106 魔術少年☆レイ
「慈悲深き我らが天使リフィストよ、汝が僕、アレン・フィルスティアが願う! 我が傷を癒せ――治癒!」
驚いた、自分で治癒するのか。ラーさんがやってた回復役と補助役を、アレンとアリシアの二人で分担したってわけだな。
というか詠唱でリフィストに願ってるの効果あるのか? 言っちゃ悪いがあいつ菓子食って遊んでるだけだぞ。それとも貯まってる信仰ポイントみたいなのを消費して回復してるとか?
それなら信仰が足りなかったらしいな。傷は一向に塞がる様子がないし、出血も止まりそうにない。
……いや、明らかにおかしい。止まるどころかさっきより酷くなってる気がするぞ。もしや毒か? 流石に毒の進化までは把握してないが、そういう種類の毒があってもおかしくはない。
「なんでだ、クソっ! なんで血が止まらねえんだ!」
いつの間にか、アレンが座ってるあたりは一面真っ赤になってた。殺人現場もかくやって感じの血の海だ。
「治癒と再生の三精霊よ、我が祈りを聞き届けたまえ! 汝らが加護で我が異常を除け! ――浄化!」
おいおい、浄化も使えるってお前マジか。回復できるタンクと補助できる遠距離物理アタッカー、そこに純火力の遠隔魔術アタッカーって割と悪くない編成してるな。
「よし……止まった! あとはもう一回治癒して…………あ?」
アレンは力が入らない様子で壁にもたれかかる。まぁ魔力切れってやつだろ。元々魔術なんて縁がなさそうなタイプだったし。
それに、出血しすぎだ。普通に貧血気味な気もする。これはすぐ前線復帰は無理だな。
すぐっていうかしばらく無理かもしれん。こういうときのための鉄分サプリでも売り出すか?
そもそも、殺したら死体が消えるって時点で食料の確保が難しいんだよな。迷宮内のあちこちに食料だけ買える端末でも設置するか……でもヌルゲーになりそうだしなぁ。基本それは10階ごとって決めてんだ。実質的な時間制限の意味も込めてな。
ヘイシステム、なんか飲んだらガンガン血が増えるような薬とかないの?
『瞬間増血剤(五粒):1,000DP』
あった。聞いたら大抵あるけどやっぱり君はドラ〇もんなのか?
それはともかく、瞬間増血剤は一回五粒で1,000DP――結構高めの値段設定だ。
ポーション類が一瓶200DPだからその五倍か。1,000エルともなるとやっぱり深層用・緊急用の薬になりそうだな。
試しに十セットほど仕入れて薬屋に並べといてみよう。今ポーションとマナポーションくらいしかなくて寂しいしな。それでも客は来るわけだが。
「アレン!?」
お、アリシアがアレンのとこまで走ってきた。ってことは片付いたのか。
……いや。どうやらレイが一人で戦ってるらしい。遠隔魔術アタッカーだろあいつ。まぁ遠隔なのはアリシアも同じか。と考えると、このパーティはアレンが落ちたとき苦しいな。
タンクがヒーラーを兼ねてるってのが非常にまずい。敵のヘイトを一身に集めつつ回復、なんてできるわけないし。
「――っ、これ以上は……厳しいか……」
レイの方はかなり追い込まれてる。カクタスだけならすぐ燃えるから楽だが、スコルピオは甲殻のせいでどうにも燃えにくいらしい。
近くまで潜り込まれたスコルピオには刀で応戦、だがそれも限界がある。そもそもアレンで刃が通らないわけだし、刃の温度を上げて溶かそうにも次々襲ってくる敵に邪魔される。
「仕方ない、いいだろう。ここで終わるよりはマシだ……お前に従ってやるよ、ラステラ!」
レイが刀を天に向ける――直後、その体は炎の渦に包まれた。
少しして渦が消えると、レイは…………レイ? ……いや、誰?
