表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とちなちゃん  作者: 虹色
第三章 6月
30/59

30 伝えたいこと


『こんばんは。今日も練習、お疲れさま。』


こんなふうに言ってもらえたら、一瞬で憂いなんて吹っ飛んでしまう。


『今日の放課後に、応援に行く打ち合わせをしました。チカちゃんとミアは、ちゃんとお互いの連絡先を教え合えたよ!』


(おお、やった!)


忘れかけていたけど、あの二人を近づけるための企画だった。とりあえず、一つ貢献できて良かった。


『待ち合わせの時間のことでチカちゃんとミアの意見が合わなくて、ちょっと揉めました。』


(へえ……)


二人とも頑固なのは分かっていたけど、そういうときは野上が簡単に譲るのかと思っていた。でも違うらしい。


『けっこうムキになって言い合っていたのに、後でチカちゃんはとっても満足そうでした。今までミアと言い合うのは水澤くんばっかりで、そんな関係をチカちゃんはうらやましく思っていたみたいだったから。』


(俺はちなちゃんと野上の関係の方がうらやましいけどな……)


ふたりの信頼関係は半端じゃない。小学校から中学、高校と、多感な時期を一緒に過ごすということはそれほど大きな意味があるのだと、俺はいつも感じてる。俺がなれなかった「幼馴染み」という関係を思うと、未だに少し胸が痛む……。


『試合はいよいよあさってですね。精一杯応援するので、どうぞ頑張ってください。では、おやすみなさい。 小坂智菜』


(ちなちゃん……)


笑顔が目に浮かぶ。やさしい気持ちが伝わってくる。幼馴染みじゃなくても、ちなちゃんは俺のことを考えてくれる友達なのだ。


(うん。頑張ろう)


勝ったらきっと喜んでくれる。ちなちゃんのためなら頑張れる。


(だけど……)


浮き上がった気持ちが不意にすうっと下がった。胸の底のあたりにひんやりとした不安が忍び込んでくる。


(勝てない可能性もあるんだよな……)


選手はみんな真剣だ。そして勝負に“絶対”は無い。まして俺は決して技に秀でているわけではなく……。


(負けたらがっかりするだろうな……)


わざわざ来てくれるのに。


やさしい彼女は俺の前ではがっかりした顔などしないだろう。でも、それはつまり、気を遣わせてしまうということだ。せっかく来てもらって、気を遣わせるなんて申し訳ない。


(……ん?)


手の中のスマホが震えてる。画面には再び「ちなちゃん」の文字が。思わず息をのみ、急いで開けると――。


『追加です。応援のこと、あんまり気にしないでね。』


思わず「え?」と声が出た。まるで俺の思い患いが通じたみたいだ。そう言えばこの前も……。


『ミアがプレッシャーをかけたって言ってました。でも、試合はやってみないと分からないって、わたしたちみんな分かっています。…なんて言ったら、「負けていいよ」って言ってるみたい?』


(うん……、まあ、そうだなあ……)


期待されていないように感じるのは確かだ。ちょっと複雑。


『そうじゃなくて、もちろん勝ってほしいです。でも、わたしが一番願っているのは、水澤くんが満足できる試合になるといいな、ってこと。』


(俺が、満足できる試合……)


思わず背筋が伸びた。


『水澤くんが今まで積み重ねてきたものを発揮できて、いい試合だったと思えたら、わたしも嬉しいです。そういう水澤くんの試合を、わたしは見たいです。では、今度こそおしまいです。おやすみなさい。 小坂智菜』


(ちなちゃん……)


言葉が力をくれる。景色が澄んで行く。


ちなちゃんは俺の気持ちを分かってくれてる。俺が目標とすべきことも。そして、勝ち負けよりも、俺の心を大事に思ってくれている。俺の喜びを分かち合いたいと思ってくれている。


(よし!)


とにかく精一杯やるだけだ。やってみないと分からないことで悩んでいても仕方ない。


(うん。そうだよ)


一直線に頑張れる。そして今は。


(電話しちゃお!)


嬉しい気持ちを直接伝えたい。「ありがとう」って一言だけでも――。


『…もしもし?』


彼女の声が聞こえた。おずおずと、様子を窺うような声。


「あ、ちなちゃん? 俺。あの、ありがとう」


間髪入れず、一気に言い切った。


電話の向こうでちなちゃんが「え、あの、そんなことは…」なんてあわててる。それを聞いたら俺もなんだかあわててしまい、「頑張るから」とかなんとか、ちょっとカッコ悪くなってしまった。それから。


それから……次は………?


(考えてなかった……)


思い出すと、この前もそうだった。ちっとも学習していない。情けないけど、これだけで切るのは嫌だ。もっとしゃべりたいよ!


「ええと……、今、話しても平気?」


引き延ばしつつ、頭がフル回転。


『うん。大丈夫だよ』


その瞬間、天の啓示が! 頑張った甲斐があった!


「野上と仲里が喧嘩したって?」

『ああ、うふふ、ううん、喧嘩ってほどじゃないよ。お互いに意見を主張し合っただけ。水澤くんとミアがときどきやってるのと同じ』


(やった!)


ちゃんと会話が続いた。しかも、ちなちゃんは楽しそうだ。これなら大丈夫!


