244 何者
……はっ。知ってる天井だ。いや知ってるも何も自室の天井だ。
なんか長い夢を見てた気がする。いつから寝てたんだ? 今何時だ。昼頃なのは確かだ。この絶妙なダルさと物悲しさは16時頃ってとこか。
えーと、スマホスマホ。残念14時でしたと。意外に早いな。決して早くはないってツッコミはナシだ。
……水曜? 学校は? いや会社? なんか記憶がボヤけてる。そもそも俺は誰だ?
「俺は……」
俺は、水嶋彩人。21歳恐らく独身。仕事してたイメージはねえし、大学生か? どこに通ってたんだ? 一人暮らし?
「……ダンツク」
そうダンジョンツクール縮めてダンツク。俺はこいつを1日中やってたんだ。大学生ってよりニートだな。単位ちゃんと取れてんのか俺。
まあそれより、確か前回のレート戦が
「やべえ!」
思わず飛び起きる。まだ途中だったはずだ。PCは何故かスリープ状態ではなかったので急いで立ち上げる。
なんだか全てが久々な気がする。起動がどうとかそういう次元じゃなく、マウスを握るのも久々っていうか。ロック画面からデスクトップまで全部懐かしい。笑えてくる。流れるようにダンツクをダブルクリック、起動中に飯でも……
そうだ、腹が減ってる。なんか食うか。この寝起きのボケっとした感じも、腹が減る感覚すらも今思い出した。どんだけ寝てたんだマジで。
「……なんだこりゃ」
冷蔵庫には食えそうな物は何も入ってなかった。本当に何も。食い物が入るであろうスペースにはギッチギチに午前の紅茶500mlが敷き詰められていた。
何食って生きてたんだ。ペットボトルか? ゴミ箱にも何もなければペットボトルで確定だろうな。遂に狂ったか彩人。
「これは……寿司? あとピザ、んでハンバーガー? こっちの箱は定食配送サービスか」
まあ綺麗に何を何回食ったかわかるレベルで仕分けてやがった。しかし全部出前か……そんな裕福だったか?
机の上に置いてあった財布を手に取る。中には現金2万と数枚のカード、そして学生証なんかが入っていた。やっぱり大学生だったんだな。両親は?
そういやスマホに通知が溜まってたな。ここ見りゃなんか分かるか――
「ん……」
声がした、気がした。よりにもよって俺のベッドの方で。PCとは方向が違う。てか女声だった気がする。
幻聴、だよな。もし俺が部屋に女の子連れこんでたとしたらそれは夢だ。もしくはなんかの詐欺。
とりあえず振り向け俺。考えんのはそれからだ。
「……!?」
まず目に入ったのは真っ白のローブ。宗教チックな服装だ。それをまとった金髪の子が、俺のベッドで横になっていた。ははーん、夢ってよりは詐欺の方に近いか。
とか言いつつ俺はまあ幻聴だろうと思ってたわけで、実際に人がいるのはやべえじゃん。自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。とりあえず死んではない……はずだ。多分人形でもない。さっき声聞こえたし。つーか誰なんだよ。え? 俺何やったの? ナニ? マジで?
いや正直めちゃくちゃ可愛いしドタイプではあるんだが、手放しで喜んでられる状況でもないぜ。まさか犯罪じゃないよな。だがどう転んでも犯罪の臭いしかしないぞ。やべえ、早くも人生終わりか。出頭ってどうやるんだ? いや今すぐ逃げればワンチャンあるか? つってもここ俺の部屋だしな、逃げ回るだけ損か。
「……アヤト様?」
「……ぁえ?」
様? 様って言ったか今? どういうプレイ?