さっきまで茶色かった髪は赤く、だがカインみたいなDQN的な派手な赤さじゃなくてもっと上品な赤色……上品っていうとちょっと違うか? 血の色――血は血でも黒ずむ前の色だ。ドス黒くはないが派手でもない、けど鮮やかな赤って感じ。
って細かいことはいい。とにかくそういう髪色に変わってるししかもめっちゃ伸びてる。さっきまで短髪だったのに今じゃ腰上くらいまであるぞ。成長期か?
服は同じだが何から何までレイっぽさがない、っつーか今気づいたがかなりの魔力量だこれ。パワー全開で魔力放出してる感じ。画面越しでも空気中の素因の震えがわかるレベルだ。これもう別人だぜ。プリ〇ュアで言えばメタモルフォーゼってやつ?
変身中は殴りかからないのがお約束だが、今回の場合は殴りかかったら溶けてたな。多分本家もそういう理屈なんだろ。寄ったら溶けて死ぬくらいの高エネルギー反応なんだよ。
「あは、あははは! 何、あんなに嫌がってたのに全部明け渡すってワケ? ま、私は全然構わないんですケド!」
おっと声も違けりゃ喋り方も違うぜ。多分性別も違う。別人確定だな。考えられるのは……まぁ……大罪くらいか。
「ふーん、期限付きってワケね。ほんと貧弱な器、出来損ないにも程があるわ」
むしろそんだけ派手に変身して無事なことに驚いてるよ。そいつ一応ゴーストなんだぜ? どういう仕組みなのかはわからんが……魔力タンクぶっ壊しでもしたら、多分その時点でお陀仏だぞ。
「でも今回は許してあげる。アンタが全然使わないせいで、魔力だけは腐るほどあるの。これでひと暴れしてやるわ!」
少女は右腕を前に突き出すと、周囲の炎を掌の一点に押し込むように集めていく。嫌な予感がする。これはアレだ。リフェアが影の洪水で攻めてきたときと同じタイプの冷や汗だ。
「いっくわよ――消し飛べ!」
……例えるなら、終末。
巨大な光線による暴力が過ぎ去ったあと、魔物は勿論、砂山もオアシスも、その全てが消え失せた。
少女から向こうに残るのは、黒焦げた地面と――あとは前の階への階段だけ。舞い上がった粉塵で天候が変わってる。
ヤバい。これはちょっとヤバいぞ。ぶっちゃけ全層通用するバージョンのお頭インパクトだし。どれだけ自動修復が有能でもキツい。
「あれ? ちょっと、こんなので限界!? ありえないんですケド!」
おいおい自分の腕まで丸焦げじゃねえか。どうすんだそれ。アレンの治癒じゃ治らない気がする。
「何よ! そんな怒ることないじゃない、治せばいいんでしょ――ほら!」
って、一撫でで元通りってそんなわけあるかよ。火傷じゃなくて真っ黒に焦げてたはずだが。どういうマジックなんだそれ。教えてくれ。お前もしかして治癒の女神とか兼ねてるのか?
「今ので流石の私もちょっと疲れたんですケド。仕方ないから、アンタに返してあげる」
少女がそう言い終わるが早いか、今度は逆メタモルフォーゼ。全身が白く光り輝いて変身解除、数秒後には元のレイがその場に立っていた。もちろん傷一つない右腕付きだ。
「レイ! ……これは!?」
「ああ、その……うん。俺がやった……ことになる。多分」
アレンとアリシアは、文字通り死の大地となった砂漠を見て愕然とする。
「あー……何があった? っつーかどうやったんだ?」
「詳しいことはまだ話せない、というか実は俺もよくわかってないんだ。この力も自由に使えるわけじゃないし、ここから先は更に用心して行こう」
ここまでやっても大罪のことは明かさないのか。もう半分バレてる気もするけどな。とりあえず、全部吹っ飛んで終わることはなさそうで良かった。




