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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第三章 6月
27/59

27 ちなちゃんと電話


(やっぱり嬉しいなあ)


宿題の手を止めてにんまりしてしまう。


剣道部の次の試合で、3年生に混じって団体戦に出る1人に入ったのだ!


(続けてきて良かった)


団体戦は5人で戦う。先鋒から大将まで、学校ごとに1チーム。まあ、戦略や向き不向きがあるから、単純に実力の「ベスト5」に入ったというわけではない。けれど、選ばれたことが素直に嬉しい。


中学から始めた剣道は、練習すればしただけ上達するのがとても楽しかった。中3の夏に高校受験のために部活を引退したあとも、素振りだけはできる限り続けていた。高校でも迷わず剣道部に入部した。


けれど。


そこからは我慢の連続だった。


九重高校は剣道の強豪校というわけじゃない。新入部員の中には初めて竹刀を握るという生徒もいる……と、中学時代に先輩からそんな話を聞いていたけれど、高校の剣道部は甘くなかった。


まず、練習の厳しさに驚いた。量だけじゃなく、体の基礎的トレーニングも一からみっちり叩き込まれた。練習の内容以外にも、知識でも技術でも精神面でも、ほかの部員に負けていると思ったことが何度もあった。どうやら俺の中学の剣道部はかなり緩かったようなのだ。


加えて、九重高校剣道部は開校とほぼ同時にできたという伝統の重みも背負っていた。剣道歴何十年というようなOBが定期的に指導にやってくる。これが滅法厳しくて、練習のあとは声も出せないほどくたくたになってしまう。


また、「文武両道」が創部以来のモットーで、学習面でも手を抜けない。この高校で全教科平均点以上をキープするのは簡単なことじゃない。


でも、剣道が好きだという気持ちは変わらなかった。


道着を身に着けたとき。道場に入る瞬間。ひんやりする床の感触。手に感じる竹刀のバランス。頭に手拭いを巻く時間。場内に響く声や足音。


一つひとつの手順や行為が余分なものを振り落とし、自分の中が澄んでいくような感覚。


すべての自分を感じ、心と体が一つになった瞬間の高揚感。技が決まったときの爽快感。


特別秀でているところはないけれど、あきらめたくない。上手くなりたい。練習すればきっと上手くなる。それを信じて続けてきた。


それが報われた。


振り返ってみると、先月から先輩や先生に褒められたことが何度かあった。もらったアドバイスが体に馴染んでいく手ごたえも感じた。


ちなちゃんに声を好きだと言われたのも一つのきっかけだった。


あの日、練習で彼女の言葉を思い出したら、声が気持ち良く出たような気がしたのだ。すると体が軽く動くようになった。迷う時間が減り、攻撃の手数が増えた。


きっと、それまで俺は劣等感で委縮していたのだと思う。自分で自分を縛っていたのだ。先生や先輩から「もっと強気で」と言われたのはそういう意味だったに違いない。


(野上に話したいな……)


入学以来ずっと弱音や愚痴を聞いてくれていた野上。きっと一緒に喜んでくれる。


(そうだ……)


野上に話せば明日の朝にはちなちゃんに伝わるかも。そしたら。


(何か言ってくれるかも……)


にこにこして「よかったね」とか「頑張ってね」とか。それから「応援に行ってもいい?」なんて――。


「うわっ」


スマホの着信音。画面には「ちなちゃん」の文字が浮き上がる。


(え、え、え……?)


彼女の方から連絡が来るなんて初めてだ!


驚いているうちに音は止み、メッセージが1件という表示だけが残された。


(マジかよ……?)


考えていたら連絡が来るなんて、俺とちなちゃんは気持ちが通じ合っているんじゃないだろうか!


『こんばんは。急にごめんなさい。前に話していたチカちゃんとミアを仲良くさせる計画って、今も考えていますか?』


(んー?)


自分たちの話じゃないのはちょっと残念だ。でも、なんだろう? 何かあったかな?


あの話をしたのは一週間以上前だ。あのとき、ちなちゃんは反対気味で、だから俺も何もしていなくて、正直、半分忘れていた。でも、こんなことを言ってきたってことは、何かあったのかも知れない。


(うん、そうだ)


こういう場合は電話だ! 向こうもスマホのそばにいるはずだし! ちなちゃんは俺の声が好きなんだし!


決心した途端に緊張が腹からのどへと駆け上がる。鼓動に合わせて震える指を、「ただの電話だぞ」と引きつった笑いで励ました。


(何でもない、何でもない、何でもない)


コール音を聞きながら頭の中でつぶやいていたら、ちなちゃんの声が聞こえた瞬間、何を言えばいいのか考えていなかったことに気付いた。


『ありがとう、電話くれて。忙しくなかった?』


しどろもどろの俺に彼女が尋ねる。その間にどうにか電話の目的を思い出すことができた。


「大丈夫。宿題も終わったところだったし」

『そう。それなら良かった』


宿題が終わったなんてウソだけど、こう言わないとすぐに切られてしまいそうだ。かと言って、雑談を思い付くほど気も利かない俺は用件を切り出すしかない。


「野上と仲里のことって言ってたけど……?」

『うん、ミアとの接点を作ってあげられたらなあって思って……』


やっぱりその話だ。


「この前はあんまり前向きじゃなかったみたいだけど…?」

『そうなんだけど……、ちょっと事情が変わって』

「変わった? 何かあったのか?」


あのときちなちゃんは、俺たちが手を出す必要が無いと考えていたようだった。仲里の気持ちが分からないことも理由の一つだった。


『ミアが生徒会に来なくなってて……』

「仲里が? 結構楽しんでたみたいだったのに」

『うん……。もう来ないって言われた』

「野上と喧嘩でもしたとか?」

『ううん、違うよ。ちかちゃんが理由じゃない。…って言うか、喧嘩はしてないけど……』


ちなちゃんの歯切れの悪い口調。何か困ってる?


