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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第四章 意地悪とお人好し
34/59

34 ◇◇ 智菜:梨杏の提案


(夢佳たちが分かってくれて良かった)


放課後、生徒会室に向かいながら、お昼休みのことを思い返して思わず微笑んだ。水澤くんと一緒に芽衣理たちの役について夢佳に話しに行った結果、役の設定を変えて書き直してくれることになったのだ。


あの設定は企画当初からあったそうだ。だから書き直すのは無理だと最初は言われた。でも、水澤くんも説得に加わってくれて、“美少女アイドルの売名行為” は “アイドル同士の儚い純愛” に変わることになった。


(あんなわがままな役じゃ、やっぱり芽衣理たちが可哀想だもんね)


芽衣理たちがクラスに馴染んでいるなら問題ないけれど、そうじゃないから。


たぶん、芽衣理たちだって自分たちがちょっと浮き気味だって気付いていると思う。――まあ、わざとそう仕向けているとも取れるけど。


でも、だから芽衣理たちは、劇で役を打診されたときに嬉しかったんじゃないかな。みんなでつくる舞台に当たり前のように加えられていたから。そして、だからこそ怒ったのだと思う。あの役が最初から仕組まれた意地悪だったように思って。開き直れれば良いけれど、芽衣理たちはそれほど強くなかったのだ。でも、役を降りると言わなかったところはちょっと見直した。


(わたしは水澤くんに呆れられちゃったけど)


あとで「お人好しだなあ」って笑われてしまった。「智菜ちゃん、あいつらに結構意地悪されてるじゃん」って。


知っていたんだね、無視されたり嫌味を言われたりしていること。まあ、同じ教室にいるものね。


でも、お人好しでもべつにいい。あの役を芽衣理たちにやらせるのは可哀想だもん。それに。


(水澤くんが味方になってくれたから)


わたしが気にしてるって気付いてくれたし、気持ちを分かってくれた。本当はノエちゃんに相談するつもりだったけれど、ノエちゃんは自分の役のことで気持ちがいっぱいいっぱいだから。


(うん。良かった)


芽衣理たちはわたしが説得したなんて知ったら嫌がるかも知れない。また嫌味を言われるかも。でも、何もしないで後悔するよりもずっといい。


「あ、智菜先輩!」


階段を下りようとしたら、上から元気な声がした。軽やかにストレートの髪を揺らして一年生の会計、古河初乃(ふるかわはつの)さんが階段を下りてくる。最後の3段をぴょんと飛び降りて、「こんにちは」と笑顔で隣に並んだ。


「こんにちは。今日も元気だね」

「はい! 放課後最初に会ったのが智菜先輩だから、ますます元気になりました」

「あはは、役に立てて嬉しいよ」


梨杏とわたしが「初乃ちゃん」と呼んでいる古河さんは、はきはきと意見を言えるしっかり者。大きな瞳と姿勢の良さが素直で明るい性格をよく表していると思う。


新しい生徒会が発足したころは、初乃ちゃんはわたしよりも梨杏とたくさん話していた。ぼんやりしたわたしなんかより、明るい梨杏と話す方が楽しいだろうから、それは当然だ。


でも、初乃ちゃんはちゃんとわたしにも懐いてくれた。そう。「懐いた」というのがまさにピッタリ。


嬉しいときや不満なことがあったとき、「智菜先輩、聞いてください!」と生徒会室に飛び込んできて、気が済むまでわたしに話す。わたしは「うんうん」と聞きながら、一緒に笑ったり考えたりする。その様子が仔犬と飼い主みたいだと、ふたりだけのときにチカちゃんが笑っていた。それ以来、わたしのところに来る初乃ちゃんを見るたびに仔犬が思い浮かぶので可愛くて仕方がない。


初乃ちゃんのお陰で梨杏への不安も薄まった。梨杏と二人だけになることもあまり無いし、楽しい気持ちが漠然とした不安を押し退けてくれるから。前向きな気持ちが戻って来て、鎧の出番も当初思っていたよりも少なくて済んでいる。


