13 御見逸れしました。
ゴールデンウィークが明けてまもなく、2回目の風紀委員会があった。
割り当てられた化学実験室では窓側から1年、2年、3年と列が決まっていて、8人掛けの机に4クラスずつが座っている。クラスのペアは隣同士になっていて、2年1組の俺たちは当然、教卓のそばだ。その席で注目を浴びながら、仲里は一緒に調べた校則変更の歴史を報告した。
驚いたのは、仲里が調べた内容をただ読み上げたわけではなく、それらを分析した見解をまとめていたことだ。そんなことを聞いていなかった俺は、隣で小さくなっていることしかできなかった。ほかの委員たちや顧問の先生が、彼女の成果を聞いて「ほう」という顔をしていた。
「ありがとうございます。十分な調査でした。ご苦労さまでした」
委員長のねぎらいは同じクラスの俺にも向けられていて、ちょっとばかり後ろめたい思いでうなずく。
「今の報告にあったとおり、校則は時代に合わせて変わってきているようです」
委員長がみんなに呼びかける。
「では、前回、みなさんに出したもう一つの課題です。校則について考えてくることになっていましたが、いかがでしょうか」
何秒か様子を見合う気配のあと、3年生の男子が手を挙げた。委員長がクラス名で指名し、その3年生が立ち上がった。
「僕は校則はこの九重高校の伝統のようなものだと考えていました。校則があるから伝えらえているものがあり、だから守っていくべきだと。でも……、今の報告を聞いて、そうではないのかも知れないと思い始めています」
次に手を挙げたのは3年生の女子だ。
「わたしは校則は無くても良いのではないかと思いました。わたしたち自身が九重生としての自覚を持って過ごしていれば、学校が荒れて混乱するようなことは起こらないという気がします」
「それは制服も廃止するってこと?」
女子の声がして、ほかの3年女子がそれに応えるように手を挙げた。
「わたしの友だちの学校は制服の着用が自由です。その話を聞いたとき、わたしはその学校はとても華やかなんだろうと思ったんです。ところがそんなことはなくて、制服を着ている生徒が大半だそうです。私服の生徒もジーンズや制服風のスカートなどが主流で、特に派手な生徒はいないと言っていました」
「破る校則が無いと、反抗の気概を表現する方法が減るよなあ」
3年男子の言葉に軽い笑いが起きた。
リラックスした雰囲気が広がり、委員長が「1、2年生はどうですか?」と投げかけてきた。委員長は俺と同じ2年生なのに、なかなか見事な仕切りで感心する。
「先月、仲里が…いや、仲里さんが」
と2年男子が話し出した。
「服装チェックのことを言ったとき、自分も、あれは意味が無いと思いました。でも、校則はやっぱりあった方がいいと思います」
それにつられるようにいくつかの意見が続いた。誰かに同調するのではなく、みんなそれぞれに自分の考えを述べていく。こんなに活発に意見が出て来るとは思っていなかったから、ちょっと驚いた。
でも、考えてみたら、ここは九重高校だ。県内でも有数の伝統ある進学校。この学校に通っているということを、俺たち生徒は多少の差はあっても誇りに思っている。だから、学校に関わることはみんなが真剣に考えるし、大事だと思うことを伝えようとする。それを見ていると俺は――。
(ん?)
仲里の動きで思考が中断された。
委員長に「どうぞ」と促されて仲里が立ち上がる。その真面目な表情は、そろそろ見慣れた俺でもハッとするような聡明さを漂わせている。ふと、普段の乱暴な言葉遣いや過去の派手なファッションは実は隠れ蓑だったのではないかと思った。
「ご存知の方もいると思いますが、わたしはずっと服装の規定を無視してきました」
何人かの女子のくすくす笑いが聞こえた。
「そんなこと、学校に決められるのは嫌だと思っていました。でも、この前、友だちが言ったんです、『校則に守られてる気がする』って」
(あ……)
この前、ちなちゃんが言っていたあれだ。
「それで、わたしは初めて気付いたんです。校則を窮屈に感じる生徒もいるけど、校則があることで安心して過ごせる生徒もいるってことに」
みんなが静かに仲里に注目している。俺ももちろんその一人。
「校則を破る生徒は自分を主張する声や言葉も強いから……見た目もだけど、」
そこで仲里が肩をすくめてみせ、周囲に苦笑が起こる。
「みんなに対するアピール度も大きいんだよね。でも、校則の中で安心している人たちは何も主張する必要が無いから、そういう意見があることも知られないままになってしまう。それは不公平だなって思いました。今は、その子みたいに感じている人たちのことも考えるべきだと思っています」
(なんだよ……)
