41 職業:解析士
「起きろ、勇者」
朝、か……今何時だろう。タイマーをセットし忘れたのかな。
「って、誰だ君は!!」
僕の顔を覗き込んでいたのは、家族でも彼女でもない――彼女はいない――知らない少女だった。端正な顔立ちだけど、その目つきは鋭く、冷たい。
「お前が選んだ天使、名はルイン。思い出したか?」
「天、使? いや、あれは夢のはずだろ!? だって僕は――」
僕は。僕は神谷誠。ごく普通の大学生だ。夢でもなければ、こんな豪華な部屋にいるはずがない。
「勇者、残念ながらこれは現実だ。貴様はあちらの世界で死んだだろう?」
死んだ? 僕が?
「ふん、認めないか。精々こちらの世界で死ぬその瞬間まで、夢だと思い続けるがいい。……と、誰か来たようだな。私は姿を隠す」
ルインと名乗った自称天使の少女は、みるみるうちに透けて見えなくなった。まるで状況が理解できない。これが現実だとして、どこから現実だったんだ。
「誠、起きてるか? 入るぞー!」
ドアが開いて僕と同い年くらいの青年が入ってくる。また明日、そう言って昨日別れた相手だ。その名前は――
「龍牙」
「お、やっぱ起きてたか! 王様が呼んでるらしいから行こうぜ!」
そう言うなり、扉を開けたまま駆け出していった。朝からテンションの高いやつだ。いや、それより。
「王様が呼んでるって……どこにいるんだっけ……」
途方に暮れていると、龍牙が部屋の入り口から顔だけ出して言った。
「おい、あんま遅いと先行くぞ!」
「あ、いや、ごめん。支度するからちょっと待ってくれる?」
「あー? 全く仕方ねーなー」
場所は城の兵士に聞けば教えてくれると言っていたけれど――少し恥ずかしい。こんなことならちゃんと道を覚えておくべきだった。
さて、まずは着替えないと。
昨日は着替えずに寝てしまったので、まだあちらの世界の服装のままだ。
クローゼットを開けると、なにやら高級感溢れる服が一式揃えられていた。今龍牙が着ていたのと同じものみたいだ。
なんの素材でできているのか非常に気になったけど、着心地は素晴らしいものだった。貴族風の装丁がありながらも動きやすい。
上下ともにそれに着替えると、胸ポケットに手帳を入れて龍牙のもとへ急ぐ。
「お待たせ」
「おお、バッチリキマってるじゃねーか! 俺よりも似合ってるぜ」
「それはどうも。で、王様の部屋ってのはどっちだっけ?」
「なんだ忘れちまったのか? 案外忘れっぽいんだなー。ほら、付いてこいよ!」
……忘れっぽいわけじゃない。あれは夢だと思っていたから。
少し歩くと、見覚えのある部屋に着いた。
そうだ、この石畳の部屋に召喚されて、王様に会った――思い出してきた。思えば夢にしてはリアルすぎた。
「おお、勇者よ! 昨夜はよく眠れたか?」
「はい! ベッドふっかふかで最高でした!」
龍牙の言葉に、王様は満足げに頷く。
「うむ、それは良かった。して、本題だが……」
この世界に僕らが喚ばれた理由。夢だと思っていたので記憶があやふやだけど、魔王がどうのとか言っていたような。
「改めて。君らには、魔王討伐をお願いしたい」
「わかりました!」
ああ、やっぱりね。――って待った。
なにをあっさり了承してるんだ君は。少しは考えてほしい。魔王討伐? 僕は嫌なんだけどな。
「頑張ろうな、誠!」
「え? あぁ、うん……」
うん、諦めよう。ここでなんとか言っても魔王討伐に行かされるのには変わりないだろうし。きっと勇者の力でなんとかなるさ。
「では、二人共。"ステータス"と念じてみよ。古文書によれば、勇者はこれで自らの能力を知ることができるらしいのだ」
ステータスて。そのままじゃないか。いや、翻訳されてるからそう聞こえるだけなのかな。
とりあえず。
(ステータス)
『名前:マコト――』
名前、性別、そして攻撃やら防御やらのゲームで見慣れたアレ。その数値は全て800程度だ。
職業は勿論勇者……ってあれ? 解析士?
確かに唯一のスキルは"解析"。言語は自動翻訳と聞いて、何も考えずに解析士を選んだ記憶がある。
サブ職業とかじゃなかったんだ。もしかしなくても僕、戦力外なんじゃ……?
「職業、創造者! パラメータは全部5,000くらいかぁ。マコトは?」
――5,000?
5,000だって?
僕は800なのに!?
「い、いやぁ、そんなに高くはなかったよ。ほら、職業も解析士とかいうのだし」
「む、マコトよ。確かに解析士は天賦の才がなければできぬ貴重な職。しかし、戦闘には向かぬな」
はは、冗談だろ。やっぱり戦力外じゃないか。
異世界に来ても、結局主人公にはなれないってわけだ。
「ま、まぁ。龍牙の補助とか、精一杯頑張ります」
「うむ。解析士の勇者、予想だにしなかったが、補佐役としてこれ以上心強い者も居まい」
年甲斐もなく泣きそうだ。僕はきっと、心のどこかで期待していた。敵をバッタバッタ薙ぎ倒して、歓声を浴びるのを。
解析だけじゃどうしようもないじゃないか。剣術でも槍術でも、せめて万能魔法使いとかにしておけば良かった。なんなら後ろの安全な場所で戦う召喚士とかでもいい。どうせ、勇者なら伝説の古龍とか使役できちゃうんだろうし。
とにかく、魔王を倒すのは確実に龍牙一人だろう。歓声を浴びるのは僕じゃない。
「では勇者よ。早速街の鍛冶屋で装備を整えてまいれ。二人の職は通信結晶で伝えておいた故、到着する頃には用意されているであろう。その後は冒険者ギルドへ向かい、軽い依頼をこなすと良い」
「はい! 行ってきます!」
張り切る龍牙とは対照的に、僕の気分は下がる一方。
ギルドに依頼、そんな単語にも一切興奮しない自分がいた。
「おーい誠! 早く早く!」
返事をしようと開けた口から溜息が零れる。あの退屈な日々に戻りたいと、少しだけ思った。




