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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第五章 思いが交錯する夏
41/59

41 ◇◇ 智菜:前向きに

第5章「思いが交錯する夏」です。お楽しみください。


水澤くんに「お人好しでいい」と言われてから、自分や周囲の景色が違って見えてきた。


わたしも自分で「お人好しでもいいや」って思っていたけれど、それは “お人好しはマイナスポイントだけど” というところから出発していた。でも、水澤くんはそうじゃなかった。お人好しはわたしの長所だと言ってくれた。「公平な思いやり」って。


とても嬉しかった。そして、もう少し自分を認めてあげてもいいのかも、って思った。


自分には取り柄なんか無いって、いつも思っていた。勉強もスポーツも容姿も、自分よりも優れているひとはたくさんいる。中学のころは成績が良くて羨ましいって友達に言われたけれど、世の中には自分よりもできるひとがたくさんいると分かっていたから、自信なんか持てなかった。はっきりものを言えない性格も情けなくて。


でも、わたしにもいいところがあった。「今のままでいい」って言ってもらえるところがあった。同時に、自分が水澤くんに言った言葉を思い出した。「頑張っているひとはすごいひと」「“普通” のひとなんかいない」って。


それで目が覚めたような気がした。誰でもどんなことでも、プラスの面とマイナスの面があるんだって気付いたから。自分もそうなんだって。


だって、全部がダメなひとなんかいるわけがない。性格だって、場面や受け取り方によって変わる。「優柔不断」に見えてもそれは他人を大事にする気持ちなのかも知れないし、「いい加減」はこだわりがないから融通が利いて便利なときもありそうだ。「真面目」な人は周囲が「面倒だ」と思うことも「助かる」と思うこともあると思う。だから、一つの印象だけで決めるのは早計だ。


芽衣理と秋恵ちゃんのこともそう。


マーヤも含めた3人は、感情や好き嫌いをはっきりと表現する。嫌われるのは傷付くけれど、彼女たちが感情を隠さないということは、ウソが無いってことだと思う。だとしたら、それはそれで信用できる。わたしにネットのウワサなんか気にするなと言ってくれたことも、その言葉どおりに受け取ればいいわけで。


そう考えると、芽衣理たちはわたしを嫌いでも、親切なところもあるってこと。いいえ、もしかしたら嫌われているんじゃなくて、単にわたしにイライラしているだけなのでは……なんて思えてきて、芽衣理たちのこと結構好きかも、なんて思えたり。


二人とは入学当初は普通に話していた。そのころにお互いにファーストネームで呼び合うようになったのだ。関係が変わっちゃった理由は何だったのかな。今は訊いてみたい気がする。


身の回りで起きることも、受け取り方、考え方によって違うはず。だからこれからは、なるべく前向きに考えるようにしたい。自信がなくてつい悪い方に考えてしまうけど、これからは一歩離れる余裕を持って、良い面を探してみようと思う。そうすれば、毎日がもっと明るくて楽しくなるような気がするから。





「ああ、疲れたねえ」

「ほぼ座ってただけなのになあ」


文化ホールの座席から立ち上がり、佐久間くんが伸びをした。


夏休みに入って3日目、地区生徒会会議があった。近隣の高校の生徒会が集まって、年に一度の討論会。活躍している先輩の講演もあり、ちょっとしたホールが会場になっている。


生徒会担当の先生と会場で別れ、わたしたち7人で駅へと向かう。午後4時過ぎは、この季節はまだ昼間。斜めにさしてくる日差しはギラギラしていて、アスファルトに覆われた街中は熱気がこもったままだ。駅までは10分弱だったけれど、蒸し暑さに耐えきれなくなった佐久間くんが冷たいものが食べたいと言い、たちまち全員が同意した。


