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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第三章 6月
28/59

28 ◇◇ 智菜:計画進行中!


水澤くんと打ち合わせをした翌朝は雨。チカちゃんと駅までの道を歩きながら、いつあの話が出るだろうと傘の下でドキドキしている。


きのうの夜のうちに、水澤くんとチカちゃんの間で試合の応援の話が決まったと、水澤くんから連絡が来た。計画では、チカちゃんがその話をわたしに知らせる――はずだ。


「そうだ。ちなちゃん、今月の29日は空いてる?」


(来たかもっ)


あれから何度も確認している日にちだ。傘を握る手にぐっと力がこもる。


「29日?」

「うん。日曜日。きのう、水澤から電話があってさあ」


返事の代わりに傘をずらして無邪気な顔でチカちゃんを見上げた……つもりだったけど、不安で視線が泳いでしまい、すぐに傘の下に隠れた。


「今度の試合で団体戦に出ることになったんだって」

「だ……団体戦?」

「5人で順番に戦うんだよ。勝った数で勝敗が決まるんだ」

「5人? その中に入ったの? すごいね」

「そうだね」


もう一度見上げると、チカちゃんが嬉しそうに微笑んでいた。チカちゃんが水澤くんのために喜んでいることが嬉しくなる。


「ずっと頑張って来たから」

「うん」


わたしも水澤くんの打ち身や傷を見たことがある。気落ちしてチカちゃんに慰められていたこともあった。でも、練習をサボったりごまかしたりすることはなくて、真剣に取り組んできたことをチカちゃんもわたしも知っている。


「それで、試合を見に行こうと思って。智菜ちゃんもどう?」


ドキン! と心臓が鳴った。予定どおりの展開なのに、いざとなったら心の準備ができていなかったような気がして……。


「い、いいの?」

「もちろんだよ。県立武道場だから見学席もあるって。朝は少し早いけど」

「そうなんだ? ……行きたいな。剣道の試合って見たことないし」

「じゃあ、行こうよ。水澤も喜ぶと思うよ」

「うん」


チカちゃんの最後の言葉でハッと気付いた。水澤くんは試合なんだってことに。


昨夜からチカちゃんのことばかり気になっていたけれど、そもそもこれは水澤くんの試合。先行き不明のチカちゃんの恋と比べたら、剣道部の試合の方がはるかに重要だ。


「しっかり応援しないとね」


急に気持ちが引き締まった。水澤くんが元気が出るような応援をしてあげたい。


「あ、そうだ、智菜ちゃん。水澤に『おめでとう』って言ってあげてよ。きっと喜ぶと思うから」

「うん、そうする」


返事をしてまたすぐに傘の下に隠れる。お祝いはすでに言ったということが、不自然な表情から知られてしまいそうな気がして。でも、考えてみると、ミアの前で言う必要があるかも知れない。


何度言ったってかまわないはずだけど、顔を見て言うのはちょっと恥ずかしいな……。


(それよりも……)


次はわたしの番だ。学校に着いたらミアを誘わなくちゃ!





「ねえ、ミア、29日の日曜日って、何か予定ある?」


ミアが教室に来る時間を見計らい、廊下で彼女をつかまえた。朝のあいさつもそこそこに話を切り出すと、少し考えてから「無いよ」と答えてくれた。


「あのね、剣道の試合に行かない? 水澤くんが出る……ことになったから、チカちゃんが見に行くんだって」


(危ない危ない)


ミアに水澤くんの名前を出してもあんまり効果が無いんだった。効果が無いどころか、「なんで行かなきゃいけないの?」なんて言われかねない。仲が悪いわけじゃないのにね。


「剣道の試合?」

「うん。団体戦だって。県立武道場って知ってる? 横崎から地下鉄で行ったところにあるらしいんだけど……」


少しのあいだ、ミアはわたしの顔を見ながら考えていた。それから……「ふっ」と笑った。なんで?


「いいよ」

「わ、ほんとに?」

「うん」


思っていたより簡単にオーケーしてくれた! チカちゃんの名前を出したのが良かったのかも!


「そんなに嬉しい?」


ミアが半分呆れたように笑いながら言った。


「え……? うん……」


言われている意味がよく分からない。


(ミアと一緒に出かけるのを喜んだら……変?)


戸惑うわたしにミアが声をひそめて続けた。


「いいよ、一緒に行ってあげる。チカちゃんと二人じゃ、思いっきり応援できないもんね?」


戸惑うわたしにミアが畳みかけるように言った。まるで「ちゃんと分かってるから」っていうような表情で!


「い、い、い、行ってあげるって」


あわてたせいでどもってしまう。もしかして、ミアは誤解してる? “わたしが” 応援に行きたいのだと――。


「あの、べつにあたしは」

「いいっていいって。誰にも言わないから心配しなくていいよ。」


(「誰にも言わないから」って!)


