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十一葉

おじさんのファッション講義は意外と分かりやすかった。

というか、僕好みの服を知っているようで、そんな服をどのように合わせていくのかを逐一説明してくれたからである。

情けないことに、おじさんの講義で学んだことは僕が想像していた以上にあった。どれだけ、僕は服について知らなかったのかということに思考がいくと、思わずマリアナ海溝よりも深いため息をついてしまうほどだった。


「おじさんっていったいなにやっている人なの?」

僕は授業の合間、おじさんに僕の疑問をぶつけてみた。

「名刺を渡したんじゃないですか?名刺にあなたの疑問の答えが書いてありますが。」

「・・・・名前わかんなくて、・・・・す、捨てた!」

「あぁ!ひどい!私が心をこめてあなたにあげた初めてのものなのに。」

おじさんは演技がかった声で、手を胸にあて、目薬をさした潤んだ目で僕の方をみてくる。

「心をこめてって、心こめなくても名刺はあげれるよ。というか、何、目薬さして僕をだまそうと思うなら、僕の見てないところで目薬さしてよね!」

「何を言いますか。私、なぜか泣きたい気分なのに泣けなくて仕方なしに目薬を頼って、こうして私の言葉では伝えられない悲しみを表現しているんです。そこのところ、あなたのピュアなハートでわかってください。」

「わからないし、わかりたくもない。だいたい、悪かったね、おじさんの変な行動の意味を理解できないほど僕がひねくれてて。ふんだ。」

僕はほほを膨らましながらすねる。

どうせ、僕なんかひねひね、ひねまくって、純粋じゃないし、性格も悪いんだ。

「そこが、あなたのかわいらしいところですよ。すぐむくれて、ほほを膨らますのもね。」

おじさんはにっこり微笑みながら、あまりフォローにならないことをいう。

それでも、僕のほほを縮めるには驚異的な効果があり、僕はますますすねたような態度になってしまった。

「・・・あんまり、僕に向かってかわいいとか言わないでよね。」

恥ずかしいから。

口には出さずに心の中でつぶやく。

本当におじさんは人を喜ばすお世辞がうまい。どうせなら僕に向かって言うより、好きな子に向かっていったほうがいいのに。それとも、もはやお世辞を言うことが習慣になっているのか。

それでも、僕には言わないでほしい。なれてないから。それに勘違いしてしまうから。

ありえないのに思ってしまう。

おじさんが僕のことが気になっているのではないかと。

本当にありえないと思う。

勘違い女にはなりたくないのに、そんな僕の心を知ってか知らずか、おじさんは僕を喜ばせることばかりいってくる。そして、ふとそんなことが心によぎるたびに僕は自己嫌悪してしまう。

それでも、まだおじさんと会っているときは、楽しくてすべてが忘れられてよかった。それに、まだ自分は勘違い女だけだったからよかった。

問題はあいつと会っているときだった。


あいつとは今までよりは会わなくなったけど、それでも皆無とは言い難い。

僕はあいつと会ったときは、うれしいし楽しい。でも、あいつの頭が彼女でいっぱいになるたび、傷ついた心からなにかどす黒いものが流れ出ている感覚におちいった。そのどす黒いものは、僕だけでなく彼女を巻き込もうとしている。

あいつが彼女を想うたびに、僕は彼女を羨み、そして少し憎む。

僕は心を強くしようと努力しているはずだ。なのに、これではどんどん弱くなっている気がする。もっと弱くなった心は悲しみだけでなく憎しみにも支配されつつあるんだ。

どうして。

いやなのに。こんな心を抱えたくないのに。あいつに好かれなくてもまだきれいな心のままでいたいのに。

どうしてうまくいかないの。どうして、僕の心は僕の言うとおりにならないの。

手綱を失った心は暴走して、いやな自分になるようどんどん進んでいく。

あぁ、いやだ。

いやな自分になって、心の片隅で彼女の存在がなかったことにしたいという願望が大きくなっていくのなら、すべて忘れてしまいたい。

でも、どうせこんな風になってしまうなら最初から会いたくなかった。

あいつを好きにならなければよかった。

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