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十三葉

「私、彼のことが好きなんだ。」


それは、乾燥した風がふき、冬を一気に感じられるようになった、ある日の昼下がりだった。

僕は移動教室でたまたま一人で人気のないところを通っていた。急に聞こえてくるのは彼女の声。最初に僕の耳に入ったのは彼女がいうあいつの名前。それだけならよかった。でも、彼女の次に言った言葉は僕にとって衝撃的だった。


彼女はあいつのことが好き?で、あいつは彼女のことが好き。ということはあの二人は・・・両想い?


だんだん、どす黒いものが心の奥から湧き上がってくるのを感じた。

それはどんどん僕の身体に絡まり身動きを取れないようにしていく。


彼女が憎い。とっても憎い。

いなくなってしまえばいいのに。


心のどこかでは分かってる。それは単なる嫉妬心だ。だから、彼女を怨むのは筋違いというものだろう。それでも、とまらない。彼女の言葉がきっかけに僕の心は、暴走し始める。


どうして。どうして、彼女とあいつは両想いなんだ。

どうして、僕は片想いなんだ。

僕と彼女では何が違う。

身長だって短いし、髪だって短い。女の子らしくないといえば、僕と彼女は同類なはずなんだ。それに、二人ともあいつのことが好きなんだ。条件としてはまったく同じはずだ。

それなのに、どうして彼女はあいつに想われ、僕は振られるんだ。

どうして、どうして、

「どうしてっ!」

「どうした?」

いつの間にか、口に出して叫んでいたようだ。僕は慌てて声したほうを見た。

あぁ、あいつだ。

僕は自分の考えにどっぷりつかっているうちにブルース2号の散歩を無意識にしていたようだ。

「な、なんでもないよ。」

どす黒いものはうっかりすると、あいつも巻き込みそうになる。もし、巻き込んでしまったら僕は感情にまかせて色々ぶちまけてしまいそうだ。それだけは嫌だ。自分の気持ちを今の醜い感情のままに言いたくない。というより、こんな醜い自分を知られたくない。

「ふーん。」

あいつは大して僕の様子が気にならなかったようだ。

軽く聞き流し、ブルース2号を軽く撫でていた。

それが悲しい。それが悔しい。

彼女のことは一輪の薔薇を育てるように常に気にかけているのに、僕のことは道端に転がっている石ころのようにしか思っていないのか。そんなに僕はどうでもいい存在なのか。


「ねえ、お兄さんは彼女に自分の気持ちを伝えないの?」

「なんだ、急に。」

ほんと、なんで急にだ。とっさに口に出た言葉だ。

「さあ、なんとなく。」

薄く笑って僕はあいつから目をそらした。

「なんとなくためらうんだ。怖いんだろうな。」

あいつは自嘲の笑いをもらす。

「なら、僕が言ってあげようか?僕、彼女と知り合いなんだ。」

もちろん、僕が彼女のことを一方的に知っているだけで、彼女は僕のことなんか知らない。でも、とっさにあいつに嘘をつくなんて、僕は何を考えているのだろう。自分のことなのにさっぱり分からない。誰かが僕を後ろから操っているんじゃないかと思うほど、僕の口は僕の言うとおりにならない。

「うん、それがいいよ。僕、彼女に言ってくるよ!」

「やめろ!!」

今にも駆け出しそうな僕にあいつは容赦なく、あらん限りに叫ぶ。小学生だと思っている僕相手に本気で怒っているようだ。

「やめろ。そういうのは・・・そういうのは、俺は嫌いだ。」

そうだ。そうだよね。

僕は、あいつが自分の気持ちを他人から伝えられるのは嫌いだってことを知っていたはずだ。そういうあいつを好きになったんだもの。

だから、怒られるのは自業自得で、泣くのは筋違いなはずなのに、なのに、どうして目から涙があふれて止まらないんだろう。滝のように、でも静かに目から涙が流れ出る。

あいつは気がつかない。そっぽを向いてずっとブルース2号を撫でている。感情にまかせて怒鳴ったのが気まずいのか。

「そ、そうだよね。嫌いだよね。ごめんね。先走ったこと言っちゃってさ。」

「いや。」

あいつはこっちをまったく見ずに答える。

少しぐらい見てくれたっていいと思う。でも、この泣き顔を見られたくない。

僕は、がっかりしているのか、ほっとしているのか。

自分のことなのにまったく分からない。ただ、ただ、涙があふれて止まらない。

「それじゃあね、バイバイ。」

「あぁ。」

あいつは顔をこっちに向けることなくおざなりに返事した。

最後の最後まで僕のことを見てくれない。

彼女のことは逐一見ているのに。この差は何でだろう。

悔しくて、悲しくていつの間にか僕は思いっきり走っていた。息が切れてもかまわない。ただ、この気持ちを、この感情を振り切れたらなんだってよかった。

でも、息苦しくて、心が苦しくて、とてもじゃないけど、このわだかまりを吹っ切れそうになかった。

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