231 天穿
「り、リョーガ……リョーガ? ねえ? 返事、してよ?」
シエルは断面に手を翳して治癒を試みてはいるが、案の定だめだ。出血は止まらないし、下半身が再生していく様子もない。
リョーガの方は懸命に口を動かすが、そこから流れ出るのは空気のみ。伸ばした手も最早動かない。もう永くないのは火を見るより明らかってやつだ。
「あ、ら、ラビさん! どうかリョーガを助けてください! お願いします!」
「……ごめんなさいね、シエルさん。そんなに魔力を使えるほどの余裕は、アタシにもないの」
「……そう、ですか」
項垂れるシエル。その様子を見てマコトが口を開く。
「シエル、もう一度だけ聞くよ」
「黙ってよ! 聞きたくもない!」
「もう目も覚めた頃だよね。龍牙は死んだ。このままだと君も死ぬ。彼だって、君が生きていた方が嬉しいはずだ 」
「――聖雷!」
シエルの放ったそれは、マコトの手の一振りで軽く打ち消される。
「交渉決裂か。本当に残念だ。本当に」
「――殺す!」
涙を堪えて、歯を食いしばって、リョーガの遺した剣を片手に駆け出す。
「殺す、か。変わっちゃったね、シエル」
対するマコトは余裕の表情だ。
「神術に抗う術はない。それで満足なら、もう言うこともないけど」
シエルのものと似た剣を作り出し、斬撃を受けるマコト。
「このっ……」
「無駄だよ。創造で強化魔術も入れておいたんだ。君じゃ敵わない」
言葉通り、シエルの剣は押し返され、その体ごと弾き飛ばされた。
「――創造・土鎖。じゃ、さよならだ」
再び立ち上がるシエルを、容赦なく地面に縛り付ける鎖。シエルは鎖から離れるのは諦めたようで、両手を突き出し、叫んだ。
「大聖――」
「――天穿」
だが遅い。魔力不足がその遅延を招いた。シエルは縛られた姿のまま、動けずに消滅した。
本当にあっさりと。剣も服も全部。
――と、階層全体に結界が展開された。シエルの術か、と思ったが違うな。この結界は見たことがある。……アルデムが最期に使った、あれか。
「まだ何かあるのか。何をしても結果は変わらないのに」
「やっと準備が整ったのよ。アナタを殺す、ね」
「言うね。でも僕は死なない。龍牙の死んだ今、創造魔法は全て僕のものだ」
「シルヴァ! ラティス! 助かったわ!」
ラビの周囲の素因がとてつもない勢いで振動を始める。
「最後の足掻きか。下手に殺して暴発されても面倒だし、天穿の形を変えてみようかな」
「マコト! 私を守れ!」
「いや、その必要はないよ。残った半分が僕のものになるだけだし、却って都合がいい」
「貴様……!」
遂に''強欲''のことまで裏切るってわけか。もうめちゃくちゃだぞこいつ。
(それじゃあマスターさん、後はお願いね)
(あ、おい……)
向こう側から念話を切られる感覚。薄々分かってはいるが、あまり信じたくはない。
「リフェア、愛してるわ――」
ラビの周りが明るく照らされる。と同時に、
「――消し飛べ」
バン、と耳元で巨大クラッカーを鳴らされたような音と共に停電……いや電気じゃない……多分素因のあれこれがおかしくなった影響だな。辺り一面真っ暗で、これ復旧ってどうすりゃいいんだ、とか思ってる間に光が戻る。途切れていた映像も再び流れ始めた。
立っていたのは、マコト。
ラビの姿は、なかった。
「ふう。……ふふ、はははは! 凄い、凄いぞ、この力は! 龍牙は下手だった。何だってできるのに、発想次第であんなにつまらない術にもなってしまう!」
アナウンスがあったかは覚えてないが、ラビの魔力は感じない。つまりは、そういうことなんだろう。
「僕が持って正解だった。――創造・擬似蘇生」
魔法陣が地面いっぱいに広がる。それは一度赤く光ると、魔力を中央に糸のように伸ばし、流して、素因に人型を紡がせた。
「まずはシエル」
言葉通り、人型はシエルになった。目を閉じて動かないが、少なくとも見た目はそっくりそのまま、さっき消滅したシエルだ。手品でどこかに隠しておいたって言われても信じるくらいには。
「次に、エリッツさん」
シエルの隣に出てきたのは知らない女性。 薄桃色の髪と利発そうな目元に、以前会ったセシリアを思い出す。こっちも目を閉じてはいるが、シエルと同じで生身の存在に見える。
「……とりあえずは、ここまで。思った以上に消費魔力が多いね」
マコトは額の汗を拭うと、二人の正面に回り、肩に手を置いた。
「二人とも、おはよう」
「わわ、マコト! ボク寝ちゃってた?」
「はは、大丈夫だよシエル。 休憩中だしね」
「ん……まーくん? ここは?」
「魔王城、みたいなとこかな。最奥に魔王がいる」
魔王、と聞いてエリッツの雰囲気が変わる。
「……魔王」
「今度こそ決着を付けよう。力を貸してくれるよね」
「勿論。絶対に倒そう?」
じゃあそろそろ出発しようか、と歩き始める一行。違和感が山ほどあるが、蘇生時に何かいじったか?
「なあリフィスト……」
――ああ、いないんだった。
リフィストだけじゃない。ラビもやられちまったんだ。ちょっとシャレにならんぜこれは。
* * *
「負けたらダメじゃない、ラフィリア」
「ごめんなさいね、リリアナ」
「まあいいわ、私の遺言を守ってくれたのでしょう? それならあまり怒るわけにもいかない……でもまさか、一人で行くとは思わなかったわ。あの貴方がね」
「もう昔みたいに遊ぶほどの元気はないわ。それに、彼女の周りは皆彼女の大事な人だった。だからこそ、上手く勇者を利用したのだけれど」
「そう、大事な人……貴方も、その中に入っていたんじゃない?」
「それは仕方ないわ。アタシは一人なんだもの。それに……」
「ええ、あの子は私みたいに孤独じゃない」
「そういうコト。少し疲れたわ、眠ってもいいかしら? 久々に、アナタの隣で」
「ええ――ゆっくりお休みなさい」




