251 違世界
「……?」
最初に目に入ってきたのは、低めの天井。次に、ほんのり光るクリスタル製の床。
死後の世界というには少し殺風景。だけど、それ以外に私の意識が残っている説明が付かない。
……まさか意識を蘇らせて別の電子空間に隔離している? 彼らの技術がそこまで進化しているのなら、もう私たちは世界の行く末を見守ることしかできない。
「お、目が覚めたか」
「……貴方は?」
奥に座っていた人物が振り返った。警戒。武器は持っていない……敵意も感じない。
「俺は水嶋彩人――」
「名前はいい。貴方は機械生命体側の存在? それとも私たち側?」
「え? 人類? まあ……多分そうなんじゃねーかな。ボクわるいマスターじゃないよ」
嘘は言っていないみたい、だけど。
「そう。じゃあ彩人、私の仲間を知らない?」
「いや知らない……じゃなくて、待て待て。俺にも質問させろ。君は一体何者なんだ? ゴーストじゃないんだよな?」
幽霊?
「もうそんなのを見るほど人類は残っていないでしょう。それとも何かの暗号? なら悪いけど私は知らない」
「暗号じゃなくて……参ったな。じゃあ出身地を聞いてもいいか? 街でも村でも国だっていい。あとシレンシアって分かるか?」
途端に質問攻めにしてくる、彩人と名乗る男性。
「シレンシアなんてものも知らない。生まれは……日本のどこか。それ以上は……」
「日 本 だ っ て !?」
急な大声に、思わず顔をしかめる。
「っ……うるさ……」
「い、いや悪い、俺の聞き間違えじゃないよな。一体全体どういうことだ……君が他の勇者の1人だってことか? 天使は? でもなんでここに?」
「次は私の番。貴方の正体は?」
質問を遮る。私だって聞きたいことが沢山ある。まだ今の状況を少しも理解できていない。
「俺? 俺は……俺も日本人だ。で、なんやかんやで死んでこっちに来たってわけ」
「……じゃあここは死後の世界なの? 死因は? 貴方も機械生命体に?」
「異世界だっつー話だ。まあ俺死んでるらしいし、俺にとっては死後の世界か。エスキナってのは知らないが、普通に心臓麻痺かなんかだと思うぜ。神のデスノートに名前が書かれたってわけだ」
「はぁ……」
会話が噛み合ってる感じがしない。危険はなさそうだけど。
「マスター、失礼します」
「おおゼーヴェ!」
「おや、お客様がいらしていたとは。急ぎの用事でもありませんので、また改めて……」
「いや丁度いい、こっち来てくれ」
連れて来られたのは、彩人よりももっと年上の男性。明らかに日本人ではない。
ちゃんとした大人を久し振りに見た。皆死んでしまったから。
「紹介するぜ。ゴーストのゼーヴェだ」
「ご紹介に与りました、ゼーヴェと申します」
上品なお辞儀。慌ててお辞儀を返す。
「え、エアです。よろしくお願いします」
「何緊張してんだよ。俺んときと態度が違いすぎるだろ」
「それだけマスターが親しみやすいということですよ。お茶を淹れましょうか」
「ああ、頼んだ。今回みたいなのは初めてだしな。ゆっくり茶菓子でも囲みながら話し合うとしよう。レルアとアルデムも呼んでくれ……いや、念話で呼んだ方が早いか」
彩人は目を閉じて耳に片手を当てる。……通信機みたいなものは見えなかったけど。埋め込み型はとうに失われた技術だし、脳の方をいじるのも禁止されていたはず。
とはいえどうやら振りだけというわけでもないらしく、彩人は満足気に頷いた。
「よし、2人ともすぐ来れるらしい」
「カインはよろしいのですか?」
「あいつがいたら話が進まなくなるだろ。後で共有するさ」
「承知しました」
ゼーヴェさんが出ていくと、彩人は空中から次々に何かを取り出し始めた。綺麗なお皿やカトラリー、そして……
懐かしい、甘い香り。
「エアだったか? お前も運ぶの手伝ってくれ」
あれは、ケーキ? 私は夢でも見ているの?
