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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第五章 思いが交錯する夏
43/59

43 野上と告白


7月最後の土曜日、野上と遊びに出た。シネコンの入った大きなショッピングセンターで午前中は映画を見て、午後は店をぶらぶらする予定。


俺はそのあいだにちなちゃんと相談した4人で出かける企画を持ちかけるつもりでいる。野上の仲里への気持ちを確認し、ちなちゃんへの俺の気持ちも打ち明けて。ただし、ちなちゃんが俺と相談していることは秘密。ちなちゃんは、野上のことは本人が話してくれるのを待ちたいと言っていた。


話は昼飯を食べながらにしようと決めていた。けれど、切り出すきっかけにと考えてきた言葉はどうも唐突過ぎる気がしてなかなか口に出せない。やっと決心がついたのは午後も半ばのころだった。こだわりの雑貨らしきものを並べた店で棚をめぐりながら、野上の後ろから声をかけた。


「野上はさあ、女の子と遊びに行きたいとか思わないの?」


不思議な金属の塊をしげしげと見ていた野上が振り向いた。


「女の子と?」


興味がないような、でもどこか面白がるような表情で野上が訊き返す。俺は慎重にさり気なさを装って言った。


「そうだよ。例えば――仲里とか」


野上がすっと目を細めた。その視線は次第ににらむように変わり――。


「え? あれ?」


無言の野上に不安になる。考えてみなかったけど、もしかしたら訊いちゃいけない話題だったとか? 例えば――すでにフラれてるとか?


「ちょっとあっちで話そう」


ドン、と肩を押されて店から出た。


通路を見まわした野上が俺に背を向けて歩き出す。それを追いかけながら、野上の不機嫌さに嫌な予感が大きくなる。仲里の名前にこんな反応をするってことは、絶対に不都合なことがあったのだ。


通常の生活では接点のない野上と仲里。不都合な事態が起こるとすれば、余程特別なことがあったはずだ。ふたりの関係が壊れるような。しかも、時間的に考えて、傷はまだ新しいのではなかろうか。


よく考えたら、野上は俺とは違ってきっぱりした性格だ。アピールポイントもたくさんある。好きな相手ができたらさっさとコクってしまっても全然不思議じゃない。


そしてフラれたんだ。


(うっわー、マジかー)


どうりで俺が夏休みの予定を訊いたときに嬉しそうな顔をしたはずだ。失恋したところに友達から変わらぬ友情を示されたら嬉しいに決まってる。


こんな状態じゃ、4人で出かけるどころじゃない。ちなちゃんに対する俺の気持ちも言えない。失恋したばかりの野上に俺の浮かれた話なんて。


自動ドアから出ていく野上を追って外へ出ると熱い空気と日光がぶつかってきた。相変わらず無言の野上はベランダ仕立ての通路をどんどん進む。角になっている日の当たらない一画に着くと、ようやく立ち止まって振り返った。


通り過ぎる買い物客のリラックスムードとは対照的に、不機嫌に俺をにらんでいる野上。やっぱりこれはフラれたに違いない。仲里の名前をいきなり出したのは失敗だった。


「誰から何を聞いた?」


野上が腕組みをする。その態度と低い声はまるで脅しているみたいだ。俺はシャツの皺を直すふりをしながら、無邪気な雰囲気を装った。


「何って?」

「俺のこと」

「野上の? いや、何も」


やっぱり断られたんだ。仲里と俺が知り合いだから、本人から聞いたんじゃないかと疑ってるんだ。


「ウソだ。だって変だよ、急に女の子と遊びに行かないのか、なんて」

「そんなことないよ。俺たち高2男子だぜ? 女の子と出かける話題なんて普通じゃん」

「でも、水澤はそういうタイプじゃないだろ? 俺はちゃんと知ってる。お前が女子とチャラチャラ遊びまわるヤツじゃないって。ついでに、俺もそういうタイプじゃないって分かってるはずだ」

「え、ああ、まあ……」


それは間違ってない。でも、そんなことを言われると、ちなちゃんと一緒に出かけたいとますます言えなくなる。困った。


「それに、いきなりミアちゃんの名前出すなんて、どうしてだよ?」

「それは……、俺の試合に一緒に来てくれたし……」


この機嫌の悪さ。仲里の名前を出したのは本当にまずかった。もう少し慎重に話を運べば良かった。まさに後悔先に立たずだ。


言葉を濁す俺に、野上は攻撃を緩めない。


「水澤、この前、言ったじゃないか。俺といるのが一番いいって」

「ん? ええと……」

「忘れたの? ゴールデンウィークにクラスで出かけたときだよ」

「ん、ああ、確かに言ったな。うん、それは今でも変わってないよ。野上は特別だから」


ほかの友人とは別格だ。


「だったらどうして俺に女の子と出かけないのかなんて訊くんだよ?」

「……ごめん」


失恋が相当トラウマになっているらしい。


確かに野上くらいの男だったら、今まで断る側しか経験していないのかも。つまり初めての失恋で、しかも相手は仲里。きっとあの毒舌で容赦なくメッタ切りにされた違いない。プライドもずたずたになるほどに。


「俺は水澤がいればいい。女の子なんか必要ない」


思いつめたように訴える野上が気の毒だ。たった一度の失恋で希望を失くす必要なんかないのに。


「野上、そこまで思いつめなくても」

「思いつめてるんじゃないよ。ずっとそう思ってきたんだ」

「へ?」


ずっと? ずっとって……?


