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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第二章 5月
11/59

11 迷いが消えた日


(ちなちゃん……)


バレーボールコートの彼女から目が離せない。砂だらけでボールを追う彼女から。


セッターの渡井がみんなに声をかけ、ちなちゃんたちが返事をしたりうなずいたりした。サーブはこちらから。紺田だ。


弱めのアンダーサーブはネットぎりぎりを超えて落ち……相手のレシーブが乱れる。上がったトスは後ろへそれた。それでも……打ってくる!


(ちなちゃん!)


打ちきれなかったアタックがフェイント気味に落ちてくる。ちなちゃんの左。伸ばした手がそれを拾った。ボールが上がり、ちなちゃんが地面に手と膝をついた。


(ちなちゃん!)


もう立ち上がって手の砂を払っている。メガネを直しながら、視線はひたすらボールを追って。体は反応しようと身構えて。


(ああ、頑張れ!)


「莉々!」

「打て!」


声援が選手の声をかき消す。大きな応援にも選手たちは気を散らさない。コートの中の6人は上手いも下手も無くただボールを追い、お互いに声をかけ、励まし合う。


(ちなちゃん……)


今のちなちゃんは、きっとコートの外など見えていない。俺のことも気付いていないだろう。


そんな彼女にすごくドキドキする。そして憧れる。一生懸命のちなちゃんはキラキラと輝いていて、本当に素敵だから。


ジャージが砂だらけでも、日焼けで頬や鼻の頭が赤くなっていても、元気いっぱいのちなちゃんはカッコいい。真剣な表情も、引き結んだ唇も、はじける笑顔もすごく綺麗だ。ずれたメガネを直すちょっとしたしぐさも愛おしくなる。一瞬だって目が離せない。


(これもちなちゃんなんだ……)


穏やかな性格の下にはこんなに生き生きとした彼女が隠れていたのだ。


(そうだ……)


あの頃も元気に笑っていた。折り紙のカエルで競争していたあの頃。嬉しいときゃっきゃと喜び、悔しいとふくれて。俺に勝つために、真剣な顔をしてカエルを何匹も折っていた。そんな彼女と遊ぶことが楽しかった。ずうっとそうしていたかった。


(おんなじなんだ……)


俺が大好きだったちなちゃんは今もいる。大人びたと思っていた彼女は、今でも変わっていないんだ。


(ちなちゃん……)


ひたすらボールを追う彼女にうっとりとため息が出た。彼女のことが好きだ。今、はっきりとそう思う。


二人で一緒に笑いたい。楽しいことをたくさんして。ときには怒りをぶつけてくれてもいい。ちなちゃんの心のままに。


元気なちなちゃんを引っぱり出したい。そしてあの頃のように、彼女の一番になりたい。


「水澤、そろそろ試合の時間じゃないか? 行こう」

「あ、ああ、そうか」


最後まで見届けられないのは残念だ。でも、今度は俺の番。






二日間の球技大会が終わり、そのまま校庭で表彰式がおこなわれた。


ちなちゃんたちは残念ながら入賞を逃した。あの試合で負けてしまったから。


でも、相手チームは最終的に優勝した。そのチームと互角に戦ったのだから、彼女たちは本当に惜しかったのだ。


そのかわり。


「ソフトボール部門。第3位、2年1組」


コールと同時に歓声が上がる。俺が出場したソフトボールは3位に入賞したのだ!


「代表者2名、前に来てください」


チームリーダーの風間に声をかけられた北井ノエルが驚いた表情で一緒に前に出ていく。すると、何人もが彼女を称えて名前を叫んだ。うちのチームが入賞したのは、まさにピッチャーを引き受けてくれた北井の活躍のお陰だから。


ブランクを埋めるため熱心に練習していた彼女は、試合ではキャッチャー宮田のリードによく応えていた。守備も上手く、ピッチャーゴロやベースカバーもすんなりこなした。そんな彼女はまさにうちのチームの勝利の女神だった。なのに彼女は褒められるとほわんと笑って「体に染みついてるだけ」と謙遜するだけなのだ。


賞状を受け取った風間に続いて北井が小ぶりなトロフィーを受け取ると、風間のときよりも大きな声援が飛んだ。それでも、彼女はいつもと変わらずほんわかした笑顔を見せるだけだった。


(俺はどうだったかなあ……)


喜びつつ考える。少しは貢献できただろうか。


(……まあまあかな)


打率は5割くらいだ。守備もそれほど悪くなかったと思う。


まあ、結果はどうあれ、真剣な気持ちでプレーしたのは間違いない。だから悔いは無い。……とは言うものの、ちなちゃんが俺をどう見てくれたのかはやっぱり気になる。


(少しはカッコ良く見えたかなあ……)


バレーの試合のあと、ちなちゃんはほかの女子と一緒に応援に来てくれた。その前でヒットも打ったし、けっこう良い守備もあった。それらは彼女の記憶に残っただろうか。


俺を応援してくれてたのは確認した。でも、それがほかの男に向けたものよりも熱心だったかどうかは……残念ながらわからない。いや、ウソだ。思い出してみても違いは感じない。


(うーん……)


とにかく俺は頑張った。それで良しとしよう。


それに、今回はちなちゃんのもう一つの姿を見ることができた。がむしゃらに頑張る姿。俺にはその方が大きな思い出だ。


まだ試合の余韻が残っているのか、表彰式で並んでいる今も、ちなちゃんはいつもと違ってこっそりしゃべったり、くすくす笑ったりしている。後ろで結んだ髪がジャージの背中で左右に揺れている。


そんな彼女に思わず微笑んでしまう。無邪気でかわいらしくて。


(あんなふうに俺にもしゃべってほしいなあ……)


きのうも今日も、あまり話していない。試合の合間もお互いにいつも集団でいるから、ちゃんと言葉を交わす機会が無かった。それも仕方ないと思っていたけれど、今は――。


(ああ、もう!)


