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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第二章 5月
18/59

18 ◇◇ 智菜:チカちゃんとの帰り道 その2


「何言ってるんだよ?」


強い声。チカちゃんが怒ってる。どんな顔をしてるのか、見なくてもわかる。でも、怖くは無い。チカちゃんがやさしいことを知っているから。


「だって、あたしがチカちゃんの自由を奪ってるんだったら申し訳ないよ」

「何だよそれ? 誰かに言われたの?」

「違うよ。さっき……、チカちゃんが水澤くんのこと気にしてたから……」

「え? 水澤のこと?」

「チカちゃんも彼女が欲しいんじゃない? だからミアと水澤くんのこと気にして」


そこでフッとチカちゃんが怒りを解いた。そして今度は苦笑い。


「そんなふうに思ったの?」

「違うの?」

「うーん、まあ、そりゃあ彼女は欲しいけど、誰でもいいってわけじゃないからね」

「そうだけど……、あたしのせいで出会うチャンスが減ってるかも知れないよ?」


チカちゃんが呆れたように首を振る。でも、思い切って続けた。


「チカちゃんと話してみたいって思ってる子がいるかもしれないよ? すごくいい子かも知れないよ?」


口に出したら止まらなくなった。いつも思っていたことだから。


「いつも一緒にいるあたしのことを、彼女と勘違いしてる子だっているかも知れないよ? それであきらめちゃってたらどうする? そんなの申し訳ないよ」

「智菜ちゃん……」


街灯の明るさにふと気付く。いつの間にか夜の景色に変わっている。チカちゃんの表情は穏やかで――。


「智菜ちゃんは……もうやめたいの、かな?」


落ち着いた声。いつもそばにいてくれた。


「そうじゃないよ。チカちゃんがいてくれるから安心して学校に通えてる」

「だったら」

「だけど、それでチカちゃんが不自由な思いをするのはいけないと思う。チカちゃんにだって、いろんなことを楽しむ権利はあるんだから」

「智菜ちゃん」

「あたしはチカちゃんの邪魔をしたくない。チカちゃんはもう十分やってくれたと思う。だから、あたしのことは気にしなくてもいいんだよ」


言いながらドキドキしてきた。ずっと考えてきたことだけど、実際に立ち向かうとなると、不安で胸がつぶれそうになる。


「智菜ちゃんは誤解してるよ」


静かな声がふわりと不安を払ってくれる。


「俺はべつに、今の状態が不自由だなんて思ったことはないよ」

「そう……?」

「面倒だとか、我慢だとか、そんなふうに感じたこともない。だって、同じマンションに住んでるんだよ? ただ学校に行って帰って来るだけじゃん」

「それはそうだけど……」


そっと見ると、チカちゃんはニヤッと笑った。


「俺、けっこう楽しんでるんだけどな、智菜ちゃんのボディーガード」

「ボディーガード……?」

「だって、そうだろ?」

「うん、まあ……」


そんなような意味ではあるけど……。


「最近、ネットの動画見ながら空手の練習もしてるんだ」

「え? 部屋で? 怒られない?」


うちはマンションだ。こんな大きな人が暴れたらうるさい。


「あはは、いくら何でもそこまでやらないよ。でも、ほら。構えはこう」


両手を拳にして足を踏ん張って、ポーズを見せてくれた。そんなチカちゃんに思わず笑ってしまった。


「わかった。もうしばらくは守ってもらう。ありがとう」

「そうだよ。おばさんにも約束したし、せめて高校を卒業するまではね」


お母さんのことを言われて、ほっとした胸がまた痛んだ。


「お母さんのことは……、もう気にしなくていいよ」

「そういうわけにはいかない。俺が決めたことだから」

「でも……」


チカちゃんの頑固そうな顔を見たら、言おうとした言葉が消えてしまう。その代わり、わたしの願いを伝えることにした。チカちゃんのやさしさにはその方が効果があると思ったから。


「あたしね、チカちゃんに我慢してほしくないの」

「智菜ちゃんと一緒にいるのは我慢じゃないよ」

「違うの。そういうことじゃなくて」


せっかくの機会。ちゃんと伝えなくちゃ。


「あのね、ほかにやりたいことがあるときもあるでしょう? そういうのを我慢してほしくないの。だって、我慢ばっかりしてたら、チカちゃんが壊れちゃうかも知れないでしょ? そうじゃなくても、我慢の原因のあたしを嫌いになっちゃうかも知れない。そういうのが怖いの」

「智菜ちゃん……」

「あたし、チカちゃんにはいつも楽しくしててほしいし、嫌われたくないの。だって、本当に感謝してて、とっても大事に思ってるから」


驚いてわたしを見ているチカちゃんを、今はまっすぐ見返して。


「だから絶対に我慢しないで。一緒にいることをやめたくなったり、休みたくなったら言って? そういうときは自分で何とかするから。チカちゃんが楽しくて元気でいることは、あたしのためでもあるの。だから、ね?」

