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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第五章 思いが交錯する夏
45/59

45 ◇◇ 智菜:チカちゃんの訪問


「もっと早く教えてくれれば良かったのに」


我が家のダイニングでカップアイスにスプーンを突き立てながらチカちゃんに不満をぶつける。


「毎日一緒に生徒会に行ってたのに、何も言ってくれないなんて」

「そうなんだけど……、ごめん」


チカちゃんはアイスをぱくりと食べ、スプーンをくわえたまま上目遣いにわたしを見た。ちょっと甘えるような顔は、わたしが本気で怒っているわけじゃないと分かっているからだ。


「どう言ったらいいか分からなくて。頭の中では『言わなくちゃ』って思ってたんだよ?」

「まあ、気持ちは分かるけど」


わざと大きくため息をついて、少し乱暴にアイスを口に入れた。たちまち冷たさと甘さが心地良く口の中に広がって、怒ったふりなんか馬鹿馬鹿しくなった。


「ま、あたしはそうなったらいいなって思ってたけどね」


わたしの言葉にチカちゃんが「本当?」と嬉しそうな顔をした。そんな顔をされたら、もう笑うしかない。


チカちゃんがうちに来たのは夜9時ごろ。夕食が終わってのんびりしているときに『行ってもいい?』と連絡があり、手土産にアイスを持ってやって来た。


今日の昼間に水澤くんと出かけることは聞いていたから、水澤くんとの秘密の企画が進んでいるのだと思っていた。水澤くんからは、チカちゃんと話してから連絡してほしいとメッセージが届いていたし。


ところが、話はそれじゃなかった。


紺のTシャツと短パンという普段着で――なにしろ同じ階の2軒先だ――やって来たチカちゃんは、アイスを袋からテーブルに出しながら、「実は俺、ミアちゃんと付き合うことになって」と言ったのだ! びっくりして振り向いたわたしは、注いでいた麦茶をこぼしてしまった。


驚きながらもその知らせは嬉しくて、矢継ぎ早に質問した。すると、すでに決まってから一週間が過ぎていることが分かった。わたしと水澤くんが相談をした日には、もう結論が出ていたのだ。自分たちが無駄なことをしていたと分かって、ちょっとばかり腹立たしくなった。で、「もっと早く……」と言うに至ったというわけ。


思い出してみれば、水澤くんはメッセージであの計画に触れていなかった。ただチカちゃんと話してから連絡を、と書いてあっただけ。たぶん、水澤くんも今日、チカちゃんから聞いたのだろう。


「水澤にも、智菜ちゃんにちゃんと話せって言われた。ミアちゃんにも『俺から話す』って言ってあったんだ。だけど言い出せなくて」

「分かった。もういいよ」


結果には満足している。それに、隠そうと思って隠していたわけじゃない。ちゃんと謝ってくれたし。だから、もういい。


ガタガタ音がして、お父さんがお風呂から出てきた。首にかけたタオルで汗を拭きながら、チカちゃんに気付いた。


「お、正誓(まさちか)

「おじさん、こんばんは。お邪魔してます」

「チカちゃんがアイス持ってきてくれた。冷凍室に入れてあるよ」

「おう、ありがとう。あとでもらうよ」


家族ぐるみで付き合いのあるチカちゃんだから、もちろん、うちのお父さんとも顔なじみだ。と言うよりも、娘しかいないお父さんにとって、チカちゃんはよその家に生まれた自分の息子みたいな感じらしい。


「また紗枝(さえ)さんとケンカしたのか?」


冷蔵庫を開けながらお父さんがからかい気味に言った。


「紗枝さん」というのはチカちゃんのお母さん。「また」というのは、要するに、チカちゃんは親とケンカをするたびに我が家にやってきてるってこと。


「今日は違う。智菜ちゃんと、夏休みの計画」

「お! 遊びに行くのか? 俺も行っていいか?」


缶ビールを手にお父さんが食いついてくる。こんな反応もいつものこと。


「おじさん、車出してくれる?」

「おう、もちろん!」


胸を張るお父さんに、わたしは容赦なく言う。


「現地に着いたら、帰りまでどこかで時間つぶしててもらうことになるけど」

「え〜? 智菜は冷たいなぁ。一緒に遊んでくれないのかよぉ」


落胆した身振りをして、「まったく娘は」なんてぶつぶつ言いながら、お父さんはソファに行ってしまった。それを笑って見送ったチカちゃんが、あらたまった様子で身を乗り出した。


「ってことで、遊びに行こうよ。夏休みらしく」

「メンバーは?」

「俺たちと、ミアちゃんと水澤」


なるほど。あの企画はまだ存在しているらしい。目的は消えてしまったけど。


――違うんじゃない?


