七葉
このときほど考えなしの自分を呪ったことはない。
どうしてあんなことを聞いてしまったのか。
言う前に、言ったらどんな返事が来るか考えればよかったのに。
そしたら、見ることはなかったのに。知ることはなかったのに。
どうして、言ってしまったのだろう。
見たくはなかった。
あいつが頬を赤く染めながら頷くのを。
知りたくなかった。
あんなに情熱的な目で誰かを見ることができるんだと。
僕はあいつがあまりにも正直に言うものだから、何を言ったのか分からなくなって、言葉をかみくだいて、ようやく言葉の意味を理解したと思ったら、目の前が真っ暗になった。心なしか地面がゆれているように感じる。いや、ゆれているのは僕か。どちらにしても、僕はもうまともな思考を持っていなかった。
「あー、ごめん。用事があったからもう帰るね。」
これは自分の言葉だろうか。
あまりにも冷静な自分の言葉に違和感を感じる。
もしかしたら、僕は夢でも見ているのかもしれない。
じゃなくちゃ、不可能だ。
あいつに笑顔を向けて、ブルース2号に帰るよと声をかけ、いつもの帰り道を歩いていくことができるなんて。
あいつは僕のことに気づかず、いつもどおり「おう。」と返事を返してくれた。
なんだか、笑えた。
「ははは・・・」
口からかすかな息と共に声がこぼれた。
今の自分があまりにもおかしくて。今という現実がどこにあるのか分からなくて。
いったいどのくらい歩いたのだろう。どこを歩いているのだろう。
分からない。
自分が何を考えているのかも分からない。
自分の目の前に何があるのかも分からない。
何かあるような気がする。
でも、何?
・・・黒い物体?
その黒い物体から声が聞こえる。でも何言って・・・。
「大丈夫ですか?お嬢さん。」
何?大丈夫?誰が?お嬢さん?誰のこと?
黒い物体は急に小さくなった。
目の前に人の顔が見える。
あぁ、黒いコートを着た人だ。男の人だ。
「あなた泣きそうですよ。」
僕?僕のこと?
別に僕は泣きたい気分ではない。現実、さっきまで笑っていたのだから。だから、泣きたい気分ではない・・・はずだ。
「・・・別に泣きたくなんかない。」
僕はそのまま去ろうとした。
何もやましい事なんてないのに、なぜか目の前の男の人からさっさと遠ざかりたかった。なぜか今の僕の姿を見られたくなかった。
僕は、足早に男の人の横を通り過ぎようとする。
でも、僕は途中で動けなくなかった。
なんで?
手だ。手首をつかまれている。
「は、はなして。」
慌てて振りほどこうとするが力がでない。
「そんな顔しているお嬢さんを見過ごすことはできませんよ。それに、泣いたほうが気分もすっきりしますよ。」
その人の声は優しい。優しすぎる。
僕の琴線に触れ、僕を動揺させる。
「そ、そんなこと・・・ない。」
僕の否定の言葉にはもう力がこもっていなくて、最後はもはや言葉ではなかった。
目の前がぼやけ、顔が冷たく感じる。
泣いている。あぁ、僕は今泣いているのか。
そう理解したとたん僕は幼い子供のように大声をあげて泣いた。
もう、何も見えなくなって、何も考えられなくなって、泣いているのが嫌なのに僕はなぜかほっとした。
泣きながら僕は振られたのだと、僕はようやく理解した。