驚いた。ここまで考えていたとは思っていなかったから。今日は仲里に驚かされてばかりだ。
生徒会室で話したときは、ちなちゃんの言葉をそのまま自分の意見として使うつもりなのだと思った。そうじゃなくて、仲里はそこから自分の考えを発展させたんだ。そして、それを仲里らしくまっすぐに伝えた……。
しばらく落ち着いていた室内に、いつの間にかざわめきが戻っている。椅子に座った仲里に、俺は小声で「おまえ、意外にすげえな」と言った。すると彼女は蔑むように俺を見て、「あんたも何か言ったら?」と返してきた。
「いや、俺の出る幕じゃねえよ」
「そんなことないよ。同じ生徒なんだから」
「いや、だけどさあ」
「思ってること言えばいいんだから、べつに難しくなんかないでしょ?」
「そりゃそうだけど」
「2年1組、何かありますか?」
委員長の声が飛んできた。目の前で揉めていたから気になったのかも知れない。ざわめきが静まって、周囲から視線が集まっている。ぐいっと仲里に肘で押され、もう後に引けない。
「ええ……と、お、いや、僕は」
集まる視線にプレッシャーを感じたものの、声を出したら落ち着いてきた。思っていることを自分の言葉で伝えればいいのだと、自分に言い聞かせる。
「僕は、きちんと考えてきませんでした。すみません。でも、今、ここでみなさんの意見のやり取りを聞きながら、一人ひとりが考えて意見を伝え合うのはいいなあ…と、思っていました」
そこで息継ぎをして。
「校則を変えるとか廃止するとか、そういうことは、そんなに急いで決めなくてもいいんじゃないかと思います。その前に、九重生全体が、もっと校則のことを考えるようになればいいのに、と思いました」
何人かがうなずいてくれたのでほっとした。着席してから額に汗が噴き出てきた。隣で仲里がニヤニヤしながら目配せをした。
すぐに3年男子が手を挙げた。
「今の意見で思い付いたんだけど、校則について考えるための何かをやったらどうだろう? 今年の活動計画も今日の議題になっているけど……」
「あ、それなら、はい」
挙手した3年女子が指名されて立ち上がる。
「服装チェックをやめて、校則関連の何かにするのはどうですか? 服装チェックに効果が期待できないのは、たぶんみなさんも感じていることじゃないかと思いますけど」
そこで委員長が一旦引き取り、今の提案についての意見を求めた。ほとんどが賛成意見だったのは、服装チェックがあまり楽しくない仕事のせいもあったと思う。でも、その呼びかけ自体は放棄するわけではなく、校則について考えてもらう活動の中に服装のことを強く盛り込もうということになった。
最終的に、校則の変更については今年度は見送り、活動計画は服装チェックをおこなっていた時期に校則を考える企画を入れることに決まった。
「水澤、やったじゃん」
委員会が終わったとき、仲里が言った。
「何が?」
「水澤が言ったことが解決につながったでしょ?」
「そうかな?」
俺は感じたことを言っただけだ。
「そうだよ。校則のあり方って大きな議題だもん。『急いで結論を出さなくてもいい』って言っただけじゃなくて、『九重生みんなが考えたらいいのに』っていうのを出したところが良かったと思うな」
まさかこんなふうに評価してもらえるとは思わなかった。しかも仲里から。なんだか照れくさくなってしまう。
「だけどさ、それを活動に入れようって提案したのは先輩たちだぜ? 俺はぼんやり言っただけで」
「そうだけどね。でもいいんだよ、胸張ってれば。水澤の考えがみんなに共感を呼んで、風紀委員会の進む方向が見えてきたんだから」
「そうかな……」
俺が役に立ったってことなのか。あんまり自覚は無いけれど。
(でも、そうか……)
自分が役に立てる場面があるなんて思わなかった。俺はクラスでも部活でも「その他大勢」の一人に過ぎないから。
「俺も仲里のこと見直したよ」
仲里は「今さらか!」と偉そうに言って笑った。
「最初は何度もにらまれたし、『こいつと風紀委員やるのかー』ってメチャクチャ憂うつだったけど」
「知ってるよ、あたしにビビってたのは。水澤って弱気なとこあるよね」
「お前が強気すぎるんだろ」
言い返してはみたものの、仲里の指摘は正しい。剣道部でもときどき「もっと強気で」と言われるのだ。それを付き合いの浅い仲里に見破られるとは……。
(でも)
仲里と話すのは気が楽だ。気が強くて遠慮が無いけれど、その分、本音と建て前を使い分けたりしないんじゃないかと思うから。それに、思っていたよりも、物事をきちんと考えている。女子って感じがしないのもいい。
見た目の印象で決めつけてて悪かったな。今は、一緒に風紀委員になって良かったって思う。




