決闘
「四方を血で完全に囲むとは随分と洒落た登場だね」
ギャレックは目の前に立つ少年に笑顔を向けると一呼吸置いて「だが」と続ける。
「まだ足りない。もっと強く。もっと凶悪でなくては」
ギャレックの眼には前回立ち去った時と同様の狂気が渦巻いていた。
だが、彼は変わった。
ハルトは物怖じせずにニヤリと笑う。
「なら教えてくれよ。その足りないものってやつを……!」
ハルトが呟いた瞬間、四方の血が一斉にギャレックを襲う。
血はギャレックを押しつぶすように迫りハルトから完全に姿が見えなくなる。
「くっ……」
突然築かれた朱殷の壁が消えると暖かな温もりと共に陽光がハルトの目に突き刺さり、思わず目を細めてしまう。
ハルトはこの世界に来て初めて太陽を感じた。
久しぶりの太陽を直視する。
日頃は気づかないが、久しぶりに日を浴びると太陽の偉大さが分かる。しかし、心なしか太陽が以前より遠く感じた。
「この程度かい?」
声と同時にハルトに見えない衝撃が走る。
衝撃は凄まじくハルトは廊下の壁突き抜け更に奥の部屋まで吹き飛ばされてしまった。
ハルトはすかさず立ち上がると太刀を創り出しギャレックの方へと向かう。
「ほお。やるね」
「それはどうも」
ハルトはギャレックに近づくと雷鳴の如く斬りつける。
ギャレックはハルトの速攻に動作が一歩遅れる。
ハルトは勝ち誇ったように笑みを浮かべるとその一撃に全神経を集中させる。
しかし、太刀の刃が触れる寸前に避けられてしまう。
ハルトは驚愕の表情を見せるが、直ぐに表情を元に戻すと、続けて斬撃を放つ。
が、当たらない。スピードは完全にハルトが勝っている。しかしギャレックはそれを感じさせない。
ハルトは攻撃を中断すると後退する。
「賢明な判断だ。さて、次はどう対処する?」
ギャレック言葉に返答をするかのようにハルトは赤黒い魔力を身に纏う。
「簡単なことだ。あんたが反応出来ない速さで斬ればいい」
「大胆なことをいうね」
ハルトは斬りかかる。
展開は先程と同じシチュエーションで進んだが攻撃を避けるギャレックの顔には余裕が無くなっていた。
遂に太刀はギャレックの喉笛を捉える。
これにはギャレックも避けるのを諦めたのか、両腕でカードの姿勢を取った。
ハルトはそんなことはお構いなしに斬りつける。
だが、腕に当たる前に何かとぶつかり合ったような音が鳴った。
それはただ斬撃を受け止めるだけでは飽き足らず、押し返そうとしてくる。
「そんなもので僕の攻撃を止められると思ってるの?」
ハルトは体重を前にかける。
すると太刀が真紅に輝く。
急激に圧力が増した太刀に見えない何かは徐々に押され始めた。
「知っていたよ。君がそうしてくることは」
ギャレックは不気味に口元を上げて笑うと、瞬時に魔力を纏い、踵から滑るように仰向けで倒れ込む。
ハルトは全体重を前に掛けていたためすぐに反応出来ない。
「ぐふっっ」
ハルトはギャレックの見えない攻撃を至近距離で受けると、空中に舞い上がり、地面に激突する。
彼は身体の傷が回復すると立ち上がる。
「本当にその能力は万能だね。君のそういう所は凶悪だ」
「あんたの能力読めたよ……”二つ持ち„だろ?」
「根拠は?」
「とぼけるなよ」
ハルトはにらめつけるが、表情を変えないギャレックを見るとため息をつく。
「最初は一つの能力だという前提で考えていたが共通性に欠けて見当がつかなかった。でも、能力が二つあると考えたら辻褄が合うんだよ。一つ目の能力は”感知出来ない衝撃波„を放つ能力。これは触覚以外では感知出来ない。五感が強化された僕でも攻撃されて初めて気づいた。恐ろしい能力だ」
「君が思っている以上に凄い威力の衝撃波なんだけどね。あれを生身で受けれる存在は少ないよ。そんな攻撃を君は二度も受けたのにこうやって立っている。異常なことだ」
ギャレックはハルトに賞賛の言葉を送った。
「それより問題は二つ目の能力のほうだ。最初は“動きを先読みする能力”だと考えていた。圧倒的スピード差があるのに避けることが出来たのは僕の動きを能力で心を読んで先読みしていると。だが、それだけじゃ心を読んでいると断定するのは難しかった。決定的になったのはさっき僕に攻撃をする前にいった言葉だ。“動きを先読みする能力”であれば『読んでいた』というはずだ」
ハルトは少し間を開け、続ける
「が、違った。あんたは『知ってたよ』といった。ここで確信したよ。あんたの能力は”テレパシー„だ。それが分かればあれほどの囚人が僕の存在を知っていたのも頷ける。その能力は心を読むだけじゃなく、相手にも自分の心。つまり考えを送れるんだろ? 監獄長に任命される男ならそれぐらいは可能だろう」
