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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第三章 6月
21/59

21 女の子と仲良くなる方法


ちなちゃんに褒めてもらったことで自信が出て、昼休みもどうにかして接点を作ろうと考えながら午前中の残りを過ごした。


でも、その予定は実現しなかった。なぜならその昼休み、風間が北井のところに行かずに俺たちのところにやって来たから。


北井は教卓の前の自分の席でちなちゃんと話している。その横にいる男子2人が、ときどき彼女たちにも話を振ってはコミュニケーションを成立させようと試みている様子だ。俺はそれが気になるけれど、風間は――。


「いいんだよ」


宮田の遠慮のない質問に、風間はとぼけることもせずに平然と答えた。


「むやみに近付くだけじゃなくて、引くことが大切だって書いてあったんだから」

「書いてあった? 何に?」


そんなことを教えてくれる便利なものがあるのかと驚く俺に、風間は当たり前のように教えてくれた。


「インターネット」

「何お前?! そんなことネットで調べてんのかよ?!」


宮田が驚くと、それにも風間は平然と答えた。


「べつにいいだろ? 載ってるってことは、教えたい人も教わりたい人もいるってことだし」

「そりゃそうだけど、そんなの雰囲気でわかれよ……」


憐みの表情で風間を見ている宮田にはちゃんと彼女がいる。つまり、宮田は「雰囲気でわかる」のだ。でも。


(そうか……)


俺は風間の行動に心から感心していた。


この世にはインターネットという便利なものがあった。どんなことでも調べれば何かしら出てくるのだ。当然、女の子と仲良くなる方法も。


でも!


今は風間から情報を得ることができる!


「なあなあ、それで?」

「は?」

「引くってどの程度に?」


俺の食いつき具合に風間は一瞬、戸惑いの表情を浮かべたけれど、すぐに真面目に答えてくれた。


「1押したら3休み」

「1押したら3……?」

「そう。休みの方を多くするんだ。その代わり、押すときは印象に残るようにする。そのメリハリが重要なんだ」

「メリハリ……」

「仲良く話したあとでしばらく知らん顔して、相手がこっちのことを『どうしたのかな?』って気にかけるように仕向けるんだよ。それを繰り返すうちに、いつも気になる存在になってくるってわけ」

「なるほど……」


すごく効果がありそうな気がする。それに、休みの方が多いっていうのは少しほっとする。話題に迷う俺でもできそうだ。


「あの音楽室の行き帰りで、今日はその『1』が終わったってことなのか?」


からかい半分に宮田が尋ねた。風間はそれにも真面目な顔でうなずいた。


「ああ。かなりいいセン行ったと思う。それに、今日の占いは『音楽関係のイベントが吉』だったから」

「音楽関係のイベントって! それ、ライブとかに行けってことじゃねーの? 音楽の授業のことじゃないだろ!」


宮田は呆れて笑い出したけど、俺はさらに感心してしまった。風間は毎日の占いまでチェックして、しかも、ちゃんと行動に取り入れているのだ!


「風間、すげえ」

「まあな。ただ、計画を練るのがけっこう大変なんだ」

「でも、ちゃんと計画どおりにやってるんだろ? それはすげえよ」

「まあ……、それくらい頑張らないと厳しいって言うか……」

「うんうん、だよな。わかるよ」


微かに頬を赤らめながら話す風間とその肩を嬉し気に抱く俺。そんな俺たちに宮田がバカにした視線を向ける。


「じゃあ、ふたりとも、今日はもう向こうとは口を利かないんだな?」

「そうだな、『3休み』だから」

「俺も達成してる気がする」


そうだ。俺は今日、ちなちゃんの声が好きだと伝えたのだ。……まあ、あれは仲里に先を越されていたという残念感は残るけど。でも、ちなちゃんが同じことを言ってくれて、それは俺があの言葉を言ったからだ。


つまり、俺は十分に印象に残る会話をした。そして、こんなにすごい会話をしたのだから、3どころか6か9くらい休んでも大丈夫に違いない!


「ふうん」


宮田がニヤリと笑った。


「その余裕がいつまで続くか楽しみだなぁ」


俺と風間は顔を見合わせて「大丈夫だよなあ?」と当然のように請け合った。今もちなちゃんに話しかけている男たちはいるけれど、あの中に「声が好き」と言ってもらえるヤツなどいるはずがない。


だって、このクラスにはちなちゃんが心を許せる男なんて、俺以外にいないんだから!





