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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第二章 5月
12/59

12 譲れないこともある


部活と球技大会で過ぎて行ったゴールデンウィークは、1年のときのクラスで遊びに行く企画で終了だ。けっこうまとまりのあるクラスだったし、最近、野上とあまり話せていなかったからちょうどいいタイミングだった。


ちなちゃんとの関係は気になるものの、俺はやっぱり野上が好きで、気を許して一緒にいられる友人なのだ。だから今日はちなちゃんのことは忘れて楽しく過ごしたい。


行き先は海に面した観光地にもなっている地区。駅直結のショッピングモールや映画館、公園などの施設が集まっている。観覧車やちょっとした絶叫マシンなどのアトラクションもあり、そこを中心に遊ぼうということになっている。


朝の電車で会ったとき、グレーの半袖のボタンダウンシャツにブラックジーンズといういでたちの野上がいつもより大人びて見えてハッとした。よく見ると顔の肌がなめらかで、サラサラの髪と穏やかな表情との組み合わせが以前よりもイケメン感を醸し出している。突然気付いた変化に感心してまじまじと見ていたら、「何だよ?」と気味悪そうな顔をされた。


「なんだか生徒会長っぽくなってきたなー、と思って」


軽くからかうと、野上はちょっと顔をしかめた。


「まだだし。それに、生徒会長だからって、べつに特別じゃないよ」

「分かってるけどさ」


5月半ばの生徒会役員の選挙で野上が会長に立候補することは以前から聞いていた。今年は野上が会長、ちなちゃんは副会長になる予定らしい。


「人数は確保できそうなのか?」


生徒会役員は7人体制だ。毎年、立候補者を確保するのが大変なのだそうで、役員たちは4月になった時点から1年生の確保に動いてる。野上とちなちゃんみたいに入学時点から役員になることを決めている新入生はなかなか希少な存在らしい。


「うん、まあなんとか。2年生も一人見つかったし」

「そうか。良かったな」


それなら今日は憂い無く遊べるわけだ!


参加者は18人。集まった顔ぶれを見ると懐かしく感じる。1年の終わりからまだひと月ちょっとしか経ってないのに。


昼食と解散の時間を確認し、あとは自由行動。…と言っても、それほど広大な施設じゃないからすぐに誰かに会う。集まったりばらけたりしながら遊んでいるとアトラクションの待ち時間さえ楽しく、時間はあっという間に経って行く。


何をしていても誰かが面白いことを言い、笑いが巻き起こる。野上とも久しぶりにたくさんはしゃいで、思い切り笑った。ちなちゃんのことをふと思い出すこともあったけど、それは断固として追い払った。


最後に観覧車に乗って解散と言われていたので、その時間が近付くとみんなが三々五々集まってきた。


「じゃあ、行こうかー」という女子の掛け声を合図に、18人の集団がぶらぶらと歩き出す。男子も女子もにこにこと楽し気で、そんな元クラスメイトたちの様子も思い出の一つとして胸に収まった。


観覧車のゴンドラは一台につき定員4人。


乗り場に着いた先頭が何やら揉めている……と思ったら、冷やかされながら男女のペアが乗り込んだ。いつの間にか付き合い始めていたらしい、と、前から情報がまわってきた。


ゆっくりと昇り始めたゴンドラを見送って、俺たちは男同士だな、と野上と笑いあった。前にいた阿部と井上が何か言いたげな顔で振り返ったのを見て、「同じ境遇なら一緒に乗るか」と言おうとしたそのとき。


「ねえ、あの、ねえ」


井上の横から女子が出てきた。声をかけてきたのは中井、そして中井に引っ張られているもう一人の女子は木下だ。


「一緒に乗らない?」


はしゃいだ様子で中井が言った。それが誰に向けた言葉なのか分からなくて、男4人で視線を交わす。ゴンドラは4人乗りで、出てきた女子は2人。だから……。


中井に視線を戻したら目が合った。と言うことは。


「……俺たち?」


自分と野上を指差して訊くと中井が激しくうなずいた。阿部と井上は無言で前を向いた。


(断る理由は……無いけど……)


野上を見たら、小さく眉を上げただけ。「べつにいいけど」というところか。少し下がって阿部達との間を空けてあげると、二人がいそいそとそこに入ってきた。


(そう言えば、今日はよく話したっけ……)


二人の話に笑って応じながらぼんやりと思い出す。俺と野上はほとんど男子ばかりで遊んでいたけれど、ときどきそこに女子が混じっていて、その中にこの二人もいた。食事のときも隣のテーブルだった。


(ふうん……)


目当てが俺なのか野上なのか分からないけれど、こんなふうに女子の方から来られたのは初めてのこと。前にいる阿部達の背中に多少の優越感を覚えるのは確かだ。


(でも……)


それほど嬉しいものでもない、ということも分かった。


べつに中井と木下に悪いところがあるわけじゃない。でも、ウキウキした気持ちにならない。それに、気付くと「ちなちゃんだったらきっと…」なんて考えている。何とも思っていない相手からアプローチされても、湧いてくるのは戸惑いだけだと身をもって知った。


(まあ、野上だろうな)


朝、気付いたとおり、いつの間にかカッコ良くなってたし。その隣の俺に目が行くはずがない。


(それならそれで安心だ)