「能力だけではなく君自身も優秀のようだね」
ギャレックは感心したような顔をハルトに向ける。
「あんたの部下も相当優秀だよ。この太刀の発想もロックから貰ったものだ」
「そうなのか。私の部下は優秀なことだけが取り柄でね」
「そんな優秀な部下たちにもう一つ教えてもらったことがある。魔力自体には殺傷力は無い。だが、魔力を”器„として形にし、その中に僕の血を入れるとどうなると思う?」
ハルトの周りに赤黒い球体が数え切れないほど現れる。
そこに大量の血が注がれる。
赤黒い“入れ物”は禍々しい朱殷の輝きを放ち大きく成長する。
「その”器„は、姿を変えて”破壊兵器„へと変貌する」
「なるほど。数で攻めようってことか。見せてもらおうか。強さと凶悪さを……」
”破壊兵器„は標的に襲いかかる。
ギャレックはハルトの心を読んで躱す。
その威力は獄長室付近の部屋巻き込み爆発を起こす。
「一個でこの威力とは……魔力を纏っても死んでしまうな」
ギャレックは冷静さを保ったまま監獄の屋根に飛び移り朱殷の魔力弾を避け続ける。
「流石にこの数と規模は避けるだけじゃ無理だね。ハルト君、魔力強化が君の専売特許ではないことを教えてあげよう」
ギャレックは避けられない魔力弾に魔力強化をした衝撃波を放つ。
魔力弾はその強化された攻撃に相殺される。
ギャレックは襲いかかる魔力弾を避け、残った物を衝撃波で破壊していく。
いくら大量に創られたとはいえ、数に限りがある。
ギャレックの本気にいつしか魔弾の猛攻は収まった。
「ふぅ……これで全部かな。次はどんな手で……」
ギャレックの言葉がつまり初めて驚愕した表情を見せた。
「な、なぜだ? 何が起きてる?」
ギャレックは初めて驚きの表情を浮かべる。
魔弾の攻撃を受けているときはハルトの考えがはっきりと読めた。
しかし、攻撃がやんでから一切読めなくなったのだ。
「終わりだ」
後ろから聞える声ともに朱殷の太刀はギャレクの心臓を貫いた。
「やるね。どうやったんだい……?」
「魔力を完全に消したんだよ。あんたは魔力を持つ者の心しか読めない。読めているなら最初会った時に質問する必要がなかったはず。あんたは魔力弾に関することしか読み取らなかった。あんたが冷静に考えていればいくら僕が魔力弾の方に意識を向けさせようとしても僕のその魂胆に気付けたはずだ。あんたはその慢心で能力の穴に気づかなかったんだよ」
「あはははは……合格だ」
「合格だと?」
「ああ。今は分からないだろうがいつかは分かる」
「どういうことだ!?」
「あぁ……これで私の役目は終わった。もう生きている意味はない」
ギャレックはハルトの質問に反応せず眼をつむる。
それと同時に白い光が空からギャレックに降り注ぐ。
謎の光に少しづつ身体が溶け込んでいく。
「待って。まだお前には聞きたいことがあるっっ!」
ギャレックは消えゆく身体で膝をつけ天に祈る。
「神に……祝福を……」
その顔は安らかに笑っていた。
◇
ギャレックが消えた場所をハルトは眺めていた。
「ギャレックの目的は帝国への反逆じゃなかったんですか?」
「私も本人にからそう聞いていました。私自身も驚いています」
ハルトの問いに、後ろにいる男は返答する。
「あなたはやつの真の目的はなんだと考えますか?」
クレールは眼鏡をくいっと上げる。
「私には全く検討もつきません。ですが、大きな力が関わっていると考えます」
「大きな力?」
「はい。それが王国なのか、帝国なのか。あるいは……」
クレールは自分が最後に考えたのがよほどおかしかったのか小さく笑った。
「あるいはなんですか?」
「いや、答えるほどのことでは……」
「あなたの命は僕が握っている。逆らったらあなたの仲間と同じようになりますよ」
ハルトは答えをはぐらかすクレールの首に血の太刀を突きつけた。
「本当にたいしたことじゃないんです。もしかしたら神かもと思っただけです。しかし、私は神は基本的には信じていません。あまり気にしないでください」
「ならいいです。他になにか僕に話すことはありますか?」
クレールは少し考えるように唇を噛む。
「しいてあるとしたらギャレックの真の能力と裏の動きですね」
「真の能力と裏の動き?」
「はい、”テレパシー„について魔力を持つ相手の考えを読む力と自分の考えを魔力を持つ相手に送れる力の二つをあげましたが、あの能力にはもう一つ出来ることがあります」
ハルトはクレールに咎めるようような視線を投げかける。彼は見逃さなかった。クレールの発言のほころびを。
