開戦
遥人は自分から血の気が引いていくのがわかった。
まさかこんなタイミングで本人が現れるとは……
「こんばんは。こんな夜遅くどうしました? あっ……」
遥人は自分の過ちに気づくも遅かった。
アイリーンの眉がピクッと動く。
遥人は早くも地雷を踏んでしまったようだ。
「あなた、ローガンさんと同じで頭が堅いのね。敬語はやめなさい。何回もいわせないで」
「ごめんなさ……ごめん。これからは気をつけるから。とりあえずその物騒なものは納めて交遊を深めていこうよ。あはは……」
遥人は今自分が出せる最大の笑顔で青いドレスを着たアイリーンに交渉する。
「はぁ……」
アイリーンは大きくため息をつくと剣を降ろす。
遥人は「ため息をつきたいのはこっちのは方だ」っといいたい気持ちを抑えて精一杯の笑顔をキープすることに務めた。
「わかってくれてよかった」
「こっちのセリフよ。冒険者になってタメ口で話してくれたのはあなただけ。この国の人はわからず屋ばっか」
一国のお姫様に同じ冒険者だからって簡単にタメ口で話せる人間はいないだろう。ラシアニア帝国の歴史だけ見ても皇族の権力は強そうなのでなおさらだ。
「でもあんまり怒ってなくてよかった」
「怒る? 私は敬語使うなって釘は刺しはしたけど怒ってはいないわよ」
「え? でもあの領主の息子が挨拶してたときには随分不愛想だったけど」
「あれはただ領主の息子の態度が気に入らなかっただけよ。あの自分に酔いしれた感じがね」
思い返すと45点に声を掛けられる前までは不機嫌そうにしていなかった。
ただ、このお姫様が恐いのだけは間違っていなかったらしい。
「ところでこんな時間に一人で何してたの?」
「ただ静かな夜の街を眺めてただけだよ。好きなんだよね。闇の中で小さく光る街灯が。そして街灯が作り出す世界が。上手くいえないけど同じ街でも違う場所にいるみたいで好きなんだ」
「ロマンチストなのね」
「いや、そんな洒落たものじゃないよ。ただの見てるだけなんだから」
そう。遥人は重ねているだけだ。自分と。
「だったらなおさら油断しちゃだめよ。敵はいつ来るかわからないんだから。私が敵だったら死んでたわよ」
「そうだな。特に今回の敵は全貌がつかめてないし」
特にルノクはまだ底が見えない。ヴァローナ襲撃のときの最後の一太刀は、集中力が途切れていたとはいえ防ぐことが出来なかった。ネガシオンの力で魔力を纏ってどこまで対抗出来るのかわからない。
朝日が昇り始めヴァローナは徐々に光を取り戻していく。
「楽しかったわ。今日はありがとう」
アイリーンは立ち上がり遥人に手を差し伸べる。
「おう。俺も楽しかったよ」
遥人も立ち上がり差し伸べられた彼女の手を握った。
「じゃあ、またね」
「あぁ。また」
アイリーンは背を向け、帰路に着いた。
「あ......そういえばアイリーンこそなんでこんな時間に起きてたんだ?」
遥人の中で今更ながらそんな些細な疑問が生まれる。
「まぁいいか」
◇
次の日――
再び「ゴブリン討伐部隊」は冒険者ギルドの会議室に集まった。
ローガンは調査結果と作戦を告げる。
「ゴブリンたちの拠点を二か所見つけました。一つはヴァローナ東側にある洞穴。西側にある採掘場跡。今から二つのチームに分け作戦を実行します。東側の洞穴を私のパーティーと、ハロルド、ディランのパーティー。西側の採掘場跡にはアイリーン様とリアムのパーティーに向かってください。なにか緊急なことがあればギルドに連絡をお願いします」
ローガンは目を閉じ左胸に拳を当てる。
「皆にレホス様のご加護があらんことを……」
目を開けると拳を左胸から離した。
「では、チームごとに目的地に向かってください。解散!」
ローガンの解散宣言で人間とゴブリンの戦いの幕は切って落とされた。




