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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第三章 6月
23/59

23 野上が変だ


部活が休みになったと思ったら、あっという間にテストがやって来た。久しぶりに野上とちなちゃんと――ときどき仲里も――一緒の登下校を楽しんでいたけれど、それもあと少しだ。


「ミアってテスト前でもちっとも焦ってないよね。うらやましいな」


テスト初日の帰り途、ちなちゃんが仲里に言った。


テストは午前中で終了だ。昼過ぎのこの時間、電車は全体的に空いていて空席も多い。きのうから梅雨入りし、長い傘を持った俺たち4人はドアの前にのんびり話をしながら立っている。


「だって、焦ったってしょうがないじゃん」


話を振られた仲里は気の無い様子で答えた。相変わらず愛想の無いヤツだ。


「だいたいさあ、テスト直前の休み時間に覚えたものが出てくる確率って何パーセントよ? あたしはそんなものに賭けない。水澤とは違うよ」

「うわ、お前、見てんのかよ? 悪かったな、悪あがきしてて。そういうお前は相当自信があるんだろうな?」

「自信? そんなの関係ないでしょ。やったことがやった分だけ結果として表れるってことなんだから」

「何だよそれ? 悟り開いてんの?」

「自己責任ってこと」

「ミアらしいねぇ。いいなあ」


ちなちゃんがおっとりと感心してる。


一緒に話していると、ちなちゃんは何度も「ミアらしい」という言葉を口にする。その口調からすると、どうやら仲里の性格に憧れているらしい。俺はお薦めできないけど。


「潔いって、つまり諦めてるんじゃないのか? 言い訳の一種だろ」

「フッ、そう思ってればいいじゃん」


不敵に笑う仲里に気迫で負けた気がした。助けを求めて野上を見ると、目が合った野上がハッとしたのを感じた。


(まただ……)


と思う間もなく、野上は難なく話の流れに乗っている。でも、俺は確信している。野上がぼんやりしていたことを。


(何だろう?)


一緒に帰り始めてから、同じようなことが何度かあった。ふと気付くと、こっちをじっと見ていたり、考えごとをしているようだったり。そこで俺が「あれ?」と思うと、それに気付いた野上がすぐに笑顔で話し始めるというふうで。それはまるで問題を隠そうとするみたいで……。


はっきりとではないけれど、何か変だ。


仲里がいる日は以前と違うのは確かだ。ただ、その変化はそれほど悪くないと俺は感じている。仲里のおかげでちなちゃんが会話に参加することが増えたし、野上も仲里のことは気持ち良く受け入れているように見えるから。もちろん、3人のときも気の置けない楽しいひとときではあることに変わりは無い。


なのに……。


野上は何を気にしているんだろう。ときおり見せる思うことがあるような様子が気になって、何となく落ち着かない。





(やっぱり……変だよな?)


倉ノ口駅で降り、改札前で仲里と別れてからさっきのことを思い出してみる。


(見るのはいつも一瞬だったけど……)


野上は話とは違うことを考えていたと思う。この一週間、何度もあった。妙にはしゃいでいるかと思うと、いつの間にかむっつり黙り込んでいたり。俺の思い過ごしではない。絶対に。


帰るのは久しぶりとは言え、野上とはゴールデンウィークに遊びに出かけている。体育の授業も一緒だ。そのときにはぼんやりしていることなんて無かった。まあ、体育の授業ではぼんやるする暇なんか無いけど。


(仲里がウザいのかなあ……)


傘を広げながら思い出してみる。


野上と俺とちなちゃんの3人のときには、野上と俺が8割から9割方しゃべっている気がする。ちなちゃんは自分からはあまり発言せず、俺たちの会話を楽しそうにながめていることが多いから。今はそこに遠慮のない仲里が加わって、俺たちがしゃべる時間が減ったのは間違いない。