駅前のコンビニは同じ目的の他校の生徒で混んでいた。それぞれアイスやジュースを買って外に出て、駅の階段の陰で一休み。


「あれ、智菜?」


前を通りかかった女の子が立ち止まった。校章の入った白いポロシャツに紺色のスカートの夏制服。ポニーテールに大きな目。


「きゃ〜、真子ちゃん!」

「わ〜、智菜〜」


中学時代の同級生だ。駆け寄って腕をつかみ、思わずぴょんぴょん飛び跳ねた。


「元気〜?」

「元気だよ〜。真子ちゃんも元気そう。生徒会?」

「うん、そう。会長に誘われて今年だけ」

「そうなんだ?」


真子ちゃんが振り返ると、少し離れたところにいた背の高い男の子がこちらに向かって微笑んだ。


「会長さん?」


わたしの質問に、真子ちゃんは顔を寄せて小声で答えてくれた。


「そう。実は付き合ってるの」

「わ」

「でも内緒なの、学校では」

「おお! そうか。なるほど」


いろいろ気になるけれど、立ち入ったことは訊きづらい。


「なんか……いいね。うらやましいな」


彼氏と一緒に生徒会を頑張ってるなんて、まさしく青春だ。


「何言ってんの? 智菜だっているじゃん、ナイトが」


そう囁いて、真子ちゃんは「野上く〜ん、久しぶり〜」とチカちゃんに手を振った。笑顔で手を振り返すチカちゃんに「相変わらずつるんでるんだね〜」と笑う。


わたしとチカちゃんの関係については、真子ちゃんは中学時代からよく承知しているから構わない。でも、梨杏の前で言われるとちょっと困る。


「でも彼氏とは違うから」


そう言ったわたしの肩を真子ちゃんが笑いながらたたいた。


「付き合っちゃえばいいじゃん。野上くん、あんなにかっこ良くなったし、何年もずっと一緒にいて嫌にならないんでしょ?」

「そう言ったってね」

「二人とも誰かいるの? いないんでしょ? ってことは、お互いが一番ってことじゃん」

「いや、そうじゃないから」


否定しても、真子ちゃんはもうわたしを見ていない。


「智菜のこと、これからもよろしくね〜」


真子ちゃんが調子よくチカちゃんに言った。チカちゃんは「了解!」なんてふざけて敬礼し、うちの生徒会のみんなが笑う。チカちゃんを隣で見上げている梨杏以外は。


「ほらね?」


真子ちゃんは意味ありげな視線で言い、「じゃあね」と手を振ると、彼氏兼会長さんと一緒に階段を上って行ってしまった。


「智菜と野上くんって、そんなにずっと一緒にいるの?」


後ろから梨杏の声。はっとして振り向くと梨杏がわたしとチカちゃんを交互に見た。微笑みを浮かべているけれど、頭の中で警報が鳴った。


「小学校に入学したときからだもんね?」


鎧で動揺と警戒を隠し、不可抗力だった雰囲気の言葉をチカちゃんに振った。チカちゃんはいつもの穏やかさで「そうそう。新築のマンションに同時に入居したから」と答えた。


そこから引っ越しの話題に移り、みんなが経験した荷造りや転校の苦労話に花が咲く。これで梨杏の追求から逃れられたとほっとしていたけれど、梨杏はそんなにあきらめが良くなかった。改札口へと階段を上りながら、隣に並んで話を蒸し返したのだ。


「智菜と野上くんって、中学のころもずっと一緒に帰ってたの?」

「うん……、まあ、そうだね」


本当は離れていた時期もある。けれど、それを言うと、戻った理由も問われる可能性があるから言えない。他人には簡単に話したくない事情だから。


「喧嘩とかしたことないの?」

「あはは、するよ」

「頭にくることがあっても一緒にいられるんだ?」

「うーん、そうねえ、最近は腹が立つこともなくなったよ」

「どっちかがコクられたりしたことはないの?」

「あたしはないけど、チカちゃんはどうだろう? 分かんないなあ」


のらりくらりと質問をかわす頭の中はけっこう冷静。具体的なことは何も答えない。でも梨杏の興味はなかなか逸れない。


「いいよねえ、幼馴染みのナイトなんて」


あれこれ尋ねられたあとに言われた。


「それでも彼氏じゃないなんて、簡単にはみんな納得しないんじゃない?」


これはまずい気がする。この状態を放置しちゃいけないと、本能が警告してる。


「でも、違うんだもん。仕方ないよ」


明るく答えて、急いで次の話題を探す。攻撃は最大の防御って聞いたことがある。だから。


「梨杏こそモテそうだけど?」

「え? そんなことないよ」


笑って否定されたけど、ここで引いちゃいけない。頑張れ自分。


「本当だよ。梨杏って知的な美人って感じで、そのうえ話すと楽しいもん。彼女にしたいって思うひと、多いんじゃないかな」


これはお世辞ではない。梨杏のことは本当にこう思ってる。ただ――そう、違う面もあるってこと。わたしにとっては。


「そう……かな? まあ、告白されたことはあるけど……」

「わあ、やっぱり? あたしは無いよ。すごいなあ」


やった! 成功した! わたしよりも梨杏がモテることが明らかになった! これで梨杏がわたしを羨ましがる理由は消えた……はずなのに、梨杏は不満顔。


「好きって言われても、こっちが好きになれない相手じゃ仕方ないでしょう?」

「ああ……、そうだね」


確かに。


「いいなって思うひとにこっちを向いてほしいんだけどなあ……」


ため息をつく視線の先にはうちの生徒会メンバー。もちろんチカちゃんもいる。


やっぱりチカちゃんが好きなのかな? わたしを邪魔だと言ってるの? 自分に協力してほしいって言いたいの?


でも、わたしは何もできないよ――。


「うん……」


意味の無い相槌しか打てなかった。


チカちゃんがどうするかはチカちゃんが決める。わたしに付き添っていることも――必要なのは事実だけど――チカちゃんの意志だ。そして、チカちゃんには想うひとがいる。


「難しいね」


思わずつぶやいた言葉に梨杏がうなずいた。


「だから頑張るしかないの。チャンスは自分で作らないと」


後半の断固とした口調にはっとした。顔を上げたときには、もう梨杏はチカちゃんに駆け寄ったところで。


――やっぱりチカちゃんなのか。


梨杏と入れ替わりに話しかけてきた初乃ちゃんに返事をしながら考える。


たぶんこれは、積極的にアプローチする、という梨杏の意思表示。初乃ちゃんが言っていたとおり、今までの梨杏の言動もチカちゃんに近付くという目的もあったのかも知れない。


これからもっと積極的になるのかな……。


そう思うと、ちょっと面倒な気分になってしまう。


いや、決めつけちゃいけない。もしかしたら、これが何か良い面もあるかも知れないんだから。


でも……。


良い面がどんなことなのか想像もつかない。しかもチカちゃんが好きなのは梨杏じゃないし。


生徒会、大丈夫なのかな……。







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