希望
茶色い髪の少年は森林を一人で歩いていた。
樹木が生い茂っており、日の光を遮って仄暗い空間を作り出している。
その様子は『樹海』と呼ばれるに相応しかった。
少年、ヤガミハルトはとぼとぼ歩く。
彼の顔には自信に満ち溢れた表情は消えていた。
歩みは小さく、視線も徐々に下の方へと向いていた。
「流石にあんな戦いをした後だと疲れるな……」
ハルトは自分が起こした行動を振り返る。
正しいことをしたはずなのに引っかかりを覚えた。
自分の正当性を確固なものにしなければ気が済まず、自分の行動で何が正しかったのかを考える。
まず、脱獄したことは正しいのか?
何もしていないのに勝手に監禁され、極悪非道の拷問を受けたのだ。脱獄したことは間違っていない。
ハルトは次に皆殺ししたことについて考える。
ギャレックとロック殺されてしかるべき人間だ。
衛兵や、囚人たちもハルトを殺しにきたのだから自業自得だ。
何も悪くない。
そういう結論に行き着いた。
不意に違和感に気づく。
「あれ……? でも衛兵は悪いことはしたのか? ただ仕事として僕に敵対行動をしたんじゃ……」
ハルトはまた引っかかりを覚えたが、すぐ否定した。
「それはあいつらが弱者なのが悪い。弱者は強者に対して抵抗は許されない。選ぶ権利を持っているのは強者であるこの僕だ」
ハルトは邪悪な笑みを浮かべた。
が、自分を一方的に痛めつけるロックが頭に浮かぶ。
初めてハルトは気づく。
「それじゃあ、僕はロックと一緒じゃないか……!」
遥人は自分とロックのやったことを照らし合わせると背筋が凍りつく。
「あれ……?」
遥人は違和感に気づく。
迫りくる罪悪感や恐怖によるものではなかった。
遥人には身体の震えも、嘔吐すらしない。”拒否反応„が起きないのだ。
たくさんの人を殺したことによる恐怖と罪悪感。
変化があったのは”ただ„それだけだった。
「た、確かにやった記憶もある。この身体だって人を殺した感覚を鮮明に覚えている。でもなんで、なんで」
遥人は涙を流し崩れ落ちる。
「後悔してないんだ……」
少年は初めて自分が普通ではなくなってしまったことに気づく。
彼が求めた”非日常„とは”明晰夢„とはなんなのか。
「大事なものは失って気づく」。腐るほど聞いた言葉だが今、遥人は強く実感した。
人間を殺すことに躊躇をなくした鬼畜になってしまった自分に涙を流す。
黒髪の少年は木々生い茂る樹海に一人うずくまる。
樹木の隙間から一筋の茜色い陽光が注がれ、 照らされたその背中は小さく弱弱しかった。
◇
遥人は目を覚ます。
すでに日は暮れ、辺りは暗やみで支配されていた。
「そうか……あのまま寝ちゃったのか」
遥人は静かにそう呟く。
寝たことで冷静になったのか彼の内は落ち着いていた。
牢獄の惨劇を起こしたのは紛れなく自分だ。しかし、仕方なかったのだ。そうだ。生きるためには殺すしかなかった。さらに全てが非日常で混乱していたから仕方ない。後悔していないのも当然だ。
「郷に入れば郷に従え」ともいう。逆にこの殺伐とした世界に早く慣れたことは自分にとってよかったかもしれない。
自分にそう言い聞かせると、遥人は立ち上がり走り出す。
脚力だけで走るそのスピードは能力を使っているときに比べれば大きく劣るがそれでも常人を超えていた。
遥人は驚かない。
彼は知っていたからだ。
なぜ能力を使っていないのに速く走れるのか。
もちろん能力自体のことも。
いつ、どうやって知ったのかは彼にも分からない。
力を持った瞬間頭で理解したとしか説明出来なかった。
”血を操る能力„厳密には違う。
”特別に変化させた自分の血を操る能力„。
それが本当の能力だ。
変化した血はとてつもない性能を秘めていた。
大きく分けて三つある。
一つ目は自分の受けた傷を瞬時に治すことが出来ることだ。
回復力は凄まじく遥人の四肢を完全に再生させてしまうほどである。
二つ目は相手の血を支配出来ることだ。
相手の体内の血に遥人の血または身体が触れることで支配できる。
これが遥人のなかで一番脅威かもしれない。
なにせ、血が流れている生き物ならかすり傷を受けただけで死に至るのだ。
それはどんな強者でも傷を負えば死を避けられない。
三つ目は物を強化できることだ。
例えば、簡単に折れそうな小枝を血で包むと強度は極端に上がり簡単に折れなくなったり本気で投げれば木の幹を貫通させるほど強化することが可能だ。
自身の身体にもそれは使える。
筋肉、神経、脳。
全ての器官を強化し、人並み外れた身体能力と知能を得るのだ。
しかし、この効果は能力が切れた後も副産物として元の身体能力と知能が上がりそれは常人を超える。
遥人は走りながら周りを確認する。
「にしても生物の気配がまるでないな……まぁ、敵がいないにこしたことないけどな」
走り始めて随分と時間がたったが一切スピードが落ちない。
改めて自分の高い身体能力を実感しつつ、樹木が密集している中でも前へ進む。
「もうすぐ抜けそうだな」
遥人はひらけた場所を前方に見つけると、地を蹴る足に力を入れる。
目標の場所までいくと草原に出た。周囲を眺めても草原しかない。あるのは背後の樹海だけだ。
遠くに街の光が見える景色を想像していた遥人は思わずため息をつきながら座り込んでしまう。
「そんな上手くいくとは思わなかったけど……本当にここはどこなんだ? 明晰夢なら目の前に希望の光を見せてくれよ」
まだ明晰夢である希望を捨てることが出来ない遥人だが、もちろんなにも変化は起きない。
脱力したように後ろに倒れ込む。
眼前には夜空が広がる。美しいかった。
空には数え切れないほどの星が互いに自己表現しているかのようにきらびやかに光を放っていた。 赤や、青、緑とその星たちはそれぞれ個性を惜しみなく表現している。まるで、各々の星が自分が一番美しいといわんばかりに。
「綺麗だ」
遥人は思わずその美しい夜空に見とれてしまう。
「夜空を見るなんていつぶりだろ。こんな綺麗だったけ。夜空」
夜空に輝く星は数えきれない。一つ一つの星はここから見れば小さく見えるが実際はとてつもない大きさになる。恐らくこの世界も夜空に輝く星と比べたらとてつもなく小さいものなんだろう。
遥人は何か頬に熱いものを感じ手で触った。
正体に気づくと小さく笑う。
「一日で何回泣けば気が済むんだよ。泣き虫か俺は」
目を閉じ決意を固める。遥人が生きる世界は星たちと比べると小さい。そんな世界で過去にいつまでも縛られても仕方ない。自分は”今„を行きているんだから。
遥人は力強く開けると立ち上がる。
「よっしゃ!いくか」
遥人はまた走り始める。
彼が出来ることは”今„を走り続けること。それだけだ。
遅れて申し訳ありませんでした......
今回で一章は終わりになります。
第二章からもよろしくお願いします!
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