「どうした? 野上には言えないこと? ちなちゃんが何か言われたの?」

『あ、あたしじゃないよ! ミアとはちゃんと仲良し』

「そうか。ならいいけど」


ガサツな仲里だけどちなちゃんの大きな味方だし、ちなちゃんが仲里との付き合いを大事にしていることはよく分かっている。それが壊れていないことにほっとした。


『あのね……』


言葉を選ぶようにゆっくりと彼女が話し出す。


『新しい生徒会のメンバーに苦手な人がいるって言って……』

「ああ、なるほど」


ストレートな性格の仲里らしい。気の合わない相手と関わらないというのはいかにもありそうだ。それに、もともと仲里は生徒会の部外者なのだし。


『仕事はね、もう落ち着いてるから大丈夫なんだ。でも、ミアが生徒会に来ないと、ちかちゃんとは接点が無いでしょう?』

「ああ、そうか、確かに」

『今日の帰りもミアのこと話しながらちょっと淋しそうでね、あたし、『もう来ない』って言えなくて……』

「そうか……」


ちなちゃんの気持ちはよく分かる。俺だってきっと同じだ。


『だからね、この前の話、ずっと有耶無耶にしてきちゃったけど、もしもまだ水澤くんがやってもいいなって思ってるなら』

「うん、いいよ。やろう。ふたりで」


きっぱり言い切った。断る理由など無いから。


『ん……、いいの?』

「もちろん。どうして?」

『なんだか……、あたし、勝手なこと言ってるみたいで。この前は気が進まない返事しちゃったのに……』

「そんなこと気にしてないよ。それに、事情が変わったんだろ?」


気にしてないどころか、ちなちゃんとの関係を近付けてくれた仲里の行動に感謝だ!


『そうなんだけど……、あのね、一つだけ』

「ん、なに?」

『一つだけお願いしたいことがあって……』


ちなちゃんの口調から、きちんと聞くべき内容だと気持ちをあらためた。


『あのね、ミア……の、気持ちは分からないでしょう?』

「うん、そうだな」

『もしかしたら、誰か好きなひとがいるかも知れないじゃない?』

「うーん……、確かに」


簡単には想像できないけど。


『だからね、ちかちゃんとミアを無理に一緒にさせたりするのは嫌だなって思ってて』


(ああ、なるほど)


彼女の気持ちが分かった。たとえ野上のためとは言え、仲里に不愉快な思いをさせたくないのだ。


「うん、分かった。無理に、とか、わざとらしいことはしない。約束する」

『そう? 良かった』


電話の向こうからほっとした気持ちが伝わってくる。


「俺たちはチャンスを作るだけにしようぜ。一緒に遊びに行くとか。で、あとは野上の頑張り次第ってことで」

『うん! それなら大丈夫だね!』


(ああ……かわいい!)


にこにこしている彼女が見えるようだ! そして、これからは一緒に――。


「あ!」

『うわ、な、なに?』


大きな声が出てしまった。でも、思い出したこれは今の計画にも有効そうだし……。


「あー、あの、さ」


言うかどうか迷ってしまう。来てくれてもいいところを見せられないかも知れないと思うと……、でも。


「今度、試合に出るんだ」


迷いを振り払い、声を出した。


(もう戻れない)


胸の中で覚悟が決まって行く。


「団体戦のメンバーに選ばれたんだ。初めて」

『選ばれたの? 団体戦……?』

「うん。5人で順番に戦って、勝ち数の多い方が勝ち」

『うわあ、なんか……責任重大。それに選ばれたの? すごいね。おめでとう!』

「う……」


予想外に喜ばれてしまった。なんだか嬉しいような、怖いような、おかしな緊張感で混乱してきた。


「いや、その、でも……、勝てないとダメだから。ええと、そこじゃなくて」


一旦、頭の中を整理する。今の話の目的は。


「もしかしたら、これ、使えないかなって思って」

『え?』

「ほら、仲里と野上のこと。あの……試合、見に来ないかな? ちなちゃんも一緒に」

『あ……』


声が途切れる。計画を吟味しているのだろうか。


無音の中、気付いたら時計の秒針を見ていた。


『うん。いいね。行きたい』


(やった!)


しかも「行きたい」って言ってくれた。つまり、これはちなちゃんの気持ちなんだ!


「じゃあ……、どうやって誘う?」

『んー、そうだね……』


ちなちゃんが来てくれる。試合の応援に。


絶対に、絶対に、1勝はしなくちゃ!







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