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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第三章 6月
31/59

31 試合


試合前夜の電話では、あまりたくさんは話さなかった。あれこれ考えていたのだけれど、その場になったらどうでも良い話題の気がして、持ち出すのをやめてしまったから。


その分、緩やかでのんびりと話ができた。面白い話で盛り上がるのではなく、お互いに「どう思う?」なんて尋ね合い、ゆっくり考えながら話した。


穏やかなちなちゃんの声はそんな会話にちょうどいい。試合を控えて緊張気味だった――電話することも原因だったけど――俺の気分も、眠りにつくころにはすっかり穏やかになっていた。


――けれど。


今朝、試合会場に着いてからは、穏やかとはかけ離れた状態になってしまっている。


今までに出た個人戦とはプレッシャーが全然違う。しかも、3年生は今日で引退だ。いつもなら気持ちが静まる着替えも、今日はまったく効き目が無い。


団体戦に出ない部員たちは2階の見学席にいる。さっき見上げたら、ちょうど野上たちが到着したところだった。いつもなら野上やちなちゃんの姿を見るとほっとするけれど、今日は思わず気付かないふりをしてしまった。とても気軽に合図なんかできる気がしない。


野上たちに見られていると思ったらますます落ち着かなくなってきた。きのうまでは応援が自分を支えてくれると感じていたのに、今は単なるプレッシャーだ。


頭の中を、自分が無様に負ける姿が何度もよぎる。先生の注意事項も右の耳から左の耳へと抜けて行くだけ。


(なんとかしないと)


こっそり壁に向かい、目を閉じて深呼吸。深ーく吸って、ゆっくり吐いて。


場内に響くざわめき。選手たちが気合を入れる声。床を踏む足音……いつもの試合の日と同じ音。


目を開けると……いつもの試合と同じ景色。


(大丈夫。行ける)


試合は試合。個人だろうが団体だろうが、技を競い合うのは同じだ。自分のやってきたことをしっかりと――。


「そろそろ行くぞ」

「はい!」


自分を鼓舞するつもりで返事をした。


フロアには4つの試合場が設けられている。午前中はこの4つを使って試合を行い、午後は準決勝以上を1つの試合場で行う。


1回戦は奥の右、第一試合だ。うちの部員たちがいる場所とは離れている。ちなちゃんと目が合う危険は無いけれど、この距離なら向こうからはしっかり見えるだろう。


(大丈夫かな……)


いや。そんなことよりも試合のことを考えよう。相手校は……?


試合場の反対側にも一列になってやってくる一団が。


(う、うわ。え?)


全員、丸刈りだ!


学校名は聞いたことがある。先週の個人戦にだってエントリーしていたはず。でも、丸刈りのグループは見なかった……と思う。だとすると、今日のために気合を入れてきたのだろうか。


(迫力がすげえ……)


覚悟を感じる。


隣にいる先鋒、同じ2年の竹井に話しかけたい気持ちをぐっとこらえる。


(落ち着け。相手は同じ高校生なんだから)


そうだ。同じ高校生だ。髪型くらいでびびるなんておかしい。俺だって丸刈りにしたらあのくらいの迫力は出るんじゃないだろうか。


(うん、そうだ。それより俺の相手は……)


気持ちが負けないように腹に力を込めて向かい側を見る。


(あいつか……)


前から2番目の次鋒はすっきりとした身体つきだ。もしかしたら俺の方が背が高いかも。あれなら――と思ったとき、こちらに顔を向けた。


(眉毛が無い! 怖ぇ!)


思わず下を向いてしまった。


(しまった……)


気になることがあるようなふりであちこち点検しながら後悔があふれてくる。


(まずかったよな……)


あわてて目を逸らしたことがバレたかも知れない。眉毛が無いことに驚いたと気付かれたかも。


(どうしよう……)


悪いことをしてしまった。本人も気にしてるかも知れないのに。見た目だけで判断しちゃいけないって分かってるのに。


(そうだよ……)


もしかしたら病気とか薬の副作用とか、仕方のない理由で眉毛が抜けちゃったのかも知れない。何か願掛けみたいなことをしてるのかも知れない。家族のためにとか。


(不治の病とか……)


ダメだ。涙が出そうになってきた。


(そんな場合じゃないぞ!)


そうだ。そんな場合じゃない。


もしかしたらものすごく怒ってるかも知れないじゃないか。俺が笑ったと思って闘志を燃やして。だとすると怖いな……。


(いやいやいや! 今はダメだ)


そんなことを考えてる場合じゃない。ここは神聖な試合場だ。


お互いにベストを尽くすだけ。しっかりと落ち着いて――。






審判の「始め!」の声とほぼ同時に相手が動いた。先鋒の竹井が思いのほか呆気なく負けて、落ち着ききれずに始まった俺の次鋒戦。


甲高くキィンと響く「小手ーーーーーーっ!」の掛け声。俺の手元を狙って振り降ろされる竹刀。


「っく」


辛うじて竹刀で弾き、右へ回り込む。相手も素早く体を回した。俺が打ち込む隙は……無い。


(本当に怒ってるのかも……)


無言で向かい合い、お互いの力量を推し測りつつ攻撃のタイミングを窺う。相手の表情が普通以上に俺を睨んでいるように見えて、眉毛が無いことに驚いてしまったことがどうしても頭から離れない。やっぱり心を傷付けてしまったかも。それに。


(さっき、打ち返すチャンスだったかも知れないのに……)


あきらめないで攻めてみれば良かったかも知れない。ポイントにならなくても、攻撃の糸口がつかめた可能性がある。やっぱり俺は弱気になってるのか? 相手にもそう思われたかも――。


「ぃやあああ!」


(!!)


相手の竹刀が大きく上がった。勢いよく迫ってくる。


「めんっ!」


(うわ)


竹刀では受けきれず、かろうじて避けた頭の横を相手の竹刀がかすめた。左肩に痛み。


(あっぶね!)


回り込みつつ間合いを取るが、向こうのスピードが速い。すでに次の攻撃に移っている。


「たぁっ!」


バシッと、今度は竹刀で受けた。すぐに上がる相手の竹刀。


「やっ!」


これも竹刀で弾く。次の攻撃が来る。面越しに見える相手は鬼のような形相だ。いや、そんなことよりも、これ以上下がったら場外だ!


「めんん!」

「く……っ、や!」


今度は弾かず受け止めて、押し戻した。向き合って、正眼の構え。


(ダメだ、これじゃ)


相手からみなぎる闘志を感じる。本当に怒っているのかも……。


(いや、そうじゃない)


考えるのはそこじゃなかった。


ちなちゃんが言ってくれた。俺が「いい試合だった」と思えることが大切だって。今、俺はいい試合をしていたか?


(いや。まだだ)


俺は試合以外のことばかり考えていたじゃないか。これではちなちゃんに何も報告できない。今は。


「きえええええぃ!」


大きな声を出してみた。すると、全身の感覚がクリアになっていくような気がした。


「やああっ」


踏み込んで前へ。相手もほぼ同時に動いた。その狙いが見える。それを避けながら攻撃。有効打にならず。構え直し。


(そうだった)


攻撃と守り、警戒と分析の裏で自分に言い聞かせる。


(目の前の相手に集中だ)


済んだことをぐずぐず考えてる場合じゃなかった。前を見ること。今までの積み重ねを発揮すること。そのためにここにいる。今はそれ以外のことは関係ない。


(そうだ。関係ない)


ちなちゃんと約束した。後悔しない試合をするって。


だから――。







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