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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第四章 意地悪とお人好し
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39 志堂とうわさ


夏休みが近付いた今日、九重祭体育部門のチーム別集会があった。


この学校では各学年8クラスを2クラスずつの4色に分け、同じ色同士の1年から3年までが集まって1つのチームを組む。俺たち2年1組は2年7組と一緒に青チームだ。2組と一緒なら野上と仲里の接点ができる……と、ちなちゃんと話していたけれど、残念ながらそう上手くはいかなかった。


今のところ、野上と仲里が接近した気配は無い。ちなちゃんはときどき野上に仲里の話題を出してみるそうだけど、ただ普通の楽しい話として聞いているだけのように見えると言っている。


俺は体育のときに、野上の夏休みの予定を訊いてみた。デートの予定を話してくれるとか、何かを隠そうとする様子を見せるとか、それらしいことがあるかと思って。ところが嬉しそうに「そうだな、どこに行く?」と訊き返された。俺と出かけることを楽しみにしてくれているのかと思ったら思わず嬉しくなって、ふたりで出かける話だけで終わってしまった。


でも、野上ももしかしたらこの前みたいに、ちなちゃんと仲里と4人で遊ぶことを心の中で望んでいる可能性もあるんじゃないかな。それって、俺だけ?


そう言えば、ちなちゃんが突然「ちかちゃんはモテるのかな?」と俺に訊いてきた。


俺は野上はモテると思っている。表立って騒がれるのではなく、密かに、だからこそ本気で恋をされるタイプだと。そう答えたら、ちなちゃんは「おお……」となんだか驚いたような感心したような反応を見せ、「そりゃあ大変だね……」とつぶやいた。いったいちなちゃんは、野上をどんなふうに見ているんだろう?


ただ、そんな質問と反応をしたちなちゃんに、俺がほっとしたのも事実。だって、それがちなちゃんと野上が恋愛関係にないことの証に思えたから。だから安心して俺はちなちゃんと仲良くなって、野上の恋が成就したあかつきにはちなちゃんの隣に俺がいられるように行動するのに何の遠慮もいらないというわけ。


という話は置いといて、今日のチーム別集会は団結式と出場種目決め。3年生は受験を控えて気ぜわしくなる時期だけど、高校生活の集大成にと中心になってくれる先輩たちが毎年必ずいる。そんな先輩たちがいるから、1、2年生もますます頑張ろうという気持ちになる。


体育館の一角での話し合いは順調に進んだ。後方で話し合っている赤チームの歓声に対抗するように、メイン種目である色別リレーをはじめ、他の種目もどんどん選手が決まっていく。前に実験した変則の玉入れもあり、ちなちゃんが手を上げていたので、俺も出ることにした。


俺はほかに、剣道部の先輩に名指しされて応援団にも参加することになった。半分仕方なく「やります」と答えたとき、少し離れた場所にいたちなちゃんが嬉しそうに拍手してくれたのが見えて、一気にやる気が出た。よく考えたら、ちなちゃんは俺の声が好きなのだ。応援団は腕の――いや、声の聞かせどころだ!


解散になったとき、俺はちなちゃんをつかまえることにした。一緒に教室に戻るため。


ちなちゃんと歩きながら話すのは俺にとっては心躍る時間だ。教室移動のときなんかに一緒になれるととても楽しい。実を言えば、向かい合って話すのは今でもまだ照れくさい。だから、顔を合わせる時間が少なく、その一方、身体的な距離が近い “並んで歩く” は俺には最高のシチュエーションなのだ。


ざわざわと動き出す集団の中で宮田と風間とは自然にはぐれた雰囲気を醸し出しながら離れ、狙いを付けたちなちゃんに近付く。仲里と北井が彼女と一緒にいるけれど、その二人なら俺は特に気にならない。体育館の出入口は大渋滞で、扇形に広がるその外縁に着く前に3人の後ろから声をかけた。直後に風間が北井の隣に現れ、北井の注意を自分に引きつけた。


「体育館、暑いよ」


振り向いた仲里がまるで俺のせいで暑いみたいに文句を言った。「俺のせいじゃねぇよ」と言い返すと、ちなちゃんがにこにこしながら「武道場も熱いんでしょ? 大変だね」と労ってくれた。嬉しい。こんなふうに話せるのだから、暑さにも耐えられる――と思ったそのとき。


「智菜」


横からの声と同時にちなちゃんの肩に手がかかった。俺もそちらに視線を向け、その瞬間、彼女と話すために前かがみになっていた体を戻した。


(志堂……)


ウェーブのかかった髪を肩にたらした後ろ姿がちなちゃんの三つ編みの小さな背中の隣に並ぶ。それを見ながら、そっと唇を噛んだ。仲里と話すのは平気だけれど、志堂に対しては、どうしても苦手意識が先に出る。