絶対に誤解してる! これはチカちゃんのための計画なのに!


「いや、違うんだよ。あたしはチカちゃんが行くから」

「うんうん、そうだよね」


ミアの表情は変わらず、勘違いを修正してくれた様子は無い。梅雨のむしむしする空気の中でますます顔が熱くなって、汗が噴き出してくる。


「ミア、ほんとに、あ……」


廊下の向こうに水澤くんが見えた。朝練が終わったのだ。


(どうしよう?!)


水澤くんはいつも後ろの入り口から入る。ということは、ここを通る。このままここにいて、ミアが水澤くんに何か言ったら困る! すっごく気まずいよ!


(あ〜、もういいや!)


勘違いされたままでも、本人の前で恥ずかしい思いをするよりましだ!


「ミア、そろそろ教室に」

「あ、水澤来たじゃん」


(見つけちゃった!)


顔を合わせずに教室に入ろうと思ったのに!


(どうかミアが変なこと言いませんように!)


もう祈るしかない。


水澤くんもわたしたちに気付いて、こちらに笑顔を向けた。


こうなったら覚悟を決めて開き直ろう。水澤くんはわたしがミアといる理由を知っているのだから、ミアが勘違いしていることに気付かなければ問題は無い。


背すじを伸ばして顔を上げて。


「おはよう」


(よしっ)


完璧なあいさつだ。これならミアだって冷やかす隙など無いはずだ。


水澤くんが笑顔で「おはよう」と返してくれた。やっぱり直接聞く声の方がいいな。少しだけ照れくさそうに見えるのは、秘密の計画を共有しているからかも。計画が上手く運んでいることが雰囲気で伝……わったかな?


「水澤〜。あたしも応援に行くからね」

「え? 何のこと?」


水澤くんが不思議そうにミアに尋ねた。


(す、すごい!)


表情が自然過ぎ! そして。


(んー……)


この角度、ちょっと好きかも。左斜め下から見た感じが。こっちを見ていないときの方が落ち着いて見ていられるし……。


「剣道の試合なんでしょ? 今月の、ええと?」


ミアがわたしを見たので、急いで「29日」と答える。


「ああ……、野上から聞いた?」


今度はわたしに笑顔が向けられた。目が合ってドキッとしたけれど、ここは気を引き締めて、平常心で答えなくては!


「うん。団体戦のメンバーに選ばれたんでしょ? おめでとう」

「あー…、ありがとう」


照れくさそうに笑う水澤くん。こんな顔を見られるなんて、朝から縁起がいいよ!


「チカちゃんが一緒に応援に行こうって言ってくれたから、ミアも誘ったの。いいよね?」

「もちろん! ただ、行儀良くしてくれないと困るけど」


水澤くんが意味ありげにミアを見ると、ミアは軽蔑するような表情で応じた。


「あたしの行動を心配する前に、集中力を磨いた方がいいよ。客席が気になって負けたりしたらカッコ悪いもんね」

「そんな心配、いらねーよ」

「智菜がミニスカートで行っても?」

「は?」

「ミア!」


まったく、何を言いだすのか。怒るよりも呆れてしまう。


「ミニスカートなんかで行かないよ。持ってないし」


呆れた勢いで恥ずかしさも消えた。教室に向かって歩きはじめると、ミアと水澤くんが後ろでしゃべりながらついて来る。二人の気楽なやり取りを聞いていたら、突然、気分が落ち込んだ。


(なんか……、水澤くん、やっぱりあたしなんかどうでもいいんだね……)


わたしと仲良くするのはチカちゃんのため。そうなのだ。それはちゃんと分かってる。分かってるけど……。


小さくため息をついてしまった。一番後ろの自分の席の椅子を引き、座るために向きを変える――と。


(あ……)


前を通り過ぎる水澤くんがちらりとこっちを見た。それからニヤッと微笑み、小さくうなずく。


(う……)


顔の筋肉を固定したまま着席。机からペンケースを出すふりをして下を向く。その途端、唇が歪んだ。


(う、嬉しい)


水澤くんから目配せされちゃった。みんなから見えないように、こっそり。


(ダメだ。顔が)


ニヤニヤ笑いが抑え切れない。ペンケースを探すふりも限界かな。前髪とメガネが少しは表情を隠す役に立っていると信じたい。


(ふう)


そっと深呼吸をして、机の上にペンケースを置いた。ちょうど先生が入って来て、目と気持ちを向ける対象ができてほっとした。


(だけど……)


さっきの水澤くんの様子が忘れられない。目の前を通り過ぎながらこっちを見て……。


(う…、ふふふふふ)


やっぱり嬉しい。


今ので今日一日、いいえ、これから一週間くらいは楽しく過ごせる気がする!







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