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俺とちなちゃん  作者: 虹色
第二章 5月
10/59

10 ◇◇ 智菜:球技大会です。

第二章「5月」です。


九重高校ではゴールデンウィークの合い間の登校日に球技大会がある。二日間にわたるこの行事は、ゴールデンウィークという楽し気な響きにちょうどいいイベントだと思う。


今年、わたしはバレーボールに出ることにした。大会種目のソフトボール、バスケット、バレー、どれも得意とは言い難いけれど、体育の授業では一応、サーブは入る。レシーブも、あるとき「このボールで骨折することはないのか」と気付いたら怖くなくなった。あとはとにかく集中力で頑張ろうと思う。


ミアは普段はスポーツなどしないのに運動神経は良くて、バスケットにエントリーしてる。強気なところが向いていそう。きれいに整えた爪が気になるようだけど。


ノエちゃんはふっくらした体型で茶道部員という肩書きだけど、実は中学ではバリバリのソフトボール部員だったそうだ。しかもエースピッチャー。中3で部活を引退したとき、ふと、「もう十分にやった」と区切りが付いて、高校では茶道部に落ち着いたとのこと。


でも、球技大会ではそうはいかない。現役部員の出場が制限されている分、ノエちゃんのような経験者は貴重な存在だ。特にソフトボールのピッチャーは経験の有無で大きく差が出るので、ノエちゃんには選択の自由などほぼ与えられていない。みんなの期待にいつもの笑顔と可愛らしい声で「んー、負けても怒らないなら」と承諾したノエちゃんは、キャッチャーを引き受けた野球部の宮田くんを相手に、昼休みに練習に励んでいた。


ちなみに水澤くんもソフトボールにエントリーしてる。去年はほとんど見ることができなかったけど、同じクラスの今年は堂々と応援することができそうでちょっと楽しみ。みんなに紛れてしまえば「水澤くーん!」なんて言っても大丈夫かな……?





「智菜!」


相手コートから飛んできたボールが構えた腕に当たると、微かに白く埃が舞った。


誰かの「ナイスレシーブ!」という声。その間に高く上がったボールがセッターのモンちゃんのところに落ちていく。


「莉々!」

「行けっ」


みんなの声に押されるように、タタン、と助走をつけた莉々がジャンプ。しなやかに振られる腕。バン! という音に続いてピーッと審判の笛が響く。


コートからも周囲からも「キャー!」という歓声が響き渡る。莉々がコートを駆けまわって、笑顔でみんなとタッチする。


球技大会では体育館がバスケットの試合に使われてしまうので、バレーボールは外のコートだ。砂利混じりの砂が敷いてある地面は膝をついたら痛いから、みんな水色の学校ジャージをはいてプレーしてる。ボールはすぐに砂や石灰にまみれてしまい、一試合終えると全身が砂っぽくなるのがちょっと困る。


黄色いゼッケンを着けたうちのチームの中心はモンちゃんこと渡井もみじさんとクラス委員の莉々。二人とも体育以外ではやったことがないそうだけど、もともとセンスがいいらしく、トスとアタックのコンビネーションで攻撃可能。球技大会では良いアタッカーが一人いるだけで段違いに強くなるからすごい。


ほかにコートにいるのは寄木(よりき)夢佳(ゆめか)さん、コンちゃんこと矢場(やば)このみさん、深見麻耶(まや)さん、そしてわたし。夢佳とコンちゃんは動くのを迷ってしまうタイプ、わたしと深見さんがまあまあレシーブができる、というところ。


一日目の1回戦は比較的楽に勝つことができた。そして二日目の今日、2回戦にも勝って、今は3回戦で3年生と対戦中。さすがに簡単に勝てる相手ではなく、点を取られたら取り返すシーソーゲームが続いている。


モンちゃんと莉々の調子は悪くない。夢佳とコンちゃんはだんだん動けるようになってきた。問題は……わたしと深見さんだ。


二人ともそこそこレシーブを上げている。ただし、それは守備範囲がはっきりしている位置でのこと。二人の間に来たボールにはどちらも上手く対処できない。なぜなら、わたしと深見さんの間にコミュニケーションがきちんと成立していないから。


実は深見さんは、いつも芽衣理と一緒にいる子なのだ。


去年は隣のクラスで、体育が一緒だったから顔と名前は知っていた。――そう。体育しか接点が無かった。でも、芽衣理と秋恵ちゃんと仲が良かった深見さんは、わたしに敵意のこもった目を向ける。わたしはどうしても避け気味になる。同じ体操着でも華やかと地味という見た目の差と同様に埋めきれないわたしたちの溝が、こんなときにも影響してる。


「智菜!」

「はい!」


ボールのコースを読み切れず、今度のレシーブはその場で高く上がっただけ。カバーに入った夢佳がアンダーハンドで上げたパスが莉々の方に飛び、莉々が不安定な体制からアタック! …と、それが相手のブロックに当たって戻って来る。


(前だ!)


足を踏み出す。手を伸ばせばぎりぎりで……!


ザッ…と靴の下で砂が鳴る。前衛二人が肩越しに振り返ったそこにボールが落ちてくる。わたしの手は……届かない。


地面に落ちたボールに手が当たって転がった。ピーッと笛の音。相手のポイントだ。


(あと少しだったのに!)