そんなこととは知らない志堂は、振り向いて俺にも笑顔を向けた。


「水澤くん、応援団だね」

「ああ、見てた?」

「だって同じチームじゃない? あたし、前の方にいたんだけどなあ」


暗に気付かなかったことを責められている気がして、「ごめん」と謝った。


ふと気付くと、仲里が一歩下がって俺の横にいた。そう言えば、仲里も志堂が嫌いなんだったけ……と思ったら、こっちをちらりと見上げた。その目が「余計なこと言うなよ」と警告している。べつに俺は何も言うつもりは無いのに。


無言になった俺たちの前で、志堂がちなちゃんに話しかける声が聞こえる。ちなちゃんも志堂が苦手だと言っていたけれど、くすくす笑いながら応じている様子は親しい友人同士という雰囲気。ただ、よく見れば、しゃべっているのは主に志堂だ。


体育館の出口から校舎に続く通路はずっと混雑している。のろのろとしか進まない集団のざわめきの中、志堂の声が意外とはっきり聞こえる。俺は興味が無いふりをしながらふたりの話をチェックしていた――ら、「ネットの掲示板にね」と志堂が言って、俺にも視線を投げた。俺も話の相手に入っているらしい。


「あたしたちのことが書いてあるんだよ。知ってる?」


俺は眉をひそめ、ちなちゃんが何か訊き返した。小さくうなずき、志堂がまた言った。


「それがさあ、酷いの。智菜があたしに意地悪してるって」


一段とはっきり聞こえたのは偶然だろうか。周囲の何人かがふたりをちらりと見た。


ちなちゃんが驚いた様子で志堂に何か言った。俺はなんだか嫌な気分になって眉をひそめた。うつむいている仲里の表情は分からない。


俺とちなちゃんの反応を確認した志堂が「そうなの」と深刻そうな顔で言う。


「あたしが智菜の人気を奪いそうで、それで嫌がらせをしてるって。酷いよね、そんな話」

「何だよ、それ」


思わず声が漏れた俺に、志堂が「でしょ?」と振り向く。ちなちゃんは何も言わない。


ショックで何も言えないのかも――。


そう思うと、志堂に対して腹が立ってきた。そんな情報をちなちゃんに伝えるなんて、どういうつもりなんだろう。それが親切だと思っているのか?


「あたしと智菜、仲良くしてるのにね? そんなふうに見えるのかな? 智菜が意地悪してるみたいに?」


志堂の声を聞いていると、どんどんいら立ちが募ってくる。八つ当たりだと思うものの、志堂の態度がどこか芝居くさく見えてしまう。それとも先入観のせいか。


でも、この志堂の声。後ろの俺も聞き手なのだから仕方がないけれど、大きすぎやしないだろうか。本当はこのウワサを広めようと思っているんじゃないか? 周囲の声が静まっている気がするし……。


「あたし、べつに最初から人気なんか無いよ?」


ちなちゃんが明るい声で言った。もしかしたら、この話を切り上げようとしているのかも。


「そんなことないんじゃない?」


けれど、志堂がすかさず言い返した。


「野上くんや佐久間くん、智菜と話してると楽しそうだもん。ふたりが智菜をめぐってライバルだって話も出てたよ」


よくとおる声に、今や周囲の生徒の7、8割は聞き耳を立てているんじゃないだろうか。こんな話を集団の中でするなんて。デリカシーのない志堂に、イライラが腹立ちに変わっていく。


「それは違うって梨杏は知ってるでしょ?」


今度もちなちゃんは明るい声に笑顔で、でももきっぱりと否定。たぶん、今は周囲に聞かせるために、ちょっぴり声を張って。


「うーん、でもね」


志堂は引き下がらない。この根性はたいしたものだ。そこだけは感心する。


「あたしから見ても、智菜は特別だと思うな。ふたりとも智菜のことはニックネームで呼ぶし、智菜にお伺い立てたりするじゃない?」

「お伺いじゃなくて相談して――」

「どっちでも同じだよ」


かぶせるように言われてちなちゃんが一瞬、ビクッとした。志堂の声はまるで勝ち誇っているようだ。


「だって本当に仲いいもん。だからネットに書かれたんだよ。智菜が生徒会を仕切ってるって」


ザ……ッと胸の中に熱いものが膨らんだ。


(こいつ……!)


この声の大きさは絶対にわざとだ。ちなちゃんを困らせるために。


これは一種の嫌がらせだ。そもそも、悪意のあるウワサを本人の耳に入れるなんて余計なお世話だ。しかも、不特定多数に聞こえるところで言うなんて。さらに、その原因が本人にあるようなことまで言っている。


こんなの、絶対に友達のやることじゃない。そんなの許せない。


怒りがふつふつと湧いてくる。


「相談」と「言いなり」は同じじゃないぞ! ちなちゃんが生徒会を仕切ってるって、どういう意味だ! お前は野上が会長の役割を果たしてないって言いたいのか!


荒れる心を抑えつつ、まだぐだぐだと続けている志堂にひとこと返そうと、俺は息を吸い込んだ。







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