幼馴染みのおとなしいちなちゃんとしか過ごしてこなかった野上には、仲里は未知の、しかも凶暴な生物みたいに感じられるのかも知れない。本当は嫌なのかも。だけど……。


(そうでもなさそうなんだよなあ……)


仲里に対しても、ちなちゃんと同じように接している。逆に仲里の辛辣な物言いを楽しんでいるようにも見えるし。それに、そもそも目の前の話題から意識がそれるということ自体があいつらしくない。


(何か心配事でもあるのかなあ……)


その方が可能性が高いだろうか。


一般生徒の俺とは違って、野上はもうすぐ生徒会長という大きな責務を負う。それがプレッシャーになっている可能性もある。……でも、今までも副会長だったわけだし、中学でも生徒会長を経験している野上には、プレッシャーなんて「今さら」という感じがする。それに……。


(あの視線が……)


ぼんやりしているうちの何度かは俺を見ていたように思う。しかも少し……険しい表情で。


(何だろうなあ……)


一瞬のことではあるけれど、一度ではないからやっぱり気になる。俺が何かしたのだろうか。本人に尋ねたら、ちゃんと答えてくれるだろうか。


(うーん……)


今までの感じだと、「何でもない」で済まされてしまいそうな気がする。野上は頑固なところがあるから、一度話さないと決心したら、余程のことがない限り話してくれないだろう。


(ってことは……、ちなちゃんかな)


彼女を思い浮かべたら、ふわりと胸のあたりに何かが膨らんだ。


(野上と毎日一緒にいるんだから、変化があれば気付くよな?)


気付きもするだろうし、彼女と野上ほどの関係なら、何か聞いているかも知れない。詳しいことは俺には言えないとしても、野上が一人で悩んでいるのではないと分かれば俺も少しは安心できる。


(うん、そうだな)


ちなちゃんに訊いてみるのが良い気がする。でも、いつ?


予定を検討しながらウキウキしている自分に気付いた。気を引き締めようと思っても、どうしてもうずうずする。


(これは野上のためなんだぞ)


ちなちゃんと話すことが目的なわけじゃないんだからな!


(……あれ?)


そこで気付いた。チャンスがほとんど無い。


だって、俺は彼女の連絡先を知らない。家も知らない。つまり、家に帰ってからはダメということだ。


登下校は当然ダメだ。野上が必ず一緒にいるから。


(だとすると……?)


テストはあさってまで。最終日の午後からは部活が始まるから、そうなったら忙しさに紛れて忘れてしまうかも知れない。そのまま解決すればいいけれど、そうならずに悪化する可能性だってある。


(明日のどこかだな。学校で)


じっくり話せるのはいつだろう? 午前中で下校になるから昼休みは無い。テストの朝なんかに込み入った話はしにくいし。


(二人で帰れたらなあ……)


方向が同じだし、どこかにちょっと寄ることもできるのに。野上と仲里が一緒では――。


(って、違うし!)


野上を邪魔者扱いしてどうするんだ!


野上のことが心配なんだ。ちなちゃんと二人で話したいのは野上のためなのだ。


(やっぱり電話……かな)


それしか無い気がする。連絡先を教えてもらわなくちゃ。でも、あらためてそう考えると、今度は照れくさいな……。


(何言ってるんだ!)


恥ずかしいことなんか何も無い。これは野上のためなんだ。野上のいつもと違う様子の理由を、一番近くにいるちなちゃんに訊いてみる。べつにおかしなことじゃない。


(そうだぞ。弱気になるな)


これくらいできなくてどうする! 今回はちゃんと理由もあるじゃないか!


(そうだよ。だって)


学校のせわしない時間に尋ねたら、ちなちゃんも簡単には教えてくれないかも知れない。


だから、最初から時間に余裕を持って話さないと。俺が心配していることを分かってもらって、ちなちゃんが何も相談されていなくても、心当たりが無いか一緒に考えるくらいの余裕を。


……ついでにちょっと二人の話ができたらラッキーだけど。







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