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四葉

「おい、坊主。お前、男の勲章はなんだと思う?」


ある日の、ブルース2号の散歩の途中の出来事だった。

あれから僕は、時たま散歩の途中であいつに会っては話をすることがあった。

そんな時あいつは、僕のことを坊主と呼び、完全に僕を男子小学生扱いしていた。

それは、少し寂しかった。

なんとなく、偽りの僕をあいつは見ているようで。

でも、その気持ち以上に喜びがあるのも事実だった。

最初は緩やかな坂がだんだん急斜面になって、僕は転がり落ちるようにあいつに向かって駆け下りていく。僕の気持ちはどこまであいつに傾いていくのだろう。


「男の勲章?何?いきなり。」

あいつは時たまいきなり話が変わることがある。

さっきまで人生のロマンを語っていたはずだ。なのに、なぜいきなり男の勲章に話がいくのだろう。

「うん。坊主はまだ若い。若いからな、大人の俺が坊主を正しい方向へ導こうと思ってな。」

同い年なんですけど。

口まで出かかって、慌てて言葉を飲み込んだ。やばい、やばい。

「おにーさんだって若いじゃない、というか、たかが17年生きただけで大人を語るの?」

「も、もののたとえだ。うん?お前に俺の年言ったか?」

「い、いや!ぼ、僕がそう思っただけだよ。ほら、僕って人の見る目あるし?」

あぁ、とっさに訂正するなんて僕はなんて弱虫なんだろう。

ここで僕は女だよ、高校生だよ、と言えたらよかった。

でも、怖かった。

今の心地よい関係が壊れてしまうことを。

女らしくない僕を知られてしまうことを。

だから、僕は自分を偽ってしまう。


「そうか。でな、話を戻すんだが、男の勲章はなんだと思う?」

「男じゃないから知らないんですけど。」

僕にできるのは口の中で小さくつぶやくことぐらい。

ささやかな主張だ。

「うん?なんだ?」

「いや、なんでも。ていうかさー、僕まだ若いんだし、そんなこといきなり聞かれてもわかんないんですけど。」

「そうか?・・・ちなみに女の勲章は胸だ。」

あいつは妙に物々しく言う。

何!幼児体型の僕に対する嫌味ですか!

「軽く変態なことを言うな!ボケ!」

僕は思わず叫んでしまった。

僕の座っていたベンチのそばで寝ていたブルース2号がびくっとして起きる。

「いやいや、本音を言ったまでで・・・。」

あいつは少しどもっている。

「よし!ブルース2号!あいつを噛め!」

僕はあいつに向けて指をさしながら命令した。

賢いブルース2号は、僕の願いを聞き入れてくれるだろう。

「まてまて、嘘だ、嘘だ!すまん、ジョークだ。ちょっとばかり、本音を混ぜた嘘だって!」

なんて往生際が悪い奴だろう。

あいつは僕に手のひらを向けて平謝りしながらふざけたことを言う。

おとなしくかまれて、ブルース2号のえさのくずになればいいのに。

僕がずっとあいつをにらんでいると、あいつは一つ咳をし、又、神妙な顔に戻った。

「うむ、真面目な話をしよう。」

「今まで、真面目じゃなかったみたいな言い方なんですけどー。」

「うむ、男の勲章はなー」

「うわ、シカトですか。感じわるー。」

「うん、男の勲章は、自分が惚れた女が俺のことを好きって言ってくれたとき、その人は俺にとって男の勲章になると思うんだ。」

あいつは照れたように言う。

「・・・ロマンチストだね。」


あぁ、あいつは本当にずるい。いきなり僕の心を鷲掴みするようなことを言うなんて。

普段、おちゃらけても心の中ではいつも大切なことを真剣に考えている。

ねぇ、僕では君の勲章にはなれない?

僕は君のことが好きなんだ。

そういったら、あいつはなんていうだろう?

ふざける?それとも真剣に考える?

分からない。

僕はまだあいつのことを少ししか知らないから。

だから、弱虫な僕はあいつがどう対応するか分かるまで、この気持ち言わない、言えない。


「ロマンチストか。」

「うん、でも、とってもいいことだと思う。」

「そうか。」

あいつはにこやかに笑う。そして、又真面目な顔になった。

「なぁ、お前の犬、ブルース2号って言うのか?」

「・・・うん、正式な名前は『青いブルース2号』だけど。」

あぁ、絶対笑われる。

いつもそうだ。

僕のネーミングセンスは変ってみんなして言う。

僕がすばらしいと思う名前を馬鹿にする。

だから、こいつも絶対馬鹿に・・・

「いい名前だな。なんというか、名前に形容詞をつけるというのが、他の人にはない発想でいいと思うな。俺は。」

「あ、ありがと。」

なんで、こいつは僕を喜ばすのがこんなにもうまいのだろう。

あいつに言われた言葉一つ一つが僕の心の中に響いてくる。

顔の筋肉が緩んでいるような気がする。


「でな、お前がもし俺にあだ名をつけたら、どうなる?」

「あだ名?」

「そう、あだ名。」

「・・・・夢見る王子様。」

僕の顔は真っ赤になっているかもしれない。

「夢見る王子様ぁ?王子ってキャラか、俺?」

「か、勘だよ。勘!」

あいつに言われた言葉で、恥ずかしさを通り越して悲しくなってきた。

いくらブルース2号の名前をほめてもらっても、さすがに王子様は変に思われたかも。

(本音がポロっとでちゃったよ〜)

今からでも訂正したい。無難なことを言っておけばよかった。調子付かなければよかった。

心の中では、僕はひたすら穴を掘るイメージしかなかった。

「うん、なかなかいいな。よし、今度からお前俺のことを王子様と呼べ!」

「・・・なに、えらそーに。」

「事実、夢見る王子様なんだから偉いにきまっている。」


あいつの胸を大きく張る姿を見たら、妙におかしくて心が軽くなって、僕は笑い、いつの間にか僕が、僕らに変わった。


あいつは天性のたらしかも。

僕は今日その事を学んだ。

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