頭の中で小さな声がした。はっとした瞬間、あの日の相談の記憶がよみがえる。

                                               

水澤くんとの間では、チカちゃんとミアを仲良くさせるための計画だった。でも、わたしは。わたしの胸の中には。


たどっていくと自分のずるさが見えて、ちょっと悲しくなった。


あのとき、水澤くんと一緒に遊びに行けたら楽しいだろうな、という思いがあった。話したり笑ったり、一緒に何かをしたりできると思うとひとりでににこにこしてしまうくらい。


つまりわたしは、チカちゃんとミアの仲を取り持つという大義名分を掲げて、お腹の中では自分の楽しみを描いていたのだ。


こんなこと、誰にも言えない。特に、純粋にチカちゃんを応援しようと考えていた水澤くんには知られちゃダメだ。きっと軽蔑されてしまう。そもそもわたしなんかに好かれているなんて――。


(あ)


これは触れちゃいけない場所だった。でも、もう遅い。被せておいたふたがぽん、と開いてしまった。


――好き。


飛び出してきた言葉に気持ちが重なる。


(違うよ。これは幼馴染みの懐かしさだよ)


急いで流し去るため、いつもの言い訳を持ち出す。でも――。


「ねえ、智菜ちゃん、いいよね?」


チカちゃんの声で、まだ返事をしていなかったことに気付いた。不安そうな様子は、わたしの機嫌が直り切っていないと心配しているからだろうか。


チカちゃんを安心させるために、からかうように微笑んでみせる。


「いいけど、お邪魔じゃない? ミアとふたりで行きたいんじゃないの?」

「ふたりでは……いつでも行けるから」


照れてそわそわするチカちゃんに、なんだかじーんとした。恋をしているこのひとは、わたしの大事な幼馴染み。


「ふふ、いいよ。ミアと水澤くんなら楽しいもん」

「うん。だよね」


満足そうにチカちゃんがうなずいた。


その場でチカちゃんのスマホでミアと水澤くんに連絡を取り、わいわいと楽しく日程と行き先が決まった。お父さんがときどきあげる羨ましげな声を聞き流しながら。


チカちゃんを玄関で見送ってから、ふと思った。ミアは、チカちゃんがうちに来ていると聞いても嫌な気分にならないのかな、って。


きっと大丈夫なんだ。少なくともチカちゃんはそう思っている。だからうちから連絡したのだ。もしかしたら、帰ってからもう一度、ふたりで話すのかもね。わたしも後でミアにメッセージでも送ろう。


(梨杏じゃなくて良かった……)


心の底から思った。


チカちゃんの相手が梨杏だったら、わたしと一緒のときに連絡しないでってチカちゃんに言ったと思う。家に帰ってからにしてって。今日みたいな話のときだけじゃなく、普段も、梨杏の前ではなるべくチカちゃんと話さないようにしちゃうな。


(あ、そうか)


それって、今もやってる。生徒会室で。


梨杏がチカちゃんと話しているときは邪魔をしないように。仕事以外のことでは、わたしからチカちゃんに話しかけないように。作業をするときにはチカちゃんから離れた椅子を選んで。


すごく気を遣ってる。梨杏に何か言われるのが嫌で。


そんなふうに気を遣っているから、この夏の生徒会室はとても疲れてしまう。


「正誓は彼女ができたのか?」


玄関から戻るとお父さんの声がした。話をしっかり聞いていたらしい。


「そうだよ。ときどきお父さんに話してる友達。同じクラスのミアだよ。すっごく美人で、性格がカッコいい子なの」


答えながら誇らしくなる。チカちゃんの選択は絶対に間違っていない。


ミアがわたしにやきもちを焼かないとか、そんなこととは関係ない。たとえミアがチカちゃんじゃなくて水澤くんの彼女になったとしても、ミアを選んだ水澤くんに心からの拍手を送る。


「そうか」


お父さんがぼんやりと答える。今までのチカちゃんのことを思い出しているのかも。


ダイニングテーブルを拭きながら、わたしもいろいろ思い出した。小学校から中学校、高校と、チカちゃんとはたくさんの思い出がある。助け合って乗り越えたこともいくつも。


「お母さんは、お前とくっついてほしかったみたいだけどなぁ」


お父さんの言葉で、胸に小さな痛みが走った。お父さんはソファでテレビの方を向いたまま。


「それは仕方がないよ」


手を止めて、サイドボードの上にあるお母さんの写真に目をやる。笑顔のお母さんは2年前からもう歳をとらない。


(残念でした)


心の中でお母さんに言った。


お母さんがそれを期待していたことはなんとなく分かっていた。わたしも幼馴染みが恋人になるストーリーに憧れたことはあった。小学校の高学年のころのことだ。


でも、その憧れは恋愛感情には発展しなかった。わたしたちの関係があまりにも近すぎたのだと思う。ある事件を経て、きょうだいとか同盟関係とか仲間とか、とにかくそんな感じに落ち着いた。


2年前、病気の床で、お母さんはチカちゃんにわたしのことを託した。わたしを見守ってほしいと。チカちゃんは責任感と――償いの気持ちで引き受けた。


わたしはお母さんの頼みは中学生には重すぎると思った。けれど、弱虫のわたしは自分の状況がどうしようもなくて、約束しなくていいとは言えなかかった。それに、お母さんがそんなにすぐにいなくなっちゃうなんて知らなかったから、いつでも約束を終了させられると思った。


けれど、その機会は永遠に来ないことになり、わたしはチカちゃんに頼ったまま。


でも……。


そろそろ卒業する潮時だと感じている。わたしが言ってもチカちゃんはこの前同様、反対するだろうけど。


努力をしないと。一生このままでいるわけにはいかないのだから。







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