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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第四章 意地悪とお人好し
40/59

40 思わぬ助け舟


「バッカじゃないの?」


俺より一瞬早く、右前方の女子が振り向いて言った。奥津芽衣理だった。


きれいな顔に馬鹿にした表情を浮かべてきっぱり言い切った奥津に周囲にもはっとした空気が広がる。俺も開けた口を閉じた。


「そんな話、本気にしてるわけ? 智菜がそんなにモテるはずないじゃん」


見下した微笑みでさらに言い募る奥津。腹に力のこもった声は教室と同じように遠慮がない。


ちなちゃんと志堂も驚いたのか、無言で奥津を見つめている。周囲も成り行きに息をひそめる気配の中、奥津の隣で多田秋恵もニヤニヤと振り向いた。


「そうそう。佐久間っちも野上くんもぉ、智菜みたいなタイプが趣味だと思われたらいい迷惑だと思うけどー?」


その途端、ちなちゃんが首がとれそうなくらいの勢いでコクコクと何度もうなずいた。ここでちなちゃんが同意する必要はないのに……。


「しかもさあ」


周囲などお構いなしに奥津と多田が今度はふたりで話し出した。


「智菜みたいな馬鹿正直のお人好しが誰かに意地悪とかチョー笑えるんだけど。そんなこと、智菜にできるわけないじゃん」

「あっはは、だよねー。あたしもそう思う! 『意地悪ってどうやるのー?』とか訊いてそう」

「有り得る、それ! ウケるー!」


手を叩いて盛り上がる奥津と多田を周囲の生徒が呆気にとられたように見ている。間違いなくうるさい。でも、いつもなら不快になる彼女たちの態度が、今は逆に頼もしく感じる。だってこれは……。


「あはは、確かにー」


ちなちゃんが笑って応じた。のほほんとした反応に周囲も興味を失くしたらしく、おしゃべりが復活し始めた。


「あ、あたしだって信じてないよ?」


志堂が少し焦った様子で言い返した。多田は「そう?」と軽く受け流し、奥津はちなちゃんに凄みのある視線を向けた。


「ネットのウワサなんか気にしたら負けだよ」


ちなちゃんが「うん」とうなずいた。続けて「ありがとう」と言ったときには、奥津も多田ももう前を向いて別な話を始めていた。


(びっくりしたなあ……)


まるでゲリラ豪雨だ。突然襲って来てあっという間に終わった。その豪雨で志堂の「ネットのウワサ」話は強制的に流されてしまった感じだ。


奥津はそれを目的に話に割り込んだのだろうか。いつもちなちゃんを目の敵にしている奥津たちも、志堂の何かに反発したくなったとか? それとも……。


腕に何かが当たって隣を見ると、仲里がニヤりと見上げていた。


「結構、智菜のこと分かってるよね。お人好し、なんてさ」


小声で言ってから真面目な顔で続ける。


「あの話、もとはあいつが流したんじゃないの?」

「え?」


思わず鋭く訊き返した俺に、彼女は志堂を視線で示した。


(志堂が? 生徒会のウワサを?)


そこでちょうど校舎にたどり着き、狭い出入口を抜けるために列が崩れた。ようやく校舎に入ると渋滞が終わって、気付いたときにはひとりになったちなちゃんの隣に仲里が並ぶところだった。ばらけた生徒の隙間から、足早に去っていく志堂の後ろ姿がちらりと見えた。


俺もちなちゃんに追い付き、仲里の反対側に陣取った。俺に笑顔を向けたちなちゃんを見たら、さっき俺があと一歩早ければ志堂をブロックできていたかも知れない、と心が痛んだ。そうすれば、ちなちゃんはあんな話を聞かずに済んだのに。


「ごめんね、変な話聞かせちゃって」


俺が何か言うより先にちなちゃんに謝られてびっくりした。


「なんでちなちゃんが謝るんだよ? ちなちゃんは被害者だろ?」


しかも、ネット上の悪口と志堂の余計なお世話の二重の被害者だ。


「うん……、だけど水澤くんには、あ、ミアにもだけど、関係ないでしょ? なのに、なんか心配させちゃうっていうか、聞いても楽しい話じゃないし……」

「ちなちゃん」


「関係なくなんかないよ!」――と言いたかったけど、俺とちなちゃんの今の関係でそれを言ってもいいのか一瞬迷ったら、もう言えなくなってしまった。最近、こんなことが多い気がする。


