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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第二章 5月
17/59

17 ◇◇ 智菜:チカちゃんとの帰り道 その1


「ねえ、智菜ちゃん」

「ん?」


学校からの帰り道。柿川駅の改札を出たところでチカちゃんが話しかけてきた。


そのためらうような様子に少しあらたまった気持ちでチカちゃんを見上げる。ワイシャツに四角っぽい黒のリュックを背負ったチカちゃんの背景には灰色の雲。雲のせいで暗いけれど、夏至が近い今はまだ本当の夜じゃない。


「水澤とミアちゃんって、やっぱり仲いいんだね」

「そうだけど……」


口にされた名前に一瞬、怯んでしまった。チカちゃんにもそう見えるのかと思うと……。


「どうして急に?」


何かあったのだろうか。チカちゃんがあらためて話題にしたくなるようなことが。そう言えば、チカちゃんは前にも気にしてたっけ……。


「いや……」


迷っているようだったので、そのまま「べつに」と言われるのかと思った……けど。


「今日さあ」


歩きながらぽつんと聞こえてきた。


「あ、うん」

「放課後にちょっと教室に戻ったときに、見たんだ」

「見た?」


頭にパッと浮かんだのはふたりが抱き合っているシーン。誰もいない放課後の教室で――?


「なんか、楽しそうにしゃべってた」

「え、しゃべってた?」


しゃべるって、普通のおしゃべりのことだろうか。今のチカちゃんとわたしみたいな……?


「そう。ふたりきりでさあ、水澤がミアちゃんの方向いて座っててさあ」


(座ってしゃべってた……)


ふたりきりというのは確かに気になるところだ。でも、今回の状況は……なんだかちょっと力が抜ける。


「ええと…、それって、そんなに珍しいことじゃないんじゃないかな?」

「水澤とミアちゃんが一緒にいることが?」


(う)


そのふたりに限定されると動揺してしまうけれど。


「そうじゃなくて、男子と女子が放課後にしゃべってることって……」

「そうかなあ? でも、ふたりきりだよ?」

「うーん…、それは……まあ、確かに毎日は見ないけど……」

「そうだよね」

「あ、でも、今日は風紀委員会の仕事だったんだよ」


思い出した。


「今日、風紀委員会のアンケートがあって、その集計をするって言ってたよ。2組はやらなかった? 校則に関するアンケート」

「アンケートはあったけど、風紀委員は残ってなかったよ」

「じゃあ、家で集計するのかもね。集計の締め切りは三日後って言ってたから。ミアは仕事はさっさと終わらせたいから、残ってやっちゃうって言ってたけど」

「ふうん、そうなんだ……」


でも、チカちゃんはどこか納得していないみたい。


「何か気になるの?」


ふたりの様子に何か感じたから?


「え?」

「んー……、話しかけにくい雰囲気だったとか」

「うん……。すごく気が合ってる感じで、あんまり当たり前みたいに話してたから……。まあ、見られて困るような様子ではなかったけど……」

「声を掛けてみれば良かったのに」


わたしならそうしてしまった気がする。いつもと同じ様子だったら、だけど。


「そうだね。そうすれば良かったかな」


そう言いながらも何か考えているような……?


「たださあ」


少ししてからチカちゃんが言った。


「1年のときは水澤も俺も、女子とはあんまり絡んでなかったから。ミアちゃんは違うのかなって」

「それは……どうだろうね?」


確かに水澤くんは今も女子とは絡まない。ミアを除いて。でも、勝手な憶測でものを言うわけにはいかない。ミアが想う相手が誰なのかもわからないし……。


「ミアと水澤くんは中学からの知り合いだから……」

「それは知ってるけど」

「なのに気になるの?」

「ん……、まあ」

「水澤くんに訊いてみたらいいのに。仲良しなんだから」


わたしはその結果を聞きたいだろうか。……聞かない方がいいような気がする。ふたりの仲が決まってからでいい。


「水澤もべつに特別なことは言ってなかった。って言うより、『仲良くなんかない』って否定した」


(じゃあ、訊いたのか……)


チカちゃんと水澤くんは仲良しだもんね。


「でも、本心かどうかわからないだろ?」

「それはそうか」


わたしだって自分の気持ちを誰にも話していない。


(それにしても)


チカちゃんがこんなに気にするなんて。中学のときは友だちに彼女ができても平気な顔をしていたのに。


「ふふ」

「何だよ?」


笑ったのを見咎められた。


「だって、水澤くんのことは気になるんだなー、と思って。やっぱり特別なんだね」

「特別って?」

「ほら、剣道部で言われてるんでしょ? ふたりは恋人同士って」


冷やかすと、やっとチカちゃんが笑顔になった。


「そうそう――って、違うよ。まあ、ちょっと淋しいのはあるかな」

「淋しい?」

「俺に割く時間が減るんだなあ、とか、どうして話してくれないのかなあ、とか」

「ヤキモチだね、痛っ!」

「痛くないだろ! ちょっと押しただけなのに」

「チカちゃんは昔と同じつもりでも、大きくなって力が強くなってるんだから、痛いの!」 

「あはは、智菜ちゃんはいつまでもちっちゃいままだよなあ」

「むー。ちゃんと伸びてるもん! この一年で5ミリ!」


いつものペースのやりとりをして、ほっと一息つく。すると、さっきの話を思い出してしまった。ミアと水澤くんの仲の良さを。チカちゃんが見てもそんなふうに見えるということは、わたしの考え過ぎじゃなかったってことだ。


(やっぱりあたしじゃないじゃん)


心の中でため息をついた。


劇の配役の話のあと、「もしかしたら」と思わずにいられなかった。そのたびに否定してきたけれど、どうしても忘れられなくて。でも、これで十分にわかった。


水澤くんはわたしなんて眼中に無い。


そういうこと。


だって、朝のあいさつだけだもん。あとは後ろ姿を見ているだけ。水澤くんが風間くんのところに来ることはあっても、視線はわたしの上を素通りしていく。


もう絶対に可能性なんて考えない。誰に何を言われても、舞い上がったりしない。


(でも……)


チカちゃんはわたしとは立場が違う。水澤くんとは本当に仲良くしているし――。


(そうか!)


淋しいだけじゃなくて、羨ましいのかも知れない。だって高2だもんね。彼女くらいほしいよね。だとしたら。


「ねえ?」

「んー?」


一瞬、言葉が止まったけれど、勇気を出して続けた。


「チカちゃんも……彼女作ったら?」


チカちゃんが驚いてわたしを見た。目を合わせる勇気が無くて、さり気なく前方に視線を移した。


「あたしのことは気にしなくていいよ。もうずいぶん経ったしね。大丈夫なんじゃないかな?」

「そんな、智菜ちゃん」

「あたしがこんなふうに一緒にいるから彼女ができないのかも知れないじゃない? だから……終わりにしてもいいよ」


(言えた……)


いつかは言わなくちゃいけないと思っていたこの言葉を。







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