十二葉
僕の心とは裏腹におじさんの講義は順調に進んだ。僕がとてもいい生徒だったからと僕自身はそう思いたかったけど、実際はおじさんがとてもよい教師だったからだ。
しかし、結局、僕はおじさんが何やっている人なのかわからなくて、勝手に衣服関係の仕事についていると思っている。本当はどうなのだろう。おじさんは何一つ自分のことを話してくれない。いつも話していると、いつの間にか僕の相談にのってくれて、僕はそれで満足しておじさんのことを聞き出すのを忘れてしまうからだ。
「おじさんって変な人だよね。」
おじさんの講義が終盤にかかったころのことだった。
僕はおじさんにおごらせたアイスを食べ、おじさんはそんな僕をいやらしいと優しいを混ぜたようなまなざしで見ていた。
「どうしてです?私ほど至極まじめでお人好しの人はいませんでしょう?」
「本当にそう思ってる?」
本当におじさんの思考回路はどうなっているのだろう。まじめなのかふざけているのかさっぱりわからない。
「ここは、えぇと言いたいところですが、残念ながら・・・」
「残念ながら・・・?」
「私はお人好しではなく単なるストーカーです。」
やっぱりふざけている。むかつくくらい僕に本音を話してくれたことがない。一体どうしてだろう。僕が子供だから、自分のこと話したくもないのか。それだったら少しさびしい。
僕はおじさんのことを信用できる友達とは少しいき過ぎかも知れないけど、それでも信用できる知り合いだと思っている。それなのに、おじさんは僕のことを単なる子供としてしか見ていないのかな。僕だけ一方的に信頼しているのは、少し悲しい。
「へぇー、ストーカーね。」
だから声が自然とつめたい雰囲気をかもし出しても仕方がないのかもしれない。
「あの、怒っていません?」
「僕が怒るわけないでしょ。大体おじさんは僕に対してストーカーしていないんだから、怒ったって無駄だし、知らない人のためにおじさんの人格矯正するぐらいなら警察に訴えて牢屋に入ってもらったほうがいいし。」
「なんかとても悲しいです。」
悲しいのは僕のほうだ。
思わず叫びそうになった。
あぁ、どうして僕がそんなことを言わなくちゃいけないんだ。僕のことをなんとも思っていないおじさんのことを僕が気にする必要なんてないんだ。どうせ、この講義が終わったらおじさんに関わる機会なんかたぶん減るに決まってる。それだけの関係なんだから、僕が必要以上におじさんに関わるのは時間の無駄だ。
それなのに。
・・・それなのに、僕はどうしておじさんに自分の悩みを話してしまうのだろう。
あいつには僕のことなんてほとんど話さなかったのに、どうしておじさんには自分のことをいろいろ話してしまうのだろう。おじさんの雰囲気がそうさせるのか。
「・・・ねぇ、おじさん。人を好きになったことを後悔したときはどうすればいいのかな?」
「後悔ですか?」
「そう、後悔。」
おじさんはつるりとしたあごをなでながら、うーんとうなった。
「どうして、後悔したのです?」
言えない。言いたくない。
おじさんに醜い自分を知られたくない。
僕が彼女のことを恨んでいることを知られたらおじさんは僕のことを軽蔑するかもしれない。
「えっと、と、とにかく後悔したの。つらいし、見込みないし。このままじゃ・・・自分の心が・・・心が、弱くなっていく気がする・・・・。」
「そうですか・・・・私は以前に何事も経験だと言いましたが、これも経験だと思います。いろいろな感情を体験することで、今後に生かせると思いますが、いやはや、あまり説得力ないですね。えーと、なんと言うか、あなたはつらくて見込みがないからといって簡単にあきらめられるような恋をしていたのですか。このままではあなたの想いが消化しきれないと思いますよ。」
「でも・・・・でも、もう、疲れたよ。いやだよ。・・・あいつと関わりたくない。」
「それで後悔ですか。たかが自分が疲れただけで後悔ですか。」
「たかが、じゃないもん・・・・。」
なんか、自分がおじさんにせめられているような気がする。
だんだん周りの空気が冷たく、重たいものに変わっていく。
「・・・確かに、とっても傷つくと思います。好きな人が他人のことが好きだと知ったら。ですが、自分にとって気持ちを整理するために自分なりきの区切りが必要だとは思いませんか。気持ちが整理できないままで、あきらめてしまったらは何一つ自分の身につきませんよ。それでは、今までそんな思いをしたのがすべて無駄だと思います。何でもいいです、自分の答えが導き出せるまでは、逃げてはいけないと思いますよ。・・・・あくまで私個人的考えですが。」
「・・・僕がしようとしたことは逃げ?」
「そう思いますけど。」
おじさんはあくまで僕に自分の考えを押し付けようとしない。あいまいなことを言われても僕はどうすればいいか迷う。
確かに、今の状態で逃げたら何一つ自分に残らない気がする。やっぱりあいつと会ったからには出会えてよかったと言えるようになりたい。今のままで終わったらもっと後悔するかもしれない。
・・・・でも、つらい。あいつと関わるのがとてもつらい。
どうしよう。どうすればいいんだろう。
わからない。
わかりたくもない。
矛盾する気持ちが混じりあって、黙ったままでいた僕をおじさんはずっと見守っていた。