その午後の6時間目のLHRで、文化祭の出し物が発表された。本来は今日の話し合いで決めるのだけど、すでに女子の間で根回しが済んでいたようで、九重祭委員の司会で始まった話し合いは当然のように劇をやることになった。女子の団結力の前に俺たちが意見など言える空気ではない。


すでに脚本もかなり出来上がっているという事実を知った俺たちはこっそり顔を見合わせた。そこに浮かんでいたのは、自分は裏方でいいと思っている表情だった。


そんな俺たちに構わず、話はどんどん進んで行った。脚本を担当しているという寄木と丘が、内容説明のために前に呼ばれた。そして、この劇は男子3人がトップアイドルを目指す物語だから、主人公の3人は舞台の上で歌ったり踊ったりしなくちゃならない――言葉は違うけど、そういう意味だ――と宣言した。


もちろん、教室には男子の不満の声が飛び交った。俺も嫌な顔をしてため息をついたけど、内心では心配していなかった。だって、俺に声がかかるわけがないから。


2年1組にはちゃんと目立ちたがりで見栄えのする男子が何人かいる。そいつらを差し置いて、俺が主役に選ばれるなどということはあり得ない!


女子たちから配役も発表しろと促され、前の2人が「それでは」と勿体ぶって咳払いをした。


「主役の一人目、グループの真ん中に立ってもらいたいのは……赤羽くん」


赤羽が「え? 俺?」と半分腰を浮かせてきょろきょろと周囲を見回した。男子からは驚きとも同意ともとれるどよめきが上がる。一方、女子は平然と笑顔で拍手。ということは、配役もすでに了承済みなのだ。


「二人目は石川くん」


指名された小太郎はぽかんと口を開けたまま動きが止まった。お気の毒様。


「三人目は風間くん」


(お?!)


身近な人物の指名に驚きと微かな嫉妬が湧く。ほっとする気持ちの方が大きいけれど。


「ウソだろ! 絶対ムリだから!」


風間が勢いよく立ち上がっって叫んだ。すると寄木が「とりあえず、最後まで聞いてください。配役は最後に調整できますから」と穏やかに言い、風間は着席するしかなかった。


そのまま見ていると、着席しても風間は不機嫌な表情を隠さない。それはそうだろう。赤羽や小太郎は普段から人前でふざけたりできるタイプだけど、風間はそうじゃない。舞台の上で踊るなんて死んでも嫌だと俺でもわかる。


そのとき、風間の右隣から今西那絵がこっそり話しかけるのが見えた。その間に脇役の発表が始まった。教室内がざわざわし始めた。


「プロダクションの社長に須東くん」


風間はうるさそうに今西を無視しようとしたけど、繰り返し呼ばれて体をかたむけた。そこに今西が何かささやく。と、鋭く今西を見る風間。その間も発表は続いている。


「振付師に渡井さん」


今西が風間にもう一度ささやく。風間が姿勢を戻し、視線を前に向けた。


「3人のマネージャーに北井さん」


(北井?)


聞こえた名前にハッとした。一番前の席にいる北井はあきらめた様子で脱力している。あれは、出たくはないけど断れなかったという雰囲気だ。


(風間は?)


振り返ると、今西が風間にうなずいたところだった。風間は前を向き、頬杖をついて何かを考え始めた。


(何を聞いたんだろう?)


教室内にはリラックスムードが立ち込めてきている。主役を免れた男子連中には「セリフを言うだけで良いならいくらでもやってやる!」という雰囲気ができあがり、指名された生徒はみんな素直に引き受けている。


(俺はやっぱり裏方が気楽でいいけど……)


とは思うものの、ほかの誰かが呼ばれるたびに、少しだけがっかりしているのも確かで。どうせ俺なんか誰の目にも留まらないと自覚してはいたけれど、みんなの前で証明されると複雑な気分だ。


(まあ、ちなちゃんも呼ばれてないし)


問題は何も無い。


「こちらで考えたキャストは以上です。では、ご意見やどうしても無理だという方はどうぞ」


配役の発表が終わったところで寄木が呼びかけた。風間が言うなら今だけど……。


(あいつ!)


振り返ると、風間は机に両肘をついて、組んだ手で口許を隠していた。


(絶対ニヤけてるだろ!)


気が進まない表情を作ろうとしているようだけど、あれでは失敗だ。ウキウキした気分が漏れ出している。


結局、誰も文句を言わないまま配役は決まった。そして俺は大道具担当に手を挙げて、ラッキーなことにちなちゃんも一緒に仕事をすることになった。


LHRが終わると、風間はいそいそと北井に話しかけに行った。接触を断って相手の気を引くという作戦はどこかに消え去ったらしい。


だったら俺もちなちゃんと話しに行こう。今ならあれこれ考えなくても話ができそうだから。







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