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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第四章 意地悪とお人好し
37/59

37 ちなちゃんの励まし


野上との電話のあと、俺は野上とちなちゃんの間に何があったのか――ふたりの強い絆のきっかけは何だったのか、知りたいと思っている。けれど、訊くことができないままだ。


ちなちゃんと言葉を交わしているときは、そんなことはどうでもいいと思う。彼女は間違いなく俺の友達で、ちゃんと信頼し合っている。そしてちなちゃんは野上に恋をしているわけではない。だから、俺とちなちゃんの間には、野上の存在は影響がないはずだ。


でも、ちなちゃんと離れると思い出してしまう。野上の「大事なんだ」という言葉を。すると自信がなくなって、そのことばかり考えてしまう。


あの電話で、野上は「ちなちゃんのお陰で」と強く言っていた。俺は今まで、野上が幼馴染みのちなちゃんを守っているというイメージでふたりを見ていた。けれど、どうやらそれだけではないらしい。


野上はちなちゃんを「俺の良心」とも言った。「彼女が心配するようなことは絶対にしない」と。つまり、ちなちゃんが心配するようなことは、野上にとっては「悪」なのだ。それほどまでに野上がちなちゃんを絶対的に信じ、大切にしているのはなぜなんだろう。ちなちゃんはそれをどう受け止めているのだろう。


そして俺は――。


そんなふたりの間に入ることができるのか。俺の存在が、野上とちなちゃんの絆を超えることができるのか。もしかしたら、野上のちなちゃんへの思いの方が俺よりもずっと大きいのでは?


そんなことばかり考えてしまう。


俺の葛藤を知らないちなちゃんはいつもとまったく変わりない。にこにこと可愛らしくあいさつしてくれる。話すときは赤いフレームのメガネ越しにくりくりした目を向けて、笑うと頬がふくらんで。


彼女は俺をどう思っているのだろう。俺を特別に……野上よりも大切に思ってくれる可能性はあるのだろうか。それができないなら――。


俺はこれ以上、ちなちゃんと仲良くならない方がいいのではないだろうか。そうすれば、ちなちゃんも俺も傷つかなくて済む……。





「水澤くん」


放課後、部活に向かおうと教室を出たところでちなちゃんが追いついてきた。


あきらめた方がよいのではないかと思いつつ、ちなちゃんと話すのはやっぱり心がときめく瞬間だ。特に彼女の方から来てくれた今は。


「あのう……」


振り向いた俺の前で、用事があるはずのちなちゃんがうつむく。顔を上げて何か言いかけ、そのまままた下を向く。後ろから来たクラスメイトを通すために彼女の肩をそっと押したら、手を離すときにせつなさがこみ上げてきて困った。


「どうしたの? 何かあった?」


言い出しにくそうなちなちゃんに声をひそめて尋ねる。何か困ったことが起きたのだろうか。仲里や北井に――野上にも相談できない何かが。それで俺を頼ってくれたのだとしたら、すごく嬉しいけれど。


「あ……、そうじゃなくて」


ちなちゃんがそっと首を振り、自分を励ますようにうなずいてから俺を見上げた。


「水澤くん、何かあった?」

「え?」


同じ質問を返されて驚いた。そして彼女の心配そうな表情にも。


(そうか……)


俺の不安に気付かれていたのだ。


どう答えようか迷う。するとその間にちなちゃんの方があわててしゃべり出した。


「あ、あの、ええと、違ってたらごめんね。なんかちょっと、そんな感じがして、大丈夫かなって思ったから」


俺の機嫌を損ねたのではないかと心配したらしい。しゃべりながら胸の前で両手を落ち着かなげに動かす様子が彼女の緊張を表わしている。きっと今まで、俺に尋ねるかどうかずいぶん迷ったに違いない。


ぼんやりと廊下に視線を巡らしながら、ちなちゃんの気持ちを思った。


俺を心配してくれたちなちゃん。それだけじゃなく、こうして声をかけてくれた。そのことが、胸に居座っていたわだかまりを溶かしていく。


「あの、あたしの勘違いならいいんだ。気にしないで。ちょっとだけ気になって。でも、ほんとに困ってたら何かお手伝いできるかなって」

「……ありがとう」


単純な言葉に込められる限りの想いを込めた。


ちなちゃんが言葉を止め、俺を見上げた。まだ心配そうな彼女に感謝の微笑みを返す。


「ちょっと心配事があったんだ。でも……、もう平気、だと思う」

「そう……?」


俺の答えが本当かどうか見極めようとするように、ちなちゃんがじっと俺を見つめる。


「うん。大丈夫」


しっかりうなずいて請け合った。


「少し……考え過ぎてたみたい。それで頭がいっぱいになって」


ちなちゃんが俺から目を離さずに小さくうなずいた。


「でも、もう大丈夫」

「本当に?」


首を傾げる彼女はまだ心配そうな顔をしている。それが俺の心に安らぎをくれる。


「うん」


「ちなちゃんが心配してくれたから」――という言葉は喉につかえてしまった。でも、何か伝えたい。


「ありがとう」


違う。俺が言いたいのはこんな言葉じゃない。けれど、決心がつかない。


ねえ、ちなちゃん。もっと話したいんだ。もっと一緒にいたいよ。


口を開く。声がのどにつかえている。


俺のこと、どう思ってる? 野上と比べて――。


「あの、ちなちゃん」


のどのつかえを突き破った声は少しかすれていた。


「ん、はい」


少し驚いたようにまばたきしながらちなちゃんが姿勢を正した。


「あの、気にしてたのは、その、俺と野上の……ことなんだけど、ちなちゃんは」


――やっぱり言えない。


「どっちをたくさん好き?」なんて、さすがに口に出せない。だって、この質問をしたら後戻りができない。


だけど途中まで言ってしまった。この後に続く言葉を急いで探さないと。


「ちかちゃんのこと?」


言葉を切ってしまった俺にちなちゃんが尋ねる。


「もしかして、あたしがどう思ってるか心配してた?」

「え?!」


(言い当てられた……)


