番外3−3
「それで家出してきたの〜?」
「うん」
「いいわね〜。青春だわ。青春。青い春と書いて青春よ」
「そんなこと知ってるよ。っていうか、青春関係ないし」
僕の親愛なる母は、つまらないわ、といいながらテレビを見ていた。
「あなたのだんなもえらく嫉妬深いわね。お父さんもそのくらい誠意を見せてもらいたいのにー」
「でも、心配性だから結構僕を束縛するんだよ。大学ぐらい自由にいかせろって言うんだ」
「いいじゃない。私なら体中縛られて、お父さんに愛された〜い。真央だけずるーい」
なんてことを言うんだ。僕の母はいつも頭が変ロ長調。精神科を受診したほうがいいんじゃないかな。
「でもまあ、大きいお腹で大学いくのもどうかと思うわよ。大変だわ。あなたにそんな覚悟あるの?」
「それは・・・」
ないと思う。経験してないことに対して人間はたいてい楽観的だ。
たぶん大丈夫だろう。きっと大丈夫に違いない。
そう思って、できると勘違いしてしまう。本当はそんなことはできるはずがないものに対しても。
僕も子育ても学業も両立できる、そう口に出すことはできる。
でも、現実は違うのだろう。
僕は性格上子育てには向かない、と思う。
母親になれないのだ。
どこか心の奥でそう決め付けている僕がいる。
不安でどうかなってしまうそうだ。
そう、沸点が低い僕だとしても、いつもだったら夫にたった一言気に障ることを言われたって家出するほどじゃないのに、今回は実家に帰ってしまったのは、不安でたまらないからだ。
人のせいにしてこの気持ちと向き合うこともせず、ただただ逃げている弱い僕。
うつむいて今にも泣き出しそうな僕を、母は優しく頭をなでてくれた。
「ほんと、子供はいつまでたってもかわいい子供ね。母親にとっては」
「子供じゃないもん」
「はいはい。旦那がきたら、めいいっぱい甘えなさいね。子供ができたら、子供に旦那を取られちゃうかもしれないからね」
そんなことしないもん。
その言葉はなぜか僕の口からは出てこなかった。
本当は甘えたいのかな。
そう思うと、顔が真っ赤になった。早く迎えに来ないかな。なんか会いたくなってきた気がするよ。
夫は僕が思っていた以上に早く迎えに来た。
家出した次の日の朝である。会社を休んできたのだろうか。
「真央っ」
僕の姿を確認するや否や、夫は僕を力強く抱きしめていた。
「申し訳ありません。あなたの意見を聞かずに一方的に自分の意見を言ってしまい・・・。あれから、一人で考えて反省しました。どうか、お願いします。私の元に戻ってきてくれませんか?」
夫がとても情けない顔をするのを見て、僕は思わずかわいいと思ってしまった。
「あのね」
僕は夫の胸の自分のほほを寄せ、夫の誠意にきちんとこたえようとした。
だって、こんなにかわいい顔を僕に見せてくれたんだもの。
「はい」
「僕ってたぶん子育てをうまくできないと思うんだ。性格的に向かない。そんな僕が子供を生んでもいいんだろうか、と思うの。不安でたまらないんだ」
「それは、私にもありますよ。というか、真央を幸せにしてやれているんだろうか。真央が他の人を好きになったりしないだろうか。いつでも不安です。本当はあなたを家にずっと閉じ込めておきたいほどなんです。でも、そんな不安を乗り越えて成長して、生きていくのが人間というものでしょう?大丈夫です。いつも楽観視している人間よりあなたの方がより慎重で子供のことをきちんと考えている。不安になってもいいんです。二人できちんと乗り越えましょう。そのために私がいるんですから」
「そうだね」
本当にそうだ。
この不安は僕だけの不安じゃない。夫の不安でもあるんだ。
一人なら乗り越えられるのは無理かもしれない。でも、二人なら可能なんだ。
「それで、ですね。私は一晩考えたんです。私たち新婚生活とっても楽しみましたよね?」
「え、う、うん」
いきなりどうしたのだろう。
新婚生活は確かに楽しんだ。けど、その言い方ってなんか恥ずかしいじゃないか。
「そ、それで?」
「それで、大学休学しませんか?私たちはそれであなたの実家であるここに引っ越してきて、お母様に子育てのお手伝いをしてもらえないかと思いまして。そしたら、あなたが復学しても安心して子供を任せられます」
「もちろん、私はオッケーよ〜」
夫の言葉に驚いて、なんも返事が返せない間に母に先を越された。
「って、いつのまにか連絡取り合っていたの?お母さんと」
これは由々しき事態だ。自分で思っている以上に夫と母は仲がいいんだろうか。
「昨日、真央がお世話になることと、今後についてを少し話し合ったのです」
「そ、そう」
なんか悔しい。夫の方が人に対する気配りが完璧じゃないか。
なんというか、妻としてのプライドがずたずたな気分。普通、気配り上手って女の人が身につけなくちゃいけないスキルだったような気がする。
それなのに、何で夫の方が貞淑な妻って言う言葉が、僕よりも似合うんだろう。
「それでいいですか?真央」
夫がうつむいて動かずにいる僕をみて、いぶかしみながら、僕の顔を覗き込んだ。
「お嫁にいかないよね?」
「はい?」
「あなた、お嫁にはいかないよね?」
「いきなりどうしたんです。私がお嫁にいけるわけないでしょう?というか、お嫁に来ているのはあなたの方なんですが?」
「だって、あなたの方が妻っていう言葉が似合うんだもの!!女装して、今からでも専業主婦になってもおかしくないもん!」
僕のとんでもない発言は、夫を固まらせ、そして母を大爆笑させた。