野上が腕組みを解き、通路の手すりに腕をのせて寄りかかった。遠くを見るように。俺も並んで同じようにすると、夏空の向こうに入道雲が湧いているのが見えた。


――この話題をどう終わらせよう?


4人で出かける話はあきらめるしかない。こうなったら俺となちゃんのふたりで出かける計画に変更だ。俺とふたりでもOKしてくれるかな。そもそも言い出せるのか?


「水澤が、俺といるのが一番だって言ってくれたとき、願いが叶ったって思ったよ」


隣で聞こえたつぶやきで意識が今に戻った。そうだった。今は失恋した野上を慰めないと。


「うん……」

「なのに今さら女の子の話をするなんて」

「うん……」


(……ん?)


なんか変な感じがする。


俺がいれば女子はいらないって言った? ずっと前から思ってたって? で、俺が言ったことは野上の願いどおりだった……?


「期待した俺が馬鹿だったんだ」


期待って――俺に?


「え? 野上…は」


もしかして。


一つしか思いつかない可能性。それが言葉という形になる前に鼓動が速くなった。同時に顔から汗が引いた。


「野上は」


ドッドッドッド……と心臓が胸を叩く。頭の中に問いが響いた。


(ちなちゃんの最初の見立てが当たっていたのか――?)


どう確認すればいいんだろう? さっきのは告白だったのか?


「野上」


縋りつくように野上の腕をつかむ。野上は俺を見てからすっと視線をはずし、手すりから身を乗り出すようにして下の広場をのぞいた。


(まさか)


野上の淋しげな横顔の意味は?


ちゃんと確かめないと。


視界の端を俺たちと同じような年の男子グループがふざけながら通り過ぎていった。その声が遠くなってから口を開く。


「野上は……俺、が、いいの?」


予想以上に弱々しい声だった。


道路をのぞき込んでいた野上が少し身を引いて、手すりに乗せた腕に顔をうずめる。その肩がひくっと動いた。まさか泣いてるのか? どうしよう?


「水澤! ごめん!」


大きな声と同時に、ずしん、と両肩に野上の手が乗った。


「いや、ホント、ごめん! あんまり信じるから止められなくなっちゃって。ふ、ははっ、ははははっ」


赤い顔をした野上が涙をぬぐう。この涙は……爆笑の涙?!


「ごめん。水澤、ホントにごめん」


だらしなく口を開けている自分に辛うじて気付いた。ぱちんと閉じると、恥ずかしさと同時に腹立たしさがゆっくりと湧き上がってきた。


「野上」


腕組みをするのは今度は俺の番。聞いてやろうじゃないか、野上の言い訳を。


「いやあ、何か言いたいことがありそうだって思ってたんだけど、水澤が『女の子』とか言うから可笑しくて」


俺が「女の子」って言っちゃ悪いのか? それがそんなに面白いか?


「それにさあ、遠回りすぎるよ。もっとはっきり言えばいいのに、ちなちゃんと出かけたいって」

「うわわわわわ、ちょっと待て!」


聞き流せない言葉が聞こえた。黙っていちゃいけない名前が。


「俺、ちなちゃんのことなんかひと言も言ってないし!」

「あはは、もう隠さなくてもいいよ。俺たち、意見が一致してるから」

「意見が一致? 『俺たち』って、俺は同意してないぞ」

「ああ、ごめん」


爽やかな笑顔で野上が謝った。


「『俺たち』って、俺とミアちゃん」

「はぁ?」

「前からそうじゃないかって思ってたんだけどね、ふたりで『間違いないね』って一致してさあ」

「いや、ちょっと。ど、どういうこと?」


野上と仲里の意見が一致? いつ? どこで?


目を剥いている俺の前で野上が照れたように頭を掻く。


「実はさあ、今日、話そうと思ってたんだけど、俺、ミアちゃんと付き合うことになってさあ」

「ええええええぇ?!」


失恋してないのかよ?!


「ほら、夏休みは長期間会えないだろ? だから思い切って申し込んだんだ。そしたら『いいよ』って」

「そんなに簡単に?!」

「あ、べつに “誰でもいいよ” の『いいよ』じゃないよ? ちゃんと『ちかちゃんなら』って言われてさあ」


照れている野上に力が抜ける。


野上と仲里が上手く行きそうだとは思っていた。予想は当たっていたわけだけど……。


「その話、ちなちゃんには……?」

「俺から話すってミアちゃんに言ったんだけど、毎日顔を合わせてると逆に言い出せなくて」


うん、そうだろう。聞いてたら俺に連絡してくるはずだ。


「幼馴染みで何でも知ってると思うと、余計に照れくさくて、あはは」

「うん。だろうな。だけど」


ちなちゃんはきっと喜ぶだろう。野上のことも仲里のことも大切に思っているから。


「なるべく早く話してあげろよ。野上から直接」

「うん、そのつもりだよ。今日、帰ったら話すよ」

「それがいいよ」


そして俺は――。


混乱気味の中、自己嫌悪に襲われている。







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