「智菜ちゃん……」


最後まで言えてほっとした。今まで、どれほど感謝しているか伝える機会が無かったから。


「……わかったよ」


チカちゃんが微笑んで言った。


「我慢しないって約束する。それと、毎日を楽しく過ごす」

「うん」

「あと……大事に思ってくれてありがとう。俺にとっても智菜ちゃんは家族とおんなじだよ。今の俺でいられるのはちなちゃんのお陰だし」

「や、やだ、チカちゃん。あたしは何もしてないじゃん! あのとき助けてもらったのはあたしの方だよ?」


4年前の出来事。いくつかのことが重なって、結果としてわたしとチカちゃんは絆を深めた。


「見た目ではね。でも、救われたのは俺の方だよ。あれからずっと、智菜ちゃんは俺の心の支えになってくれてるんだから」


(チカちゃん……)


そんなふうに感じてくれているなんて知らなかった。わたしが一方的に負担を掛けているとばかり思っていたのに。


「あー…、もしかして、あたしの背が伸びないのは、チカちゃんがあたしを支えにしてるからかなあ? 自分ばっかりそんなににょきにょき伸びちゃってさ」


しんみりするのが照れくさくて、ふざけて言ってみる。するとチカちゃんも明るく言い返してくれて、ふたりで笑うことができた。


そう。わたしたちは本当に心から相手を信じて、心配して、幸せを願っている。チカちゃんが言うとおり、家族とおんなじなのだ。


そこでふと、チカちゃんが黙った。それから。


「うーん……、ちなちゃんがそこまで心配してくれてるんだったら、話しておいた方がいいかなあ……」


ためらいがちにそこまで言って、また黙ってしまった。


「話しにくいことだったら、無理に言わなくても……」

「うん、まあ……。いや、だけど、智菜ちゃんには知っておいてもらった方がいい気がする」

「そうなの? それなら聞くけど……」


チカちゃんの決心が固まるまで、そのまましばらく歩いた。そして。


「実は俺さあ……」

「……うん」

「気になってるひとがいるんだよね」

「え、そ、え? それって……好きなひとってこと?」

「うん……」


突然の打ち明け話。しかも、恋の!


「い、いたんだ? そういう人」

「うーん……、まあね」

「そ、そう。全然気付かなかったよ」

「はは、だよね」

「ええと……」


こういうとき、何を言えばいいのだろう? チカちゃんはどこまで話すつもりなのかもわからないし……って言うか、さっきはこういう可能性も考えたはずだったのに、こんなに焦っちゃうなんて!


「ああ……、相手は今はまだ……言う勇気が無いって言うか……」

「い、いいよいいよ、言わなくても。大丈夫だから」


わたしの方がドキドキしてるし。


「あの、でも、そしたら、いいの? そのひとと一緒に帰りたいとか、無いの? あたし」

「いや! いいんだ! 今のままで」

「でも」

「本当に。だって……、まだどうなるかわからないし。今のままの方がいいんだ」

「そう……?」

「うん。そうしてほしい。頼むよ。ね?」


こんなふうに頼むチカちゃん、久しぶりだ。今のままでいいっていうのは本心なのかも。


「それなら……いいんだけど……」


もしかしたら恥ずかしいのかな? チカちゃんは女子とも普通に話すけど、好きな子が相手だと違うのかも知れない。


「じゃあ……、気持ちが通じたら教えてね」


そのときは絶対に、わたしよりも彼女を優先するように言わなくちゃ!


「うん、そうする。あと、今の話は水澤には黙っててほしいんだけど」

「あ……、わかった。大丈夫」


仲が良くても言いづらいのね。でも、その心配は無い。こんなことを話せるほど仲良くなれていないから。


「うーん、上手く行ってほしいなあ」


今度はわくわくしてきた。チカちゃんに彼女ができるのかと思うと。きっと、すごく素敵なひとと素敵なカップルになるっていう予感がする。そうなったら嬉しいな!


「そればっかりは、俺の気持ちだけじゃどうにもならないからなあ……」

「そうだけど、チカちゃんなら絶対に大丈夫だよ! 断られるはずなんて無い。保証する」

「あははは、智菜ちゃんの意見は身びいきだから、当てにならないよ」


そんなことない。チカちゃんほどやさしくて強い心の人はいない。ずっと一緒にいるわたしが言うのだから間違いない!


(ああ、本当に良かった)


チカちゃんに好きなひとがいるということが。チカちゃんの心が自由だとわかったから。わたしがチカちゃんの自由を奪っていないとわかったから。


(いったい誰なんだろう?)


チカちゃんの想う相手って?


そのひとが、わたしのことも気に入ってくれたらいいな……と思うのは図々しいかなあ?








ゆっくりのんびりのお話にお付き合いいただき、ありがとうございます。

ここまでで第2章「5月」は終了です。

次回から第3章「6月」に入ります。

引き続きお楽しみください。

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