あたしはべつに “いい子” じゃないよ。目立ちたいとも思わないし、すごいって言われなくてもいいし、誰かに勝ちたいとも思ってないよ。なのにそんなふうに考えられたら困るよ」


智菜ちゃんの反論にも仲里は納得しないらしい。


「そういう『あたしは無欲です』みたいなところも、反感を買う原因になると思うよ」


仲里を囲む3人がはっと息をのんだ――直後、俺の声が出た。


「それは言い過ぎだよ」


みんなの目が俺に向く。


思いのほか大きな声だったことに自分で動揺しつつ、仲里に攻撃的な気配がないことを確認して心を落ち着けた。


「それは言い過ぎだよ。誰にも害を加えないんだよ? 反感を買うほどのことじゃないだろ? もしあったとしても、そんなの向こうが悪いんじゃないか。ちなちゃんのせいじゃないよ」

「ありがとう」


ちなちゃんが俺ににっこりし、それから穏やかな表情を仲里に向けた。


「ミアの言うこと、分かる気がする。それに、鎧のことも、言われてみればそうかなって思う。すぐには変えられないけど、ちょっと考えてみるね。言ってくれてありがとう」

「うん」


うなずいた仲里がニヤッと笑った。それを合図に野上が明るい声を出した。


「よし。じゃあ次は何をする? 水澤、ちなちゃんが間違いなく勝てるものはある?」

「そうだなあ。運で勝負するものなら――」

「え、ちょっと待って! 運じゃなくて大丈夫だから! 頭脳で勝負でも全然オッケーだし」


もう、さっきまでの俺たちだ。でも、少しゆっくりちなちゃんの話を聞いてあげたい……というのは余計なお世話だろうか。







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