近くに行きたくて、話しかけたくて、どうにも落ち着かない。彼女に話しかける男に敵意を抱きそうになる。


(閉会式が終わったらすぐに行こう)


話題のとっかかりは用意してある。ちなちゃんが出場したバレーの試合。「惜しかったな」と言葉をかければいい。


いつも話題が無くて一歩が踏み出せないけど、今日は大丈夫だ!


……と思ったのに。


「終わったー」

「お疲れー」

「何か食べて帰る?」

「ダメ。部活あるから」


閉会式が終わると、声が一斉に校庭にあふれた。


(ちなちゃん!)


崩れた列の隙間に見える後ろ姿。みんな同じジャージ姿だから見失わないようにしないと……、と思っている間に、彼女はどんどん行ってしまう。その先には。


(あ……)


北井を囲む集団。ちなちゃんが仲良しの北井のところに行くのは当然のことだった。そして勝利の女神の北井はトロフィーを手にみんなに囲まれている。


「今年は面白かったなあ」


振り向くと宮田だった。


「そうだな」


仕方ない。あの状態ではゆっくり話せない。


とりあえず、宮田と並んで歩き出す。前方の集団から注意をそらさずに。


「北井がよく頑張ってくれたから」


集団に目をやりながら、宮田がしみじみと言った。


「宮田だって頑張っただろ? ずっと練習付き合ってたし」

「うん。だけど俺は普段から体動かしてるだろ。北井は1年半くらい投げてなかったから、けっこう大変だったんだ。あざつくってたり、湿布貼ったりしてて。肩を壊すんじゃないかと思ったよ」

「そうなのか?」


そんな様子、まったく見せなかったのに。


「はは、北井ってあんな調子だろ?」


そう言って視線で前方の集団を示す。そこでは北井がいつもどおり、おっとりにこにこ笑っている。


「あの雰囲気で、すげえ根性あるんだよ。責任感も強いし、負けず嫌いでさ。家でも筋トレとかしてたらしい」

「マジで?」


彼女がそれほどスポーツで努力するタイプだとは思わなかった。しかも球技大会は半分遊び的な気持ちで参加する生徒だって多いのに。


「ああ。動きが変だからって風間と一緒に問い詰めて、やっと白状させた。そしたらさ、頑張ってることを誰にも知られたくないって言うんだ。根性は自分のキャラじゃないからって。でも、やらないで負けたくないって」

「へえ」

「だけど、無理して故障したら困るって説得して、練習を控えめにさせたんだよ」

「そうだったんだ? きのうも今日も、調子良かったよな?」

「うん。最高だったよ」


あらためて北井の努力を思った。それを通して彼女は宮田や風間と信頼関係を築いたのだ。


(俺はどうすればちなちゃんに信頼してもらえるだろう?)


そんなチャンスがあるだろうか。


(あ)


昇降口で集団がばらけた。今なら――。


「ちなちゃん」


振り向いたメガネの顔に微笑みが浮かぶ。


「3位、すごいね。水澤くんが打ったところ見たよ」

「あ、ありがとう」


先に褒められてしまった。照れくささを隠して靴を履き替えて。


「女子のバレーもいい試合だったよな。相手は優勝チームだし」


もしかして、履き替えるまで待ってくれてる? そう気付いたらドキドキしてきた。教室まで一緒に歩けるかな。


「ふふ、無理に動いたから体が痛くって。あのときはとにかく無我夢中だったから。見て、いつの間にかジャージに穴空いてたの」

「ホントだ。膝、あざになってるかもな」

「かもね。ケガしなくて良かったけど」


下駄箱前から廊下に来た。このまま教室まで? 周囲の目が気になるけど、大勢がそれぞれ勝手に話していて、誰も気にしていないみたいだ。混雑した流れに乗って行けば――。


「ちなちゃん」


後ろから来た誰かが追い越しながら声をかけた。その顔を見てドキッとした。


「野上」


驚く俺に「よっ」と声をかけ、ちなちゃんに向かって言う。


「図書室で待ってる」

「わかった」


その返事にうなずいたあと、ちらりと俺を見てから言った。


「急がなくていいから」

「うん」


(急がなくていいって……)


カーッと頬が熱くなった。もしかしたら野上は俺とゆっくりすれば…って言ってくれたんじゃないだろうか。俺とちなちゃんのことを……。


「全校行事のときって、女子更衣室、混んでるんだよね」

「え、更衣室……?」

「そう。部活の人は部室があるけど、それ以外の女子がみんな使うから。全校用なのに教室の半分の広さなんて、狭すぎるよね?」

「あ、ああ、そうだな」


「ゆっくり」の解釈は間違いだったみたいだ。


「今日も生徒会?」

「ううん、今日は無いの。帰るだけ」

「そうか」


生徒会が無くても、ちなちゃんはやっぱり野上と帰るのだ。わざわざ図書室で待ち合わせをして……。







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