87 深夜・教会裏
……参ったな。寝れない。
いや、寝ることはできた。が、一瞬で目が覚めた。普通にぐっすり寝た気分なのに時間が経ってない。
ショートスリーパーにも程があるだろ。向こうの世界じゃこんなことなかったんだが。
とにかく寝れないことには仕方がない。何か暇潰しになること……ダンジョンツクール?
こっちの世界に持って来れればなぁ。あの迷宮のクリア報酬だったりするんだろうか。そこはかとなくダンツク感あったし。
「ん……うにゃ……」
向こうのベッドからユネの寝言が聞こえてくる。物音とかで起こすのもアレだし散歩にでも行くか。
そっと廊下に出ると、窓から月(月なのか?)の光が差し込んでいた。結構明るいな。表通り以外はほぼ街灯がないのにも納得。
あ、魔術の練習でもしてみるか。閉空とか結構場所選びそうだし、あの瓦礫まみれの教会は丁度いいかもしれん。
起きてりゃ神父の霊だって怖くない。こっ怖くなんかないんだからねっ!
「お邪魔しまーす」
正面まで回るのは面倒だったので、裏口の軋む扉を開けて中に入る。聞こえるのは俺の足音だけ……かと思いきや、たまに何かが崩れたりする音も。ポルターガイストか? やっぱなんか薄気味悪いし帰りませんか?
「よし、この辺でいいか!」
わざと元気な声とか出してみる。震えてるって? 気のせい気のせい。
さて早速始めるぞ。まずはあの瓦礫塊にしよう。狙いを定めて――
「――閉空!」
手のひらを向けた先の空間がぐにゃ、と歪み、その中心から裂け目が広がっていく。
大体一メートル四方程度まで広がったあと、裂け目は周囲の瓦礫を吸いこんで、消えた。
「おお……?」
この間は気絶していてわからなかったが、どうやら無理やり空間をこじ開けるタイプの魔術らしい。吸い込まれる原理はわからんが、歪みが元に戻ろうとする力とかなんだろうか。
先の紫スライム戦とかで使わなくて良かった。これ確実に仲間巻き込むタイプのやつだ。
ちなみに、吸い込まれた先がどこに繋がってんのかは謎。圧空と同じような魔術だと思ってたが全然違うっぽいぞ。確かに空間の範囲のイメージは同じだが、あっちは押し潰すだけだしな。
もう一回同じ感じで使ってみよう。範囲ちょっと広げてみるか。
「――閉空……っ!?」
魔術は成功した、が、突然身体中の力が抜けた。まさか魔力切れか。迷宮にいるときはもっと使えたのに。
さてはこの魔術、恐ろしく燃費悪いな? ありえない話じゃない。空間こじ開けてるし。
「朝まで長いな……」
割れた長椅子にもたれかかって呟く。まだ深夜三時とかだろうし、やることないと辛いぞこれ。
ていうか魔力も戻らんうちにゴーストとか湧いたら非常にヤバい。主に俺の心臓と寿命が。
「!」
最悪のタイミングで悪寒。超ゾクッとした。今。確実にいる。足元にいる。いや背後か? 視界の端に黒いのいたぞなんか液体っぽいやつ。あ、悪霊退散! 悪霊退散!
「ドーマンセーマン! ドーマンセーマン!」
――気配は消えたがまだ背筋が寒い。びっくりするほどユートピアの方にしとけば良かったか。でも今あれできるほど体力ねーしな。気配消えただけでも良し。
とりあえずここから出よう。まだ孤児院前のベンチに腰掛けてた方がいい。気分的にも。
「っこらせ、と」
どうやら、物に掴まって立ち上がることくらいはできるらしい。ベンチで少し休んだら今度こそ散歩とかするか。
「……から………………な」
「へえ………………す」
教会の裏口から話し声が聞こえた。さっきの悪霊か? そうじゃなきゃこんな時間に誰が? 寝れないにしてもなんでこんな恐ろしいところへ?