当事者になるよりも冷やかす方が気楽でいい。


観覧車は一周15分。てっぺんから見下ろす、蛇のように絡み合ったコースターの線路はなかなか面白かった。暮れかかった西空遠くにシルエットになっている富士山も良かった。

相乗りしている女子たちと話しながら、いつかちなちゃんと来れたらいいな……と考えずにはいられなかった。


「水澤くん、ミアと一緒に風紀委員なんだって?」


木下がくすくす笑いながら言った。


「最初の委員会でミアが爆弾発言したって聞いたよ?」

「知ってるのかよ? どこで聞いた?」

「同じ部活の風紀委員の子。なんか大ごとになったって。水澤くんも大変だね」

「まあな」


でも、そのお陰でちなちゃんと話せるようになったわけだから……。


「ミアってこの前まで金髪だった子でしょ?」


木下の隣から中井が言った。


「風紀委員になったのって、校則を廃止するためなんじゃないの? 自分が自由にしたいからって。わざわざ髪を黒染めしたのだって、なんだか怪しくない?」


コツン、と胸の中で何かがぶつかった。気付いたら、中井に向かって口を開いていた。


「仲里はそんなヤツじゃないよ」


女子二人からサッと笑顔が消えた。こんな言い方はマズいと思った。でも止まらない。


「確かに爆弾は落としたけど、自分のことだけしか考えてないわけじゃないよ。校則を廃止しようなんてことも、仲里は一言も言わなかった。それに、金髪をやめたのだって、あいつはあいつなりに筋を通そうとしてるんだと思う。よく知らないで、勝手なこと言ってほしくないな」


一気に言ってしまってから、無言になった女子たちに申し訳なくなってうつむいた。


「ごめん……」


野上が応援するように腕をぎゅっとつかんでくれた。


野上の上手な話題の転換により、女子の雰囲気は和んだ。でも、俺は気まずさを拭いきれないまま観覧車を降りた。心からほっとできたのは一緒に帰ってきた男子たちとも別れ、横崎駅で野上と2人、西川線に乗り換えてからだった。


「水澤って不器用だなあ」


車両の端の席に落ち着くと、野上はそう言って笑った。ゴンドラの中でのことを俺が引きずっていると、ちゃんと気付いていたのだ。


「わかってるけど……、出ちゃったんだから仕方ないだろ」

「あれは水澤は悪くないよ」

「そうかな?」

「そうだよ。なのに落ち込んでるってところが水澤のいいところだよなあ」


(そうか……)


野上の穏やかな微笑みと言葉で心の緊張が完全に解けた。「悪くない」と言い切ってくれる友人って、なんて有り難いんだろう!


「やっぱり野上といるのが一番いいなあ」


出発待ちの電車の中で思いっきり伸びをした。そんな俺を野上が「はは」と笑う。


「だけどさあ」


野上が穏やかに切り出す。


「水澤って、ミアちゃんのこと信じてるんだなーって思って」

「はあ?」


思わずまじまじと野上を見る。この表情はからかい半分ってところか。


「信じてるんじゃなくて、中学のときから知ってるだけ。…ってか、お前、『ミアちゃん』なんて呼んでんの? 俺、全然知らなかった。いつからだよ?」

「最初からだよ。ちなちゃんが名前で呼んでるし、本人も名字よりも名前の方がいいって言うから」

「俺は言われなかったな」

「はは、中学からの知り合いなんだろ? 今さらって感じじゃないの?」

「それはそうだな」


急に呼び方を変えろと言われても困る。


「でも……、確かに水澤とミアちゃんって仲いいんだなって思ったよ」

「何それ? いつの話だよ?」

「ほら、生徒総会の議事録調べに来たじゃないか。あのとき」

「野上……、あれを『仲がいい』って言うのか? 俺は仲里にひたすら威張られてただけだぞ?」

「でも水澤とミアちゃんって、お互いに分かってるって感じだったよ? 遠慮なく言い合っててさ」

「うーん……」


言われてみると、確かに仲里のことを怖いと思ったことはあるけど、それはあいつが他人を寄せ付けないオーラを放っていたからだ。同じ委員を引き受けて仕方なくとは言え、今は俺を敵視しないから怖くはない。


「まあ、仲里は……攻撃的だけど、意地が悪いわけじゃないから。あいつはあいつで自分に正直なんだろうなって思うし」

「ふうん」


野上は何か含みがあるような顔をしている。まだ疑っているのか。何にも無いのに。


「あ!」


思い出した!


「仲里もお前のこと『ちかちゃん』って呼んでたよな?」

「うん、そうだよ。ちなちゃんが呼んでるからね」


(当たり前みたいに言うんだなあ……)


これじゃあ、冷やかそうと思っても冷やかせない。


「ふうん。俺も『ちかちゃん』って呼ぼうかなあ」

「あはは、もちろん、いいよ。水澤はなんて呼んでほしい?」

「……いや、やっぱやめとく」


突然、対抗意識が頭をもたげた。


(俺は絶対に呼ばない)


みんなが野上を「ちかちゃん」と呼んでも、俺だけは絶対に呼ばない。


だって、俺も「ちかちゃん」だったのだから。


俺はそれを放棄するつもりはない。







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