「智菜は気にし過ぎ」


仲里の意見にうなずきながら、自分の存在が薄まっていくような気がした。俺はちっともちなちゃんの役に立てていない――。


「あたしたちが智菜と一緒に怒ったっていいでしょ? いや、“一緒に” じゃなくて “智菜の代わりに” か、はは。智菜は怒ってないもんね?」

「まあ、怒っても仕方ないっていうか……」


そこで迷うように視線を落とし、顔を上げたときには厳しい表情をしていた。


「最初に聞いたときは怒ったけど」

「最初に? もしかして、知ってたの?」


尋ねた俺をちなちゃんが見上げる。


「うん。生徒会の1年生から聞いてた。でも、放っておこうって決めて、頭から追い出した」


きっぱり言ったちなちゃんの向こうで仲里が満足そうに笑った。


「うん、そうそう。芽衣理も言ってたじゃん? 気にしたら負けだって」

「ああ、あれはびっくりしたなあ」


思い出してみると、今は少しばかり笑える気がする。


「最初、奥津が怖い顔して振り向いたから、絶対にちなちゃんにいちゃもんつけたいんだと思ったけど、そうでもなかったな」


言いようは酷かったけど、ちなちゃんの名誉を傷つける内容ではなかった。


「あたしもびっくりしたよ。でもあれって……」


ちなちゃんがふと考え込むような顔をした。


「助けてくれたんだと思う?」

「俺は……そう思ってたらいいと思うよ」


もしかしたら、奥津たちはそうは認めないかも知れない。でも今、俺には小さな心当たりがある。


「まあ、智菜が好きなように言われてるのに腹が立ったってところじゃない?」


仲里がサラッと言った。


「好きなように言われるって――」

「芽衣理たち、智菜をいじめていいのは自分たちだけ〜、なんて思ってるのかもよ?」

「くっ、なんだそれ?」


仲里の見解に思わず笑ってしまう。だって、それじゃあまるで小さい子が好きな子に意地悪するみたいだ。


「あたしは芽衣理たち専用ってことか……」


真面目に納得しているちなちゃんもちなちゃんだけど。


「まあ、梨杏の言い方って、ときどきドキッとするときがあるからね」


ちなちゃんの言葉にますます力が抜ける。


さっきの志堂の態度が「言い方」だけの問題? 意地悪な気持ちがなくて、あんなことできると思ってる? だとしたら、ちなちゃんは究極のお人好しだよ。


「でも、芽衣理たちのおかげで助かったのは本当だね」


ちなちゃんがまたにっこりした。それからくすくす笑い出した。


「助かっただけじゃなくて可笑しかったよ。言われたことが全部当たってる気がして」

「何だっけ?」

「ほら、モテるわけないとか、意地悪できないとか、お人好しとか」


確かにちなちゃんのお人好しは筋金入りだ。でも、「モテない」という部分はうなずけない。……いや、俺以外にはモテなくていいかも。


「モテるかも知れないのにねぇ?」


仲里が人の悪い笑みを浮かべて俺を見た。


「だよねぇ、水澤?」

「えっ、あ、うん。だよなっ」


当てこすりだと分かっていても、仲里の悪ふざけをポーカーフェイスでやり過ごすことができない。でも、当事者であるちなちゃんにも見つめられた状態で、焦るなと言う方が無理だ。急に蒸し暑さが気になってきて、汗がこめかみや額、首や背中など、いたるところから一気に流れ出した。


それからあとは何を話したのか、あんまり覚えていない。ただ、教室に着くころには、ちなちゃんに伝えたいことが胸の中に静かに待っていた。


「ちなちゃんは、お人好しでいいと思う」


仲里が自分の席へと向かったあと、俺はちなちゃんのところで立ち止まって伝えた。見つめるのはやっぱり恥ずかしいし、教室に次々と戻って来るクラスメイトの目も気になる。でも、ここで目をそらしたら気持ちが伝わらないと思って、どうにか踏みとどまった。


ちなちゃんは驚いたように大きな瞳で俺を見返した。その顔が保育園のころそのままで、俺はすごく懐かしい気分になると同時にほっとして、微笑むことができた。


「奥津たち、劇の役のことでちなちゃんが寄木たちを説得したことを聞いたんじゃないかな。それでさっき、ちなちゃんの味方をしたんじゃないかと思うんだ」

「ああ、あのことか……」


忘れていたのか? まあ、あれからも奥津たちに変化はなかったから仕方ないのかな。


「うん。ちなちゃんのこと『お人好し』なんて言ったのも、あれを聞いたからだよ、きっと」

「そうかなあ?」

「俺はそうだと思う。奥津も多田も、半分――いや、9割くらいはちなちゃんをけなしてたけど、それほど意地悪な感じはしなかったよ。つまりさ、あれが奥津たちの感謝の表し方なんだよ、きっと」


ちなちゃんが俺を見つめたままゆっくりとうなずく。


「それって、ちなちゃんの公平な思いやりが奥津たちに通じたからだと思うんだ」

「公平な、思いやり……」

「うん。どんな相手でも、その気持ちを想像してみること……みたいな? だから」


ちなちゃんの瞳をまっすぐに見て続ける。


「ちなちゃんは今のままでいたらいいよ。『お人好し』はちなちゃんのいいところだから」


何秒かポカンと俺を見ていたちなちゃんが、ふいに笑顔になった。嬉しそうに。


「ありがとう。なんだかほっとした」


とても可愛らしい笑顔。思わず頭をなでてあげたくなったけど、教室ではさすがにできない。いや、二人きりでも結構てれくさいだろうな。


最後にうなずき合ってから自分の席に向かった。机の間を抜けながら、伝えられたことが嬉しくてにこにこしてしまう。自分がちなちゃんをあんなふうに笑顔にしたのだと思うとすごく幸せな気分だ。


自分の何かを他人に認めてもらえることって、すごく自信につながると思う。これでちなちゃんがネットの変なウワサなんか忘れてしまえばいい。


これからも俺はいつもちなちゃんの味方でいよう。彼女の近くに居て、何かあったときにはすぐに支えたり励ましたりしてあげよう。


ちなちゃんが笑顔でいてくれれば俺も嬉しいから。








第四章「意地悪とお人好し」はここまでです。のんびりした展開にお付き合いいただき、ありがとうございます。


次から第五章「思いが交錯する夏」に入ります。最終章となります。

お楽しみいただけると嬉しいです。


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