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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第三章 6月
25/59

25 確認!


テスト最終日の朝。


俺たちと別れた野上が教室に入ったのを確認し、ちなちゃんと顔を見合わせた。


「どうだった?」


廊下の隅に寄りながら声をひそめて尋ねる。きのう、電話で話した結果、登校時に再度、野上の様子を観察しようということになったのだ。ちなみに朝は仲里はいない。


「うーん…、普通、かな」


ちなちゃんは少し考え込みながら答えた。


「特にぼんやりしたりっていうのは無かったみたい」

「うん、俺もいつも通りだったと思う。ってことは、やっぱり俺じゃないよ」

「でも……」


挑むように俺を見上げる。


「ミアがいなければ水澤くんとゆっくり話せるんだもん、不満は無いに決まってるでしょ?」


(うくっ)


見上げる彼女を間近に見ながら笑い出しそうになってしまった。


だって、こんな近距離でちなちゃんと内輪の話をするのは初めてで、しかも、ふっくらしたほっぺに不満そうな表情を浮かべた彼女はとても可愛いのだ!


「チカちゃんは水澤くんとミアが仲良くしてるから拗ねるんだよ? 片方しかいないときには何とも思わなくて当然だよ」

「まあ、それはそうだけど……」


ちなちゃんは野上が好きなのは仲里だという俺の推測に全面的に賛成しているわけではない。まだ、相手が俺だという考えを捨てていないのだ。やっぱり頑固なところがある。それはそれとして。


(やっぱりカワイイ……)


彼女の頬に触れてみたくなる。指先で “つん” とか。きっとぷにぷにして――。


「おーっす」


(うわっ)


後ろから来たクラスメイトの声。浮かれた状態に気付かれてたらカッコ悪い。


「う、おっす」

「おはよう」


隣のちなちゃんは……動揺のかけらも見えない。ちょっと落ち込む。


「……ここじゃ落ち着かないな」


続けて数人が通ったあと思わずつぶやくと、彼女が尋ねるように俺を見上げた。


(ああ、いいなあ……)


たちまち、ほかのことはどうでも良くなってしまう。


メガネの奥の目をぱっちりと見開き、ちょっと首を傾げたちなちゃん。俺の言葉を待ってくれていると思うと、ここは俺が頑張らなくちゃという気分になる。


「ええと……」


とは言え、今はテストの直前だ。ちなちゃんとゆっくり話せるのは……。


「今日の昼」

「え?」


(あ)


言ってから気付いた。俺、ちなちゃんを誘ってる!


彼女は完全に予想外だったらしい。見開いていた目がさらに大きくなっている。それを見たら一気に緊張が高まってきた。でも、言い出した今がチャンスだ。次はいつ巡ってくるかわからない!


「あー…、午後は生徒会だろ? 弁当持って来てるんだよな?」


こくんとうなずく彼女。それを確認しつつ、笑顔がいいのか真面目な顔がいいのか分からない。…って言うか、今、どんな顔してるんだろう、俺は?!


「じゃあ、い…一緒に食べよう。今日なら教室で食べなくても、誰も変に思わないだろうから」


みんな、ほかのクラスの部活仲間と食べていると思ってくれるに違いない。……思ってくれ!


「え……と、どこで……?」


断らずに訊き返すちなちゃん。俺に他意は無いと信じたのだろうか。それとも、二人のランチタイムを少しは喜んでくれてたりする?


それにしても、ああ、このほっぺがかわいい!……なんて思ってる場合じゃない。顔を引き締めなくては!


「ええと、そうだな、うん、それは後で。とりあえず、これからテストだし」


あくまでもクールに今は終了。いい感じで言い切れたという達成感で笑顔も決まった!


ちなちゃんが「そうだった!」と両手で頬を押さえた。そのしぐさもまた可愛らしくて嬉しくなる。けれど、彼女が俺に背を向けた途端、どっと疲れが襲ってきた。まるで英語の長文を何ページも読んだ後みたいな疲労感だ。


(テスト、大丈夫か……?)


今ので今日の分の気力を使い果たしてしまったような気がする……。





結局、〈ちなちゃんと俺のあま〜いランチタイム〉は実現しなかった。解散になった途端、野上がちなちゃんを呼びに来たのだ。


廊下に出る彼女の後ろからさり気なくついて行った俺にも笑顔を向け、野上は説明してくれた。


「九重祭委員からの依頼で生徒会に招集がかかったんだよ。体育部門のオリジナル種目を試したいから協力してほしいって。今日は晴れてるし、校庭が空いてる時間じゃないとできないからってことで、ええと……あと10分後から」


体育祭のオリジナル種目というのは毎年の九重祭委員たちが考案する団体競技だ。先輩たちの話では、理論上は面白そうでも、やってみると上手く行かないこともあるらしい。でも、去年は面白くてかなり盛り上がった。


「オリジナル種目のお試しか。楽しそうだなあ」

「水澤も来る? 弁当の時間が厳しくなるけど」

「え、いいのか?」


ちなちゃんが野上と俺のやり取りを見上げているのに気付いた。また観察しているのだと思ったら、笑いそうになってしまった。


「先輩から、できるだけ声をかけてくれって言われてるんだ。でも、部活がある生徒は難しいかと思って」

「大丈夫! 俺、食うの速いから」


こうなっては、もう今日は学校でちなちゃんとじっくり話すチャンスは無い。それなら少しでも一緒に楽しいことをしたい!


