171 イデーロ
「えーと、エフィで良かったか? 戦うのは得意?」
「得意ですよぅ! エフィは見習いの中では一番の力持ちなんですぅ!」
この細腕に細足だ。とてもそうは見えないが、これだけ自信たっぷりに言うならそうなんだろう。レルアもこんな感じの体型で訳分からんくらい強いし。
「……よし、じゃあ少し俺と力試しをしよう。腕相撲は知ってるか?」
「えと、知らないですぅ」
「まあルールは簡単だ、この机だと少し低いな……俺の部屋のやつにしよう」
移動しがてらルールを説明する。と言っても肘を立てて手を握り合って、あとは互いに全力で倒し合うだけ。何も難しいことはない。
「よーしいくぜ。本気で来いよ!」
「本気! 本気でございますかぁ! それなら頑張っちゃいますよぅ!」
「カウント開始、3、2、1――」
0、と言った瞬間に轟音。俺の下半身は腕を軸にして宙に浮き、机は大破、そして激痛。
「っ! ……!?」
あまりにも痛すぎる。痛すぎて声が出ねえ。右肩から先がすっ飛んだって言われても信じる。
「ひ――時遡!」
恐らくただの骨折だ、治すのは難しくなかったが、マジで死ぬかと思った。アヤトと戦ってるときと違って心構えができてないんだ。
「ありゃりゃ、やりすぎちゃいましたぁ。ダメですよぅ、天使に軽々しく本気とか言っちゃぁ」
これで見習いかよ。やべーよ。てか仮にも君の主の主だぞ俺は。いやそれに関しては不用意に本気出せっつった俺が悪いか……。
「ま、まあエフィの実力は分かった。んじゃ改めて聞くが、地下80階のボスをやってくれるか? 今みたいに全力でやってもいいし、テキトーにやられてもいい。探索者が来るまでは別に地下80階にいる必要もない。どうだ?」
「ええ勿論やりますやらせていただきますぅ! 本気、出してもいいんですよねぇ?」
「悪くはない……が……程々にしてくれると助かる」
エフィは満面の笑みで、首を縦にブンブン振ってみせる。
「了解ですぅ! クビにならないように頑張りますぅ!」
「ああ、よろしく頼む」
謎の不安があるが、まあ大丈夫だろう。見習いとはいえ天使だし。そもそも地下80階まで一般探索者が来るのなんてまだ先の話だ。
エフィはスキップしながら転移門を踏んで消えていった。急に静かになったな。
さて……次は後回しにしてたシステム関連に手を付けていくか。待ちに待ったコマンドの実装だ。
*
――で、多分2週間くらい経った。今のところ特に何か異常が起こるってことはない。
一応大罪の警戒はしてるが、もう不気味なくらい平和だ。エフィも問題とか起こしてないしな。最近はカインと模擬戦やったり、リフェアと遊んだりしてるらしい。
むしろそうだな、俺の作業がなぜか進まなすぎるってのが問題だ。即死コマンドを作ろうとしたはいいものの、さっぱりやる気が出ない。
即死コマンドってのは、文字通り使えば即死するコマンドだ。勿論自分に対してしか使えない。低階層でも、運が悪いと長い間苦しみ続けることになったりするからな。評判が悪い罠なんかも大量にあるが、そういうのを全部消しても面白くない。そこでこいつを考え付いたってわけだ。
ちなみにこのコマンド、痛みもなく一瞬でリスポーンする代わりに、所持アイテムと所持エルの3割をロストする。最初はノーリスクで発動可能にしてたが、仮実装段階で悪用されたんだよな。例えば、長い毒霧の先の宝箱を簡単に開けられる、とか。
そう、仮実装まではできたんだ。正直あと一歩だと思う。所持アイテムも所持エルも、システムで一括管理してるからそこの紐付けは問題ない。大掛かりってわけじゃないし、面倒でもないはずだ。
絶対に必要な機能ではある。それは分かってる。それでもいざモニタに向かおうと思うと……なんだか無性にサボりたくなる。
「よう、お疲れさん!」
「おーっす」
コーラの差し入れに来たのはイデーロ。俺の作業が進まないときは、こうやって話を聞きに来てくれる。
「どうしたよ、あんま進んでないって顔だぜ」
「ああその通りだ。どうにも調子悪くてな」
ここ数日はずっとこんな調子だ。迷宮造りに飽きたとは思いたくない……ってか、飽きるはずがない。
「気分転換に外の空気でも吸ってみるか? 南区に新しく入ったパン屋、結構美味いって評判だぜ」
「……そうだな、行くか!」
「行こう行こう、今日は俺の奢りだ!」
久々の外出だ。前回は居住区の視察だったか。南区の飲食街はあまり来る機会がなかった。
ルドゥード屋のおっさん用のスペースはずっと開けてある。病気でも怪我でも、早く良くなってくれるのを祈るばかりだ。専門店じゃないとこのルドゥードも一度食べたが、やっぱり味はかなり落ちた。
「おっと、結構並んでるか」
「大丈夫、実は俺ここの店主とも友達なんだ。裏から行って直接買ってくるぜ」
「マジか、顔が広いな」
イデーロの顔の広さには驚かされる。前もどこだかの新商品を貰ってきたりした。スープカレーっぽい何かだったが、あれもなかなかに美味かったな。
「ほらよ、店一番人気を買ってきたぜ」
「ありがとな、早速いただくとするか」
渡された包みを開けると、甘い匂いが広がった。いただきます。
一口目、しっとりした生地の中から、舌触り滑らかなクリームが溢れ出す。生クリームやカスタードとは少し違うな。あまりクドくなくていい感じだ。二口目、甘さの中にうっすらリンゴみたいな酸味を感じる。生地に細かくなった果物が練り込まれてるらしい。三口目、シナモンっぽい香りがする。さすが香辛料栽培が盛んなだけある。
……あっという間に一個食べ終わっちまった。もっと食べたい。
「なあ、もう一個買いに行かないか?」
「いいぜ、じゃあ次は二番人気にするか――」
と、横の通りにアイラが見えた。どうせならあいつも誘うか。
「おーい――」
「待て待て! サボりなんだし見つかるのはまずいだろ。アイラだって見回り中だし、邪魔するのもな」
「それも……そうか?」
言われてみればそんな気もしてきた。皆に仕事振って俺だけサボってるってことだしな。
「……マスター?」
「やべ、おい逃げるぞ相棒!」
「お、おう!」
ノリで逃げてきちまったが別に逃げることはないような。まあいいか。




