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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第一章 4月
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03 ◇◇ 智菜

今回は智菜です。

力と智菜の感じ方の差を表わすために、呼び名の表記を平仮名、カタカナ、漢字と変えています。わかりにくかったらごめんなさい!


(水澤くんと一緒だなんて)


新しい教室に向かいながらちょっとウキウキしてしまう。顔に出ていないといいんだけど……。


(入学式の日に名前を聞いたときもびっくりしたけど……)


思い出の中の男の子だったから。


水澤力くん。保育園のときに一緒に遊んだ男の子。


小学校に上がってからも、卒園アルバムで何度も写真と名前を確認していた。最後にもらった折り紙のカエルは今も机の引き出しに入れてある。


卒園アルバムの写真は楽しそうに笑ってる。ほっぺがぷくぷくしていて、笑った目が三日月型になっていて、すっごく可愛い。大きくなった今は楕円形の顔で大人びていたけれど、目尻のすっきりした目と耳の形で、すぐに同じ人物だと分かった。


本当に、どれほど驚いたことか。一年経った今でも、あの瞬間を思い出すとドキッとする。


でも、水澤くんはわたしのことを覚えていなかった。学校に上がる前のことなんて、覚えていなくて当然だ。それに、覚えていたからって、相手がわたしでは何の得も無いし。


(あたしは嬉しかったけどね……)


あのときの男の子が見上げるくらいの背丈になって、穏やかで優しそうなひとに成長していたことが。チカちゃんのお陰で電車で一緒になる機会もあって、そういうときにわたしにも気を遣って話しかけてくれたり。


水澤くんを見ると、懐かしさと感慨深さでいっぱいになってしまう。それと……なんだか誇らしい感じ? 「ほら、こんなに素敵になったんだよ」って。


そんな思いはチカちゃんが一緒だと隠すのは簡単だった。水澤くんの相手は基本的にチカちゃんだから。わたしに注意を向けられるのはほんの数秒のこと。それが却って私には都合が良かった。見ているだけで満足だから。


それが、これから一年間は毎日見ていられる……けど、悟られないようにしないとね。観察されてるなんて、気持ち悪いもんね。


迷惑をかけるわけにはいかない。それに、気も抜けない。だって、新しいクラスには十分に気を付けなくちゃいけない人たちがいるから。


(不安だよねー……)


手にしたままのクラス分け名簿。男子はどうでもいい。問題は女子だ。


(揃っちゃってるもんねぇ……)


奥津芽衣理(めいり)、多田秋恵、深見麻耶の三つの名前。マーカーで強調したいくらいだ。去年はこの中の二人と一緒で、ときどき居心地の悪い思いをさせられた。もう一人は隣のクラスにいた彼女たちの仲良しだ。今年は全員が一緒だとなると……。


(憂うつだなあ……)


派手でにぎやかな、容姿が良いことが自慢の女子グループ。実際、芽衣理は雑誌の読者モデルに採用されたそうだし、あとの2人は芸能プロダクションにスカウトされたことがあるらしい。大きな声で話し、笑い、男の子たちとも簡単に仲良くなれる、生徒間の人間関係では上位にいる女の子たち。


そんな彼女たちに、わたしはちょっとばかり目の敵にされている。


実は、わたしは声の大きい人が怖い。だから最初から彼女たちが苦手で、あまり近付かないようにしていた。ところがある日、大きな声に驚いてうっかりそちらを見てしまい、目が合ったことを睨んだと誤解――半分は言いがかりだと思う――されてしまったのだ。その場で上手いフォローができなかったわたしもダメなのは確かで。で、それ以来、チクチク嫌味を言われたことは一度や二度じゃない。


これからもやられる可能性は大きい。


(もう仕方ないけどね……)


クラス分けは決まってしまったのだから、あきらめるしかない。なるべく弱味を見せないようにして。仲良くなった子が巻き込まれても困るし。


嫌な気分になるけど、さすがに高校にもなると、それが広がったりしないのがありがたい。生徒の大多数は基本的には親切で、自分の基準……みたいなものを芯に持っているように感じる。新しいクラスでも、それほど酷いことにはならないだろう。


―――「鎧を纏うんだよ」


不安なときに思い出すことにしている西戸先輩の言葉。これに今までどれほど助けられてきたことか。


中学の生徒会の先輩。わたしに、心を強く持つようにと教えてくれた。


―――「弱味を見せちゃダメだ。向こうはそれを敏感に察知して突いてくるから」


傷付いても、それを悟られるなって。意地の悪い人やずるいことを考えている人はどこにでもいるから。


この言葉を思い出すと、気持ちだけじゃなく、自分の周りの空気も硬くなるような気がする。この言葉のお陰でいろいろなことを切り抜けて来られた。西戸先輩はまさにわたしの恩人だ。


(よし、大丈夫。きっとできる)


顔を上げて、弱虫に見えないように。感情を表に出さないように。


(2年1組。着いた)


2年1組は南棟5階の東端。昇降口は西棟にあるから、5階まで上がって、南棟を反対側まで歩くことになる。開いた入口から覗いてみると、中には7、8人しかいない。まだみんな、中庭や廊下でお友だちと話しているからだろう。


黒板に書かれた席と出席番号を確認すると、廊下から3列目の一番後ろ。教室全体を見渡せそうな席だ。囲まれていないのは気楽でいい。


自分の机に荷物を置き、立ったまま芽衣理たちの席も探してみる。わたしの右斜め前に一人、左のまん中あたりとその隣。まあ、それほど悪くないかな。彼女たちの視界に入らなそう。


(ついでに……水澤くんは?)