手にジャリッとした痛みを感じてハッとした。悔しさのあまり拳で地面を叩いてしまったのだ。地面にぺったりと座り込んで。


(うわ。張り切り過ぎた)


露骨に悔しがるところを見られてしまった。球技大会は楽しむイベントなのに。本気で悔しがるなんて失敗だ。これではみんなに引かれてしまう。


「智菜。惜しかったね」


差し出された手。驚いて顔を上げるとモンちゃんの笑顔。


「…うん。ありがと」


少しドキドキしたけれど、思い切ってその手を握って立ち上がる。ネットの前で莉々も声をかけてくれている。誰かが背中を叩いてくれた。


「一本上げてくよ!」


モンちゃんの声にみんながそれぞれに声を返す。


(そっか……)


少なくともモンちゃんと莉々は本気なのだ。単なる学校行事、なんて思ってない。だったらわたしも……。


それからも互角のゲームが続く。取られたら取り返し、セットカウントは1対1に。みんな、靴もジャージも砂だらけだ。3セット目に入り、莉々とモンちゃんも疲れているはず。なのに、そんなことはおくびにも出さず、わたしたちを励まし、懸命に攻撃してくれている。


「あ!」


夢佳のレシーブが後ろにそれた。


(間に合う!)


高く上がったから追い付けるはず。ボールを追って走り出すと「智菜、お願い!」と声がかかった。頑張ってくれてる莉々とモンちゃんのためにも、これは上げなくちゃ。


(よし、いける!)


ここ、と思ったとき、目の前で観客があたふたしていてびっくりした。わたしがそこまで走るとは思わなかったらしい。


「わあ、ごめんなさい!」


空いたスペースに叫びながら位置を取り、体をひねってボールを打ち返す。ボールは無事にコートに戻って行く。わたしも急いで戻らないと。


「智菜! がんばれ!」

「小坂、ナイスカバー!」


周りから声が聞こえる。ちらりとまた「頑張り過ぎかも」と思ったけど、すぐに振り払う。コートに戻ると夢佳に「ありがと」と言われて「大丈夫」と答える。隣の深見さんがちらりとわたしを見た。


(深見さんも頑張り過ぎって思ってるのかな……)


すぐに弱気になってしまう。また芽衣理たちにあれこれ言われてしまうのかと思うと……。


(でも、やるしかないよ)


手を抜くのは嫌だ。手を抜いたら絶対に後悔する。役に立てるなら、それをやらなくちゃ。


相変わらず点差がつかない。どちらのアタッカーも疲れているのがわかる。ローテーションでわたしが前衛に入ったとき、深見さんがモンちゃんに話しかけた。モンちゃんがポジションを確認するような仕草をしてうなずく。


(ん? あたし?)


深見さんが小走りでやって来る。そのまま顔を寄せると小声で言った。


「ブロック飛ぶから」

「え?」

「あたしと一緒に合わせて飛んで」

「え? でも」


「ブロックなんて飛んだことが…」という声はサーブを促す笛にかき消された……よりも前に、深見さんは離れて行ってる。


(本気で?)


テレビでは見たことある。体育で真似はしたことある。でも、できる気がしない! ネットから手が出ないと思う!


けれど、断れる雰囲気じゃない。とにかく、頭の中で整理して。ブロックをするのは相手のアタック。ということは、相手のコートにボールがあるとき。


(あ)


モンちゃんがトスを上げた。それに向かってジャンプしたのは――。


(深見さん!)


莉々が「マーヤ!」と叫んでる。莉々ほどの勢いはないけれど、アタックが相手コートに飛んで行く。


(打てるんだ!)


残念ながらそれはレシーブされて、今度は相手チームのトスが上がる。


「智菜! そこだよ!」


声と一緒に深見さんがこっちに走ってくる。相手のトスはこちらのサイドに向かい、わたしの正面の選手が助走をつけて――。


「飛んで!」

「うっ」


よくわからないけど、とにかく両手を上げてジャンプ! 隣で深見さんも飛んでる。わたしよりもずっと高い。目の前のネットにボールがぼよんと引っかかってきた。


(ひえ~~~~)


着地と同時に膝から力が抜けてへたり込んでしまった。相手コートでもアタックを打った選手がしりもちをついている。


ピーッ。


審判がうちのポイントだという身振りをした。


「え、ブロックしたの……?」

「違う。相手のアタックミス」


メガネを直しながらあわてて立ち上がるわたしに深見さんが言った。


「慣れない人は、ブロック飛ばれるだけでプレッシャーになるから」

「あ、そうなんだ……」


こんなこと言うなんて、もしかしたら、深見さんは経験者なの……?


砂を払っている間にコンちゃんがサーブの位置に立つ。わたしはローテーションで前衛の真ん中だ。


「次、あたし打つから、カバーよろしく」

「あ、う、うん」


相変わらず無表情な深見さんにうなずき返す。きっとこれは、一緒に頑張ろうという意味だ。


「よし。コンちゃん、入れてくよ!」


後ろでモンちゃんが声をかけている。深見さんが振り向いて、モンちゃんとうなずき合った。


(やらなくちゃ)


カバーと言われてもよくわからない。でも、とにかくボールが地面に落ちないようにすればいいのだ。


(よし!)


下手でもやるしかない。だって、深見さんがせっかく「よろしく」って言ってくれたんだから!







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