驚く俺に、ちなちゃんがにっこりした。ちょっとからかうような、励ますような微笑みに心臓がドクン、と打った。


そういえば野上が、ちなちゃんは感情を敏感に感じ取るって言ってた。つまり今の質問は、俺が野上にヤキモチを妬いていることにちなちゃんが気付いたってことじゃないか? ってことは要するに、ちなちゃんは俺がちなちゃんを好きだって気付いたってことで。そのうえでこんな笑顔で俺を見てるってことは。


ちなちゃんも俺を?!


「う、うん。まあ、そういうことなんだ」


頬に血が上る。それを隠したくて視線をはずして髪に触ってみたりして。


「気にする必要ないのに」


ちなちゃんは小首をかしげて可愛らしく俺を見上げている。これは。この雰囲気は。


やっぱり。


俺の気持ちを受け止められないなら、ちなちゃんがこんなににこにこするはずがない。断るつもりならもっと申し訳なさそうな顔をするはずだ。だから。


「そう、かな」


照れてしまう。まさかこんなタイミングでちなちゃんの気持ちを知ることになるとは思わなかった。


「でも、気になるよ。ちなちゃんが……どう思ってるのか分からなかったから」


思い切って「好き」って言っちゃおうかな。ちなちゃんがここまで言ってくれてるんだし。そうすればもう俺たちは彼氏と彼女だ。ちょうど人通りが途切れた今なら――。


「だって、冗談でしょう?」

「え?」


じょう、だん?


「え? え? え? 冗談?」

「え? 冗談じゃないの? 本気?」

「え?」


ふたりで目をぱちくりさせながら見つめあう。


「ええと」

「ええと」


ふたりの声が重なった。


「なんのこと?」

「なんの話?」


……勘違い、だった?


頭の中に太字の「かんちがい」がドスンと落ちてきた。ちなちゃんは俺の悩みも気持ちも分かっていない。


(誤魔化さないと!)


脳みそがフル回転を始める。何か言い訳を。何か。何か。


「ええと、ごめんね」


先にちなちゃんが口を開いた。


「あたし、水澤くんとちかちゃんの恋人同士のうわさ話を気にしてるんだと思って……」

「あ、ああ、あれね」


今さらその話で、見て分かるほど悩まないよ! …と思った途端にひらめいた。


「そうじゃなくて、野上がさあ、優秀だよなー、なんて考えたら落ち込んじゃって」

「え、そんなことだったの?」


素直に俺の言葉を受け入れてくれるちなちゃんがものすごく有り難い。それに、この劣等感はずっと抱いてきた本物だ。すらすらと言葉が出てくる。


「ほら、性格もいいし、生徒会長もしっかりやってるだろ? 最近、見た目もカッコ良くなったしさ。俺なんか、何をやっても普通以上にはなれないから」


言いながら本当に情けなくなってきた。前から自覚していたことなのに。


そう。俺はいつも “その他大勢”。注目されることなど、たぶん一生無い。あきらめて笑うしかない。


「水澤くんは、普通じゃないよ!」


強い声に少し驚いてちなちゃんを見たら、彼女は真剣な表情で俺を見上げていた。その瞳に俺の心がすうっと静まる。


「水澤くんは “普通” じゃなくて、“すごいひと” だよ」

「俺が? すごい?」

「うん。だって、頑張ってるし、カッコ良かったもん」


カッコ良かった――。


ちなちゃんの真剣さは変わらない。これはきっと彼女の本心。


「この前の試合、すごくカッコ良かったよ。みんなと同じじゃないよ。水澤くんは、あたしにとってはすごいひとだよ」

「ち、ちなちゃん……」

「それに、勉強も頑張ってるでしょ? だから尊敬してる」


言葉がまっすぐに胸に響いてくる。


ちなちゃんは俺を見ていてくれた。そして特別だって言ってくれた。俺が特別だって。やっぱりちなちゃんにとって俺は――。


「ちかちゃんもずっと頑張ってるし」


(え? 野上、も?)


あふれそうになった喜びがフッと途切れた。


「生徒会長らしくしようって頑張ってる。だから応援してるの。そう思うと、“普通” のひとなんていないのかもね?」


ちなちゃんの罪のない笑顔を前に、体から空気がしゅるしゅると抜けて行くようだ。


「ん、そうだね……」


俺だけを特別だと言ってほしいのに……。


手を振って別れてから思った。野上はちなちゃんが感情を敏感に感じ取るって言ってた。でも、大きな誤解じゃないだろうか。単にふたりが幼馴染みだから分かるだけで。


だとしたら、それは悔しい。でも。


ちなちゃんは俺のことも見ていてくれている。そして、野上と同じくらいに評価してくれている。だから俺はまだ希望を捨てる必要はない。


いや、それどころか。


ちなちゃんの中で、俺が相当大きな存在だってこと、かも。







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