冗談はさておき、裏口から出るのはやめた方が良さそうだな。こんな世界だ、バレたら最悪殺されかねん。魔術も簡単なのを二、三発撃てるかどうかってとこだし。
……こっそり覗くだけにしよう。ちょっと覗いてすぐ逃げる。
「ああ、全員分の死体を確認した。ご苦労だったな」
「リフィスト様ってぇのはどうなったんで? お頭が檻ぶっ壊してやしたが……」
そこにいたのは小汚い背の低い男、そしてルファスだった。
やっぱ悪いやつだったってことでおーけー? てか何してんすか。キマる葉っぱの取引とか?
「逃げられたよ。教皇が死ねば檻の魔術は解ける。元より時間の問題だったようだ」
「へえ、ま、聖紋とやらの呪いも消えて良かったでありやすな。加護なしでも解放はできるようでありやすし」
何を言ってるか全くわからんが、ルファスがやべー奴だってのはマジらしい。話を聞くに神父とか殺したのこいつらっぽいぞ。
だが、小汚い男はまだいいとして何故ルファスが神父殺しを? 大体、なんでそんなやつがまだ教会にいられるんだ。
「――ところでルファス、気付いてやすか?」
「ああ――土鎖!」
「っわ!?」
扉を突き抜けて何本もの土の鎖が襲いかかってくる。
「躱されたか、ギード!」
「へえ――魔影短剣」
飛んできたナイフまでは躱しきれなかった。服が壁に縫い止められる。太ももの辺りも軽く裂けたが気にしてられん。時遡するだけの魔力も時間もない。
幸いこっちは暗くて顔は見られてないはずだ。ここは転移使ってみるか。いや、結晶が聖宝とか呼ばれてる魔術を、今の俺の魔力で使えるとは思えない。
――置換の応用でいこう。かなり集中しないとだがここは賭けに出るしかない。失敗すりゃ死ぬが、何もしなくても死ぬ。
「見失っちまいやしたね」
「いや、まだこの中にいるはずだ。微かに魔力を感じる……奥だな」
割れた窓の外に見える大岩。あいつと俺の位置を交換する。ちょっとデカいが成功しろよ――
「――置換!」
「そこか――」
間一髪、林の中に逃げ込めた。これぞ忍法変わり身の術。ジャパニーズ・ニンジャの力を見たか。
今頃やつらは大岩殴って満足してるはずだ。てか満足しろ! 頼むから追ってこないでくれよ今走れない。ゆっくり歩いて散歩くらいが限界です。
……いや、下手に散歩とかして鉢合わせるのもまずいな。ルファスが孤児院に戻る前に部屋に戻っておきたい。
そうと決まれば早速庭の周りを一周だ。音を立てないように、あとなるべく暗いとこを通るようにして。っつっても街灯ないし大して気にしなくても良さそうだが。
ふと思ったが、表通りの街灯の動力なんなんだろうな。この世界には電気はなさそうだし……代わりのエネルギーとして魔力を使ってるとか? つってもそんな機械的に供給できるもんなのかね。明日ハルティアさんあたりに聞いてみるか、魔術とかそういうの詳しそうだし。
とかなんとか言ってる間にミッションコンプ。あとは二階に上ってベッドに横になるだけ。俺の勝ち。グッドゲームだ聖騎士ルファス!
「おや、そこにいるのは勇者――アヤトと言ったか」
マジ? なんでいるの? コーナーで差を付けられたか?
……バレてる?
「どうした、こんな真夜中に。はは、孤児院のベッドは硬すぎて寝れないか?」
「いや、えーと、少し目が覚めて」
「ふむ、そうか。しかし明日は早い。謁見時に居眠りせぬ用、しっかり寝ておけよ」
「で、ではお言葉に甘えて」
バレてない。ほっと胸を撫で下ろす。部屋に向かって、ルファスの横を通り過ぎようとした瞬間だった。
「――詮索はせぬことだ。次はない」
かくして、俺はまんじりともせず朝を迎えることとなったのである。元から一瞬で目覚めるけど。いやマジで怖いわ助けてくれ。……誰か。