「仲里に偉そうに言われて嬉しいなんて、野上の気持ちは分かんないなあ」

『うーん、そう? ちかちゃんはね、ミアと気兼ねなく話したいんだよ。本音を言い合えるって、仲良しの証じゃない?』

「それはそうかも知れないけど、仲里は誰に対しても本音しか言わないだろ?」

『あ、それは違うよ』


ちなちゃんはきっぱりと否定した。


『ミアはちゃんと相手を見てるよ。仲良くない相手とは話さないもん』

「ああ……、確かにそうだな」


親しくない誰かに気を遣うくらいなら、一人でいる方を選ぶだろう。他人を寄せ付けない雰囲気はその表れだ。それに今日だってはっきり……、あ。


「そう言えば、本人から聞いたよ、生徒会のこと」

『え……?』

「志堂のこと。『嫌い』ってはっきり言ってた。顔合わせてたら喧嘩になるから生徒会に行かないことにしたって。ちなちゃんが言ってたのって、そのことだろ?」

『ああ……、うん、そうなの』


電話の向こうでため息の気配がした。けれど、聞こえてきたのは明るい声。


『水澤くんには言ったんだね。やっぱり信用してるんだなあ』

「それはどうかなあ? 単に俺が志堂と話してるのを見たからじゃないか?」

『んー、それだけじゃないと思うけど。……そうか、水澤くんも去年、梨杏と同じクラスだったんだね』

「うん。今日の休み時間にたまたま会ったんだ。野上のところに用事で来たって言ってた。それを仲里が見てて、あとで『あいつ嫌い』って」

『そうなんだ……』


そう言えば、仲里がちなちゃんのことを心配していたっけ。志堂と一緒に仕事をするのは大変そうだって……。


「ちなちゃんは……大丈夫?」

『え? ミアのこと? まあ、仕方ないって分かってるよ』

「ああ、そうじゃなくて……」


志堂のことを訊いてもいいだろうか。


でも、曖昧にしたら、ちなちゃんは言わないかも知れない。それでは俺は役に立てない。試合のことで、ちなちゃんは俺の気持ちを一番に考えてくれたのに。


(そうだ。言わなくちゃ。言った方がいい)


俺がどう思っているか伝えておけば、何かあったときに話しやすいはずだ。生徒会とは関係の無い俺になら。


「ええと、さ、ほら、志堂ってちょっと怖いじゃん?」

『え?』


深刻にならないように言ったつもりだけど、驚かせてしまったらしい。でも、ちなちゃんになら言っても大丈夫だと思う。


「何て言うか……強いしさ、なんかこう、面と向かって決めつけてくるって言うか。言い返せない感じするじゃん? 一緒にいると、気ぃ遣わない?」


向こうから『ふふっ』と軽く笑った気配が伝わって来た。


『水澤くんも苦手なの?』

「まあ、世間話くらいなら平気だけど」

『ああ……、そうだよね……』


少しの間。それから。


『うん。あたしもちょっとだけ怖いと思うことがある』


(よっしゃ!)


聞こえた言葉にほっとした。彼女は俺を信用してくれたんだ!


「そうだろ? そうだよな? 怖いよな?」

『んー…、いつもってわけじゃないんだけど……』

「わかるわかる! 親切なところもあるし、悪いヤツじゃないんだけど、一歩引いちゃう、みたいな」

『うん……』


(あ)


静かになってしまった。調子に乗って言い過ぎた? そんなつもりじゃなかったんだけど……。


「あ、あの、べつに悪口言ってるわけじゃなくて、俺の個人的な印象って言うか、ただちょっと」

『うん、ちゃんと分かってるよ。そうじゃなくて……』


一瞬の間の後、ゆっくりと言葉が聞こえてきた。


『あたしだけじゃなかったって、ほっとしたの……』


(ちなちゃん……)


やっぱり何も無いわけじゃないんだ。


伝えて良かった。こんな俺でもちなちゃんの役に立てた。


「あの……、もしも何かあったら話くらい聞くから。生徒会の中のことだと、野上には話しにくいだろ?」


そう。俺はちなちゃんを支えたいんだ。


「志堂のこと以外でも、遠慮しないで頼ってよ。役に立てるかどうかは分からないけど、一緒に考えるから」

『ありがとう』


やわらかい声がする。


『話を聞いてもらえるだけでも十分だよ。……ありがとう』


俺の気持ちは届いただろうか。それなら良いのだけど……。


『あ! 明日は土曜日だから、もう試合まで会わないんだね』

「うん。……そうだね」


今は元気な声が聞けて嬉しい。でも、会えないと思うと淋しい。


『明日も練習でしょう? 怪我したりしないでね』

「うん、気を付けるよ。あの……さ、」


ふと思いついたことに胸がざわつく。


『ん? なあに?』

「ええと……、明日も…」


心臓が太鼓みたいに胸を叩きはじめた。


「電話してもいいかな?」


カーッと顔が熱くなる。口からは勝手に言い訳が。


「なんかほら、落ち着くって言うか、俺、結構、緊張する性質(たち)で」


明らかに今の方が緊張してる気がするけど。


「あー、でも、ちなちゃんが迷惑なら」

『あの、いいよ。大丈夫』


大丈夫って言った? 聞き違いじゃない?


『いいよ。あたしでいいなら電話して。今日くらいの時間?』

「ええと、うん、そうだな……」


明日も電話していいんだ!


もしかしたら俺たち、ちゃんと仲良くなれてる……?







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