「今日は後夜祭の出し物を決めようと思うんだけど」


生徒会メンバーが集まったところでチカちゃんが切り出した。みんな手を止めて、打ち合わせ机のチカちゃんの周りに座った。


「九重祭委員会から、持ち時間は去年と同じ20分って話が来てる」


9月終わりに行われる九重祭は、土日に文化部門、片付け兼準備日をはさんで火曜日が体育部門と後夜祭になっている。後夜祭では文化部門の人気投票の結果発表と表彰式、それに軽音部のミニコンサートと生徒会の出し物が恒例だ。


「去年は寸劇だったよな?」


会計の佐久間くんが言い、チカちゃんとわたしがうなずく。先輩たちが考えた喜劇は、見ている生徒だけじゃなく、演じるわたしたちもとても楽しかった。


チカちゃんが机に置いた毎年の活動ノートをめくりながら続けた。


「今までいろいろやってるよ。寸劇にコント、ファッションショー、イリュージョン――」

「イリュージョン?」

「うん。一人が箱に入ったら、別の場所から同じ服を着たもう一人が出てくる、とか」

「なんだか適当ですね」

「まあ、面白ければ何でもOKだから。生徒会がねぎらいの意味も込めて全校生徒を楽しませるっていう趣旨だからね」


チカちゃんが笑いながら言うと、不安そうな顔をしていた一年生3人がほっとしたようにうなずいた。


「僕はコントをやってみたいです。生徒会役員の意外な一面、みたいな感じで」


わたしと一緒に副会長をやっている一年生の後藤くん。真面目な外見と落ち着いた物言いの後藤くんだけど、たまに誰でも知っているようなことを知らなかったりして、衝撃を受けている様子が面白い男の子だ。


「漫才とかお笑い系は? 2人か3人ずつになってネタを3つやれば20分くらいじゃないか?」

「あ、はいはい! 二人羽織(ににんばお)りはどうですか? 絶対に笑いとれますよ!」


佐久間くんと一年書記の林くんが提案。二人は楽しいことが好きで、よくテレビやネットの話題で盛り上がっている。でも――。


(梨杏?)


全然笑ってない。それどころか眉をひそめて。


心臓がギュッと縮まったような感じがして、胸の中に小さな不安の塊が生まれた。そっとみんなを見回すけれど、梨杏の変化には誰も気付いていないようで――。


「あ、流行りのお笑いタレントの真似とか」

「うーん、それだったら全員で物まねショーの方がいいんじゃないか?」

「あ、それいいかも知れないですね! クイズにして会場の生徒に当ててもらうとか」

「ストーリー仕立てにするっていうのも――」

「ちょっと待って」


佐久間くんと林くんが盛り上がり始めたところに梨杏の凛と通る声が割って入った。その瞬間、わたしの鎧のスイッチが入った。


「物まねって、どんな?」


ゆっくりとした口調で梨杏が佐久間くんと林くんに尋ねた。ゆるくウェーブのかかった髪も微笑もあくまでも優しげだ。でも佐久間くんは「え?」と梨杏を見返して固まった。だから答えたのは林くんで。