「あーっ……と……君の……名前は?」
「レルア、です」
よく聞きゃ声まで美しいときた。存在が芸術品だ。およそ俺の部屋にいていいタイプの人間じゃない。もっとこう、めちゃくちゃデカい城とかにいるべきだろ。
そしてこっちは多分気のせいだが、なんだか名前に聞き覚えがあるような気がする。多分そう思いたいだけなんだろうけどな。まあ一応。
「悪い、苗字も聞いていいか?」
「その……すみません。少し、記憶が曖昧で」
「ああ、すまん……」
おい! お前も記憶喪失かよ! 真夏の密室、記憶喪失の男女が2人。何も起きないはずがなく――
ってか、もう起こってんだよな。なんたって両方記憶ないんだぞ。
さっきの話だが、問題は、これが夢でも詐欺でもなかった場合だ。この女が何か使って自分諸共記憶を消し飛ばしたとか、逆に俺がそれをやったとか。俺にそんな勇気があるとは思えないし、何かやったとして、犯罪行為への心的ストレスみたいなので記憶を失った可能性もある。
まあ普通に相手が美人局的なアレとかの線の方が現実的だけどな。そろそろムキムキの恐ろしい外国人がショットガン片手に殴り込んでくるかも。
……いや、とてもそういうタイプには見えないが。見た目で判断するのも良くない。
「他に、自分について分かることは? えーと、なんでこの部屋にいるのか、とか」
「……何も。すみません」
他にもいくつか質問してみる。だが生まれも育ちもよく分からないらしい。日本人じゃなさそうな見た目だが、その割には流暢に日本語を喋る。
持ち物なんかも調べてみたが、財布もスマホも持ってないときた。ほとんどその身一つでここにいるってわけだ。俺よりよっぽど深刻だな。犯人が俺じゃなければ。
ちなみに、そんな彼女が唯一持ってたものがある。学生証だ。それも俺と同じ大学の。
ギャグみたいだがマジだ。名前の欄は空欄だった。学籍番号も空欄だった。顔写真と大学名くらいしか書いてないが、それでもしっかり本物っぽかった。
留学生か何かなのか? だがそれがなんで記憶を失って俺の部屋にいるんだ。
つーかそれより、腹が減った。腹が減っては思考はできぬ。何か考えるにしても食ったあとにしよう。
「そうだ、なんか食べに行かないか……行きませんか?」
「はい……是非。アヤト様に従います」
「や、その、アヤト様ってのやめてください。もっとフランクに」
「では、アヤトさんと」
うーん、まあ、いいか。小っ恥ずかしさは残るが。
何となく、以前は別の呼ばれ方をしていた気がした。普段は名前にさん付けされることなんてないし、そのせいか?
とにかくアヤト様はヤバい。俺もそうだが、彼女もきっと記憶戻ったとき後悔する……し、多分裁判とかしたら俺が負ける。
「さーて……」
出発しようとして気付く。彼女がとんでもなく暑そうな格好だってことに。このローブ姿を連れ回すのは拷問だろ。やっぱ出前にするか。今までそうしてたらしいし。
「どうかされましたか? 私のことでしたらお気になさらず」
「気にしないわけにはいかないですよ。外は灼熱地獄です。そんな服で出てくのは自殺行為です」
「そう、ですか……」
なんで残念そうなんだ。
「うーん、じゃあローブは脱げますか? そうすりゃ多少涼しいと思うんで」
「それは少し……恥ずかしいと言いますか。アヤトさんだけなら構わないのですが、他の方には……」
「ちょ、待、今の嘘で。今の無しでお願いします」
下そんな際どいの着てんの? マジなの? 青少年の性癖をぶっ壊す気なの?
いや分からない、外国には外国の文化があるからな。そうでなくてもあんま肌見せたくないとか、そういうのがあるのかもしれない。
つっても、女物の服と言えば昔ノリで買ったメイド服くらいしかない。流石にそんなん着せらんねえよ。
「いえ、恥ずかしがっている場合ではありませんね。アヤトさんのご意思を尊重します」
「だーっ! 待った! 待ってくださいって!」
確か新品の半袖短パンが1枚ずつあったはずだ。ゲームとコラボしてたから買ったやつ。メンズだし少しサイズもデカめだが、まあ我慢してもらうしかない。
色も黒っぽいから透けとかも大丈夫だろ。多分。
「臭いとか気になったらアレなんですけど。良ければこれに着替えてください」
大袈裟に感謝するレルアさんを風呂場に追いやって、俺もささっと着替える。上なんてタンクトップの肌着1枚だったからな。下は一応ズボンまで履いてはいた。ジャージだったが……し、仕方ないだろ。普段は1人なんだから。
少ししてレルアさんが出てきた。コラボシャツは思ったより似合ってて(というか多分このタイプは何着ても似合うな)、でもちょっと布が薄すぎるような気がして心配になる。やっぱ1枚なんか羽織らせるべきか。でもクソ暑いしな。ただこの白肌を日焼けさせるのは罪だろ。日焼け止めなんて持ってないし、当然日傘もない。
……なるべく日陰を歩いてくしかないか。記憶が確かなら、駅前の某バーガーチェーンまではほとんど日に当たらずに行ける。
「じゃ、行きましょう。俺に着いてきてください」
手持ち扇風機をレルアさんに持たせて準備完了。灼熱地獄へいざ行かん。




