八葉
何やっているんだろう、僕。
落ち着いてきて、ようやく僕は今の状況に気づいた。
僕はいつの間にか公園に連れてこられたらしい。公園のベンチに座っていた。
どうやってつれてきたのだろう。
まったく記憶がない。
僕はため息をつきながら自分の両手を見る。僕の右手には男物のハンカチがある。そして、左手には、僕が買った覚えのない缶ジュースがある。それも、もうあけてあり、飲みかけのようだ。
(僕はなんでこんなにも図々しいんだ!)
無意識の行動だったにしろ、思わず叫びたくなるほど、僕は自分のやったことを恥ずかしく思った。そして、恥ずかしさから一向に隣の人物を見ることができない。
気まずい。とても、気まずい。
隣の人は、落ち着いた僕を見て何か話しかけてくれればいいものの、何も言わない。それどころか優雅に、多分お茶だろう、それをすすっている。そして、この状況を打開する意思はないようだ。
頭の中で、どうしようの一言がエンドレスで回り続ける。
やばい、背中に冷や汗をかき、くすぐったくなってきた。つう、と流れるそれは僕の敏感な皮膚をかすかに刺激する。
少しは我慢してみる。でも、僕はほんの数秒で白旗を揚げた。
もう、我慢ができない。
僕は右手のハンカチをひざの上に置き、背中をかいた。
「ははっ」
隣から笑い声が聞こえてきた。
どうやら僕の一挙一動を随時観察していたようだ。
「な、なんですか。」
恥ずかしさと安堵が入り混じって、つい反感を買うような口調になる。でも、目の前の男は飄々としていてそれがとても腹立たしい。
「なんでもありません。別に泣いて、落ち着いたと思ったら、急に背中をかきだしたお嬢さんを見て笑っていたわけではありません。」
非常に鼻に付く言い方だ。
「・・・・で、おじさんは誰ですか。」
「あ、私こういうものです。」
そういいながら、男の人は懐から四角い白い紙を出した。名刺だ。
名刺をもらうなんて初めてだ。少し緊張する。
僕は、おとなしく名刺を受け取り、見たが・・・・
長い。長すぎる。
どこまでが名字で、どこからが名前かさっぱり分からない。
それも英語だ。英語が壊滅的な僕にとっては、それがミミズがのたくった様な文字にしか見えない。
僕は、しばらく名刺をみつめ、隣の人を見た。
季節外れの厚手の黒いコートに全身を覆われて、艶やかな黒髪のせいで、手と顔の肌の白さがやけに目立つ。黒と白のコントラストがよく目立つ中、少し違和感を感じるのはその目だ。サファイアのような透き通る青。それは、彼の奇妙さを際立たせている。自分が黒髪黒眼の生粋の日本人だからだろうか。
じーっとみつめいている僕を見て、にこやかに笑っている顔がとても胡散臭い。
きっと、若いのだろう。20代ぐらいか。でも、その笑顔に微妙に虫の居所が悪くなった僕は、目の前の人に容赦ない言葉を突きつける。
「じゃあ、おじさんだね。」
「なんかとても傷つきました。」
わざとらしく傷ついた顔をするおじさんの気持ちなんて知るもんか。
僕は肩を怒らせ、立ち上がった。もうこれ以上、恥はさらしたくはない。
「え、っと、いろいろ迷惑をかけたようですが、お世話になりました。えーと、ハンカチとジュース代は・・・」
「あ、次回あったときにでも返してくれればいいですよ。」
「次回?」
「ええ、次回。きっと会います。近いうちにね。北条真央さん。」
「な、な、なんで、僕の名前を!」
「あなたのことなら知っていますよ。・・・なんでもね。」
おじさんはにこりと微笑み、それではといいながら去っていく。
その後ろ姿がとても優雅に見えるのは、彼が外人だからだろうか。
思えば、日本語がとっても流暢だった。
というか、僕のことを知っている?なんでも?
「・・・・おじさんってストーカー?」
寒気立ち、身体がぶるりとふるえる。
その嫌な気分を吹っ切るように、一歩勢いよく踏み出して、思い出した。
さっきの出来事を。
思いっきり泣いたせいだろうか。さっきよりかはまともに頭が働く。その代わり、胸のちょうど心臓辺りがずきずき痛み出した気がする。
「・・・明日からどうしようかな。」
もうあいつには会いたくない。でも、本音はあいつに会いたい。
二つの相反する気持ちがぶつかりあって、心は荒れ狂い、おさまるところを知らないようだ。
分からない。
何が最善なのか、僕には分からない。
どうすればいいか、誰か教えてくれればいいのに。