なんだかこそこそしてしまう。べつにわたしのことなんて誰も見ていないのに。


(うーん、近くないなあ)


2列左の2つ前。これだと、話す機会もあんまり無さそう。間に席があるから見えそうにないし。


「あ、小坂。また一年間よろしく」


右側から声がした。1年で同じクラスだった野球部の風間くんだ。


「あ、おはよう。よろしくお願いします。一緒なんだね」


名簿を見直したら、「何だよ、気付いてくれなかったの?」と笑われた。たぶん、風間くんより前の芽衣理の名前で動揺して、目に入らなかったんだ。それほど彼女たちを警戒しているってことだ。


(ん……?)


廊下から女子の声が近付いてくる。あれはきっと……と思った途端に胸の中の門が閉まった。鎧装着完了だ。


「んも〜、遠いよねっ、2年1組」

「うちらうるさいからって、追いやられたんじゃない?」

「うっわ〜! それ、マジでありそう!」


(来た……)


黒板側の入り口から入ってきた3人の女子。芽衣理、秋恵ちゃん、深見さんの3人組。自分たちの冗談に「きゃはははは!」と声を合わせて笑ってる。


ゆるく巻いたロングの茶髪が秋恵ちゃんと深見さん、黒髪のお嬢様風が芽衣理。全員、スカートを誰よりも短く折り上げている。


「席どこよ〜?」

「ここに書いてあるよ」


(うー……)


緊張が高まるのを感じる。カバンを覗き込んだ自分が無表情になっているのがわかる。


「うわ、真ん中? 最悪」

「あ、でも、隣同士だよ〜!」

「え、マジ? やった!」

「え〜、あたし一人〜?」


教室に入る前から会話が聞こえるくらいだから、当然、室内ではほかの人たちの声を圧して響き渡る。先に来ていた人たちが注目しても――だからこそなのか、本人たちはお構いなしのテンションだ。


「あ〜、風間くんじゃーん!」

「わーい、一緒だ〜。よろしく〜」


手を振られた風間くんが苦笑い気味でうなずいた。隣にいるわたしは目に入らなかったのか無視されたのか、何とも微妙だ。関わらなくて済むように、トイレに行くふりをして出てしまおう。


断固として顔を上げて席を離れたけれど、歩いてきた芽衣理に初日から知らんぷりをするのも変かも……などと弱気になる。仕方が無いので通り過ぎながら「おはよう」と言ってみた。でも、おどおどしちゃったし、小さい声しか出なかったし、もうがっかりだ。芽衣理の顔を見る勇気も出なかったから、返事があったかどうかもよく分からない。


(あぁ……)


今のでもう力関係が決まったような気がする。彼女たちにチクチクやられて言い返せない自分の未来が見える。でも、負けちゃいけない。気にしないふりをして――。


(あ)


後ろの入り口から廊下に出ると、前の入り口にちょうど水澤くんが到着したところ。向こうもわたしに気付いて止まった。


ふわ…っと胸の中で何かが広がる。さっきとは違う緊張感。一瞬、あいさつをしても良いのかどうか迷ってしまった。


「おはよう!」


まっすぐに聞こえた声にハッとする。


「ん……、おはよう」


思い切って声を出した。自然と笑顔になっている。


「同じクラスだな。よろしく!」


初めての一対一。剣道部で鍛えられた声がきれいに廊下を伝って聞こえてくる。それにドキドキしながら、わたしも気合を入れて、少し大げさに頭を下げた。


「うん。よろしくお願いします」


そんなわたしにちょこっと手を上げて、水澤くんは教室に入って行った。わたしもくるりと向きを変える。


(変なあいさつだったかな? 同じクラスなのに丁寧すぎた?)


まだドキドキは続いてる。とりあえずトイレ……右かな?


(あいさつできちゃった♪)


足を動かしてみたら、スキップしたいような気分。


(「同じクラスだな」って言った。「よろしく」って言った)


迷惑そうな様子は無かった。笑顔だった。


(ちゃんとあいさつできた)


嬉しくなってきた。でも、顔に出しちゃダメ。わたしが水澤くんを気にしているなんて、誰かに知られたら困る。


あの低めの声がいいなって思っていることも、笑うとかわいいなって思っていることも、紺色の剣道の稽古着がとっても似合ってると思っていることも、みーんな秘密。


だって、これは恋じゃなくて、ただの憧れ……自慢? みたいなもの。テレビに出ている人を応援してるのと同じようなものなんだから!







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