「それは、テレビでやってるみたい、な……」


でもその説明は、梨杏のまっすぐな視線を受けて尻すぼまりになっていく。林くんを気の毒に思うけれど、わたしも自分が攻撃されるかもと思うと助け舟を出すことができない。


「笑いをとるために、何でもやらなくちゃいけないのかな?」


梨杏がチカちゃんに尋ねた。まるでチカちゃんが自分に同意すると分かっているみたいな言い方で。


一瞬、生徒会室に静寂が訪れる。チカちゃんだけはのんきな様子で椅子の背に寄りかかり、両手を頭の後ろで組んで答えた。


「べつに嫌なことはやる必要ないよ。俺だって裸芸人の真似なんて嫌だよ。あはは」

「バーカ、お前の貧弱な裸なんか誰も期待してねえよ」


佐久間くんがすかさずチカちゃんに調子を合わせ、場を和ませようとしてくれた。一瞬、ほっとした空気が流れ、梨杏もにっこりした。


「そうだよね。生徒会がそんな下品なことはできないよね?」


視線で同意を求められて、あいまいにうなずく。警戒していることに気付かれただろうか。


梨杏の「下品なこと」という言葉が心に引っかかっている。彼女が言うのは裸の芸のことなのか、お笑いや物まね全部のことを指しているのか。その言葉を使って気に入らないものをすべて却下するつもりなのではないかと……。


「あのう、さっき出た二人羽織りは面白いと思いますけど……」


初乃ちゃんがおずおずと言った。いつも元気な彼女も、今は漂う緊張感に遠慮しているらしい。そんな初乃ちゃんに梨杏が面倒見の良い先輩みたいな笑顔を向ける。


「二人羽織りって、食べ物や飲み物をこぼすのが面白いんでしょう? それって食べ物を無駄にしてるよね? わたしたち生徒会がみんなの前でそんなことをするのってどうなのかな?」

「あ、そう……ですよね、確かに。すみません」


謝る初乃ちゃんが可哀想になった。だって、ふざけたわけじゃないのだから、謝る必要なんてない。


それに、食べ物を使わなくても面白い二人羽織りはできると思う。でも、梨杏の意見を否定するなんて怖くてできない!


(どうしよう?)


チカちゃんは眉間にしわを寄せて目を閉じてしまった。みんなは居心地悪そうにちらちらとお互いを窺い合っている。この空気の重さは良くない。どうにかしないと。


「梨杏は何かいい案はない?」

「わたし?」


無邪気さを装って言ってみると梨杏の目が輝いた。もしかしたら、話を振ってほしかったのかも。何か、とてもいいアイデアが――。


「校歌がいいと思うの」

「こ、校歌?」


驚いて、訊き返した声が大きくなった。


「校歌って、学校の……?」

「そうだよ。みんな覚えてるでしょう?」

「ああ、校歌……」


うちの校歌は男子校として開校したときからの、地味〜な校歌だ。


「ええと、何かアレンジして、とか?」


それなら多少は見栄えがするかも知れない。でも、梨杏は不思議そうな顔をした。


「どうして? そのままでいいじゃない。九重祭の締めくくりに全校生徒で校歌を歌うなんて感動的でしょ。だからアレンジなんかいらないよ」

「ああ、全員で、か……」


学園ドラマとかにあるかも。大きなイベントの最後に生徒全員で校歌を歌う。感激して涙を流す子もいたりして。うちの学校でもそうなる?


でも、誰も何も言わない。きっと気が乗らないのだ。チカちゃんの眉間の皺が深くなっているのも良くない兆候だ。考えているように見えるけれど、あれは機嫌が悪い顔だ。


「ええと、あたしたちがステージの上で……?」


あくまでも明るい口調で尋ねてみる。確認するうちにあきらめてくれないかと期待しながら。


「そう。一列に並んで」

「伴奏は?」

「録音でいいんじゃない?」

「ああ、そうか。…みんな一緒に歌ってくれるかなあ?」

「司会のひとにマイクを持ってまわってもらおうよ」

「なるほど……。でも、20分持たないよ?」

「持ち時間はオーバーしなければオッケーでしょ」


何を訊いても答えが返ってくる。梨杏の頭の中にはすでに計画が出来上がっているらしい。


生徒会7人が舞台に一列に並んで校歌を歌う――。


罰ゲーム的な気分になるのはわたしに愛校心が無いから? マイクがまわって来たらみんなも歌ってくれるの? それで感動してくれる?


もちろん、絶対につまらないとは断言できないけど。


わたしは……気が進まないな。







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