9 冒険者登録
レルア視点です。
「では、私はこのあたりで」
魔物に襲われることもなく、快適な空の旅だった。周囲に人がいないことを確認し徐々に高度を落として着地する。
「助かりました。また何かあれば、そのときはお願いします」
「光栄です! 天使様の為なら例え火の中水の中、地の果てに居ようと馳せ参じますよ! あ、ついでに私の地図お譲りしますね。少し古いものですが、一枚もないと不便だと思いますので!」
「ありがとうございます。では、こちらからもお返しを……そう遠慮せず。気持ち程度です」
今後も世話になることが多いかもしれない。しかし、下級精霊しか生息できないほど、この地域に素因が不足しているとは思わなかった。
「幾重にも連なる原初の力よ。源より湧き上がるその力を、此に集めよ――素因供給」
虹色の素因結晶が、掌で日の光を浴びキラキラと輝く。
天使である私――それも上級天使の魔力を込めて作った特注品だ。砕いて使えば大気中の素因濃度が飛躍的に高まる。つまり精霊が生きやすくなり、素因も正しく循環するということ。
「適当なところで使ってください」
「あわわわわわありがとうございます!! わ、私などでは持っているのもおこがましいような高級品ですので、精霊王と話し合って大切に使わせていただきます!」
そんなに感謝せずとも、数十個程度ならすぐに作り出せる。あまり作りすぎるのも素因が飽和してまずいが、今度暇を見つけて精霊王に届けておこう。
素因結晶を抱えて結晶よろしく固まっている精霊に軽く手を振り、巨大な門に向かう。
数分と経たずに門へと着いたが、どうやら門は出入り自由ではないようだ。門兵の一人に話し掛けられる。
「嬢ちゃん、そんな格好で一人たぁ珍しいな。冒険者ってわけでもなさそうだが……通行許可証か商隊証明書持ってるか?」
私は首を横に振る。非常にまずい事になった。魔術で二人の門兵の記憶を改変してもいいが、後が面倒だ。
「あ、おいギルダム。ついさっき商隊が魔物の群れに襲われて壊滅したって情報があったよな。それの生き残りなんじゃないか?」
「ああ、オークかなんかの群れに襲われたってな。難儀な話だ」
よし、一か八かそういうことにしておこう。私は商隊の娘。オークの群れから命からがら逃げてきた、と。
「はい、実はそうなのです。木陰から急に飛び出して来て護衛の傭兵が対応しきれず……荷馬車ごとひっくり返されました。散り散りになって逃げた仲間が生きていると良いのですが」
「んにゃ、やっぱりそうか。災難だったな。だが嬢ちゃんも知っての通り、許可証を何も持ってないやつは入れちゃいけない規則なんだ」
まずは成功。不謹慎だが壊滅した商隊に感謝。
「そこをなんとか……」
「よく見ればアンタ可愛いな、どこか気品もある。俺の嫁になってくれれば今すぐにでも通すぜ?」
「そういうとこが駄目なんだ、ジグル。お前は一生独身だよ。んで嬢ちゃん、実は仮にでもいいから冒険者登録してもらえれば通すことできる。商隊でやってきたって事は多少短剣やら魔術やらの心得もあるだろう? ギルドは真っ直ぐ行って一つ目の角を曲がった左だ」
「良かった、ありがとうございます」
冒険者登録が済んだら、またここに戻ってきて通行許可証を見せてくれ――と言って門兵は私を通してくれた。一時はどうなることかと思ったが、どうやらギルドなる場所で冒険者登録すればいいらしい。
確か、冒険者は平たく言えばなんでも屋の傭兵のようなものだと書いてあったはずだ。魔物討伐から落とし物探しまでなんでもこなす集団だと。迷宮探索も仕事の一環だったか。
そんなことを考えているうちにギルドに着いた。木製の扉を押して開けると、途端に熱気が溢れ出す。
右も左も人で埋め尽くされていた。人波をかき分けてなんとかカウンターまで辿り着く。
「こんにちは! 本日はどのようなご用件ですか?」
周囲の雑音にかき消されないような大声で、受付嬢が言う。
「冒険者登録をしたいのですが」
「分かりました! では、この魔力計に魔力を流し込んでください!」
カウンターの上に水晶玉のようなモノが置かれる。試しに軽く魔力を流し込んでみると――
――パリン。
一瞬強く発光して、あっけなく砕け散った。
「あれ、おかしいですね……魔力計壊れちゃいました。でも、魔力があることは分かったので合格です! ひとまず冒険者登録完了です! 冒険者証明書を渡しておきますね! 通行許可証にもなるのでなくさないように注意してくださいねー!」
どうやら合格らしい。あっさりしたものだ。
その後依頼をこなすとランクが上がるだのどうだのという話を聞かされたが、冒険者になる気はさらさらないので聞き流した。