「なぜ僕がギャレックに話した内容をその場にいなかったあなたが知っているんですか? 僕がギャレックと戦っているとき、あなたは離れた場所で隠れていたはずだ」
ハルトはクレールとの契約時に囚人たちを解放、自身を殺すように命令した後に牢獄の外で隠れておくように指示したのだ。
実際、ハルトがギャレックと戦っているときは近くにクレールはの魔力は感じなかった。
「そのことも含めて説明します。ハルトくんのいう二つ目の能力”テレパシー„は相手の考えと自分の考えを第三者に共有することも出来ます」
「ということはあんた……」
クレールのいう意味を理解したハルトからとてつもない殺気を彼に対してぶつける。
相手の考えと自分の考えを第三者に共有出来る。クレールがハルトとギャレックと話した内容を知っている。つまり、相手の考えと自分の考えを第三者に共有していたのだ。
「二重ではなく三重スパイだったとはな」
「待ってください! 殺す前に話を聞いてください! 話せばわかります! 」
今にもクレールを血の力で爆死させようとするハルトをクレールは殺気に当てられ手を震わせるながら声を張って止める。
必死になっているクレールの一つのセリフにハルトは既視感を覚えた。
すぐにハルトはその正体に気づく。
「五・一五事件」だ。
昨日まで高校生だったハルトは普通すぎる学校生活は嫌いだったが、唯一歴史の授業だけには興味を示していた。その授業の中、「五・一五事件」の授業を受けた。戦前の日本総理大臣、犬養毅が海軍の青年将校に暗殺された事件だ。そのとき「話せばわかる」と犬養首相はいったそうだが、問答無用で拳銃で撃たれて暗殺。当時、ハルトは撃つまえに話を聞いていれば彼は死ぬことがなかったのだろうか? と答えがない問いに自問自答していた。
ハルトは殺気を止め笑う
今まさにその将校側である自分が果たして話を聞いて結果が変わるのか。
「いいでしょう。話を聞きましょう」
自分が飲み込まれそうなほどの殺気が急に消えクレールは思わず尻餅をつく。
一瞬気を緩めるクレールだがすぐに自分がまだ審判されている身であることを思い出すと立ち上がった
「私の元にテレパシーでギャレックが接触してきたのはあなたに敗北してあなたが提案をした直後でした」
「それでなんと?」
「ギャレックはあなたの提案を受け入れること。私が帝国のスパイである事実を最初から知っていることを話されました。それ以外は私はなにもしていません」
「囚人たちを僕に差し向けたのは?」
「あれはギャレックが囚人たちにもテレパシーを送り指示をしたようです」
「なるほど。しかしギャレックの能力が相手の考えと自分の考えを第三者に共有するのであればあなたにも彼の目的がわかったはずではないんですか?」
「そこの調整は出来るようでギャレックの表層の考えはわかりませんでした」
ハルトはクレールの話を聞き終えると脱力したように座り込む。
「ギャレックの手のひらで踊らされていたってことか」
ハルトは朱殷の前髪を掻き上げる。戦いに勝ち、勝負に負けた。彼の心が晴れないのも仕方がない。
「それは私も同じことです。ここに副監獄長として配属されてから今日までスパイとばれた上に上手く利用されたのですから。自分がなにに利用されたのかもわからないまま」
「視察団はあとどれくらいで着きますか?」
「あと10分ほどで来るはずです」
「では、契約の物をお願いします」
クレールは立ち上がると懐から袋を取り出してハルトに差し伸べる。
ハルトは袋を受け取り、袋から垂れ下がっている長い二本の紐を自分腰に巻き結びつけた。
「見た目のサイズや重さからあまり入っていないように思うかもしれませんが、しばらく生きていけるほどは入っています。後で確認して見てください」
「ありがとうございます」
ハルトは立ち上がるとクレールに背を向ける。
「なら僕はもう出ます。あとは任せました。クレールさん例の件もよろしくお願いしますね」
「分かりました。その件もお任せください。しかしどこか行く当てがあるんですか?」
「それを探しにいくんですよ。今の僕には目指す物がありませんから」
ハルトは赤銅色の髪を揺らしてい樹海へと走っていく。いつしか密林の中へと消えていった。
「しかし、別人だ」
クレールはハルトの寂しい背中を見て思わず呟いてしまう。
特に戦闘時に彼が考えていたことを知る彼がハルトのギャップに困惑してまうのは仕方がない。
あんなに悲しそうな背中をした彼から誰しも想像出来ないだろう。
あんなに楽しそうに人を殺していた彼を。
読んでいただきありがとうございます。
HIGEKIです!
やっぱり戦闘シーンは難しいです......