「ちかちゃん、あたし、体操着無いんだけど……」


ちなちゃんはそう言って、夏の白いセーラー服を見下ろした。


「軽く試すだけみたいだから平気じゃないかな? 俺もこのままワイシャツで行くつもりだよ。靴は体育用があるよね?」

「うん」

「あ、俺のジャージ着る?」


思うと同時に口が動いていた。


「剣道部ジャージ、上だけ貸すよ。大きいだろうけど、汚れ防止にはなるだろ?」


言い始めてからじわじわと恥ずかしさがこみ上げてきた。でも、どうにか当たり前みたいな顔をキープできた気がする。でも、俺のジャージを羽織ったちなちゃんを想像すると――。


「あ、ミアちゃん!」


野上が突然、大きな声を出した。視線を上げると、黒板側から出てきた仲里が片手を上げて「や」と野上に合図したところ。冷たくはないが特に嬉しそうでもない表情はいかにも仲里らしい。


「もう帰る? もし急いでないなら……」


こっちに来ない仲里に野上が走り寄る。その背中を見ながら、俺とちなちゃんはちらりと視線を交わした。そのまま無言でふたりを見守る。


二言三言のやり取りのあと、仲里が軽く肩をすくめた。どうやら「ごめんね」と言ったようだ。オリジナル種目のお試しには興味無いらしい。野上はうなずき、何か言うと、こっちに向き直った。その表情が。


(おいおいおい……)


がっかりし過ぎだ。


あまりにも分かりやす過ぎて笑いそうになった。それをこらえて、ちなちゃんと「?」「!」と目で確認し合った。


「智菜! バイバイ!」


野上の向こうで仲里が手を振った。ちなちゃんも「バイバイ!」と元気に振り返す。野上には「あの仲里に何を期待してんだよ?」とツッコミたくなるけれど、ここは想いが伝わらない者同士、何も言わずにおいてやろう。


校庭に出てみると、かなりの数の生徒が集まっていた。学年も男女も入り混じっていて、大半が制服のままだ。


ちなちゃんは制服の上に紺色の剣道部ジャージを羽織っている。俺のジャージは当然、彼女には大きすぎて、袖はもちろんのこと、丈も長い。それが彼女の丸顔と赤いメガネにことのほか良く似合って、俺は嬉しさのあまり笑顔が止まらない状態。しかも、彼女に誘われて来た北井が風間にほぼ独占されている今、彼女の居場所は俺――と野上――のそばに決まっている!


「上手く行くのかなあ?」


九重祭委員の説明を聞きながら彼女がつぶやく。


「それを試すんだろ?」


俺が言うと、肩のすぐ横で彼女が「そっか」とにっこりした。


(ああ!)


混み合った集団の中の親密な距離。なんて素晴らしいんだ! 来て良かった!


試す種目は変則の玉入れだった。遠くから投げ入れるバージョンと、テニスラケットを持ったディフェンスがいるバージョンだ。どちらも簡単そうなのにやってみると意外に難しくて、でもそれが可笑しい。みんな笑いながら玉を投げていた。


合い間にちなちゃんと何度も微笑みを交わしているうちに、ふと思った。ああ、一緒に遊んでるんだなあ……って。ぴょんぴょんガエルで遊んだあのころみたいだ。


好きな女の子と一緒に何かをして笑い合うって、本当に楽しい!


(もっとたくさんこういう機会が欲しいけど……)


2人でどこかに遊びに行くのはまだ無理だ。そんなデートみたいなこと、絶対に言い出せない。


そうじゃなくて、何か……同じ目的があるといい。できればふたりで秘密の。


(……あ)


あった。すぐ目の前に。


(野上)


さっきのがっかりした顔。


あれを見れば一目瞭然。野上は仲里が好きなのだ。ちなちゃんだってあれで納得したはずだ。


だから、野上と仲里の仲を取り持つ。俺とちなちゃんで。仲里との距離は野上よりも俺たちの方が近いのだから、これは野上のためになるはずだ。きのうからの経過を考えてみると、ちなちゃんも同意してくれる気がする。


そして。


それを通して、俺はちなちゃんと仲良くなる。一石二鳥じゃないか!


(うん。ちなちゃんに言ってみよう)


野上の想う相手がちなちゃんじゃないとはっきり分かって、ついでにちなちゃんが野上を異性として好きなわけじゃないと分かって、今はいくらでも応援しようという気持ちが湧いて来る。


そして俺はちなちゃんと一緒に計画を練って、こっそり視線で合図して。そんな場面を想像すると、ついぼんやり、にやにやしてしまう。


最終的に彼女が俺を好きになってくれるかどうかは分からない。でも、試してみる価値はある。もしも失恋しちゃったら……、それでも楽しい時間は記憶に残るはずだし、野上に全部話して慰めてもらおうかな。







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