「何ボケっとしてんだ。働かざるものなんとやらだぜ。リビングはその扉を出てすぐだ、ほら行った行った!」
ケーキとクッキー、お皿の乗ったトレーを渡される。
本当に、ここは死後の世界なのかも。彩人はその案内人で、これから色々説明があるとか。
「ご機嫌よう。君がマスターの言うお客人かな?」
「そう、です」
「ほほ、可愛らしいお嬢さんだ。さあ、そちらに座りなさい」
部屋を出て会ったのは、真っ白な髪に真っ白な髭の老人。一番偉いのはこの人と言われても頷ける風格。
言われるがままに席に着く。ベッドと同じで、このソファもかなり座り心地が良かった。……少し不安になるくらい。
数分後、ゼーヴェさんがいい香りのお茶を運んできた。カップを配るだけの動きですら美しく見えて、なんだか感動。まるで物語の中にいるみたい。
お茶が全員に行き渡ると、彩人がおもむろに口を開いた。
「よし。お疲れ皆! 急遽集まってもらったのは他でもない、この子についてだ」
視線が私に集まる。彩人以外は皆外国の人という感じの見た目で、服装も珍しいものだった。
「エアはちょっと前に突然リビングに現れてな。怪我はなかったが意識を失ってたんで、俺のベッドに寝かせてた。んでさっき目が覚めたんだが、どうもこの辺のやつじゃないらしい」
「ふむ、マスターが喚んだわけではないと?」
「ああ。結界の調子も問題なしだろ?」
「侵入された形跡はありませんな」
……あれ。やっぱり案内人ではないのかも。
現実離れしていたせいで浮かれ気味だったけど、今の状況が分からないことに変わりはない。
「エア、ここに来る前の最後の記憶を聞いてもいいか?」
「ん。詳細は伏せるけど……機械生命体の奇襲を受けて私の隊はほぼ全滅。その後単独行動する個体に出会って、現れた増援によって私も死んだ」
「……なるほどな。皆、エスキナって名前に聞き覚えは?」
横に首を振る面々。
「機械生命体を知らないの? 今の日本は奴らによって占拠……いいえ、''統治''されている。子供でも知ってる、常識のはず」
「俺の知ってる日本とかなり違うみたいなんだが……そのエスキナってのは何なんだ?」
頭がくらくらする。奴らのことを知らない人がいるなんて。
もしこれが奴らの見せている夢なら、今の私はさぞ滑稽に映っていることだろう。
「簡単に話すと……自我を持った人工知能とか、そういう感じのもの。人工知能は分かる?」
「分かるが……なんかディストピアな世界観だな。そっちじゃ西暦何年だったんだ?」
「さあ。機皇歴12年だか13年だかってことしか知らない」
聞いたこともない、という顔。
「マスターと同郷の方ですか?」
ずっと黙っていた白金髪の女性が口を開く。綺麗な人というか、芸術品のような雰囲気がある。無表情気味なのも相まって、じっとしていると本当に作り物かと思うほど。
「そうらしいんだが、俺がいた頃と随分変わってるらしくてな。レルアは何か知ってるか?」
「いえ……マスターの時代の知識なら多少入っているのですが」
「だよなあ」
――時代が違う。やっぱり、彩人との会話がいまいち噛み合わなかった理由はこれかも。
「マスター、歴史書などにその時代の記述は?」
「いんや、そんなのなかったぜ。俺がいた後の時代か、もしくは俺の祖先が生まれる更に前の――観測不可能な時代かのどっちかだな」
ボリ、とクッキーを齧る彩人。遠慮せず食えよ、という言葉に促されてケーキにフォークを入れてみる。ふわりとしたクリームと生地が沈んだ。
「しっかしまあ、人工知能の反乱なんて映画の中の話なだけだと思ってたぜ。そんなに技術が進んでるのにも驚きだ」
一口大になったケーキは口の中で幸福な甘さを撒き散らした。頭の中で快楽物質が生産される。
「詳しくは知らないけど、ほとんどは大国から持ち込まれたもの。私たちは実験台にされていただけ。制御不能になったら檻ごと捨てればいい」
シンと静まり返る。暗い雰囲気にしてしまった。
「ごめんなさい。折角の楽しいお茶会なのに」
「気にすんなよ。あー……っと、エアはこの後どうしたい?」
「戻りたいとは思っていない。私が戻ったところでどうにもならないし、向こうじゃケーキなんて食べられないし」
仲間は皆死んでしまったし、と心の中で付け加える。
「おっと意外に食いしん坊キャラか? まあとにかく、しばらくここで暮らすといい。丁度空き部屋もあるし、衣食住は保証するぜ」
「ありがとう。居候として、できる限りの手伝いはするから」
「労働力は大歓迎だ。ちょうどアルデムが助手を欲しがってたな。魔術は……使えないだろうが、それもそのうち使えるようになる」
白髪の老人が私を眺める。
「ふむ。魔力は十分にあるようですぞ。少し教えればマスターよりも上手く使うやもしれませんな」
「うげ、マジかよ。どいつもこいつも才能に溢れてやがる」
魔力。……魔力?
「ってことで、少し休んだらここの中を案内しよう。外は俺は詳しくないから、リフェア辺りに聞くといい」
「待って。聞き忘れてたけど、ここはどういう場所なの」
作りは何かの活動拠点という感じだけど、それ以上の情報がない。
そして、そこに集まる世代も国籍もバラバラに見える人々。
彩人は、なんてことはない、普通の調子で口を開いた。
「ああ、言ってなかったか。ここは迷宮で、俺はその主をしてる。よろしくな」




