齟齬
リアムは目を覚ますと目の前に夜空が広がっていた。
「ここは……」
リアムは起き上がり周囲を見回す。周辺には草原が広がり、少し遠くに馬車が見えた。恐らくリアムたちの馬車だろう。
「そうだ。僕はルノクと……」
意識がはっきりしはじめ、リアムは記憶の整理がついてきた。
ルノクの身体を一時的に止め、リアムが最大級の雷弾を放ち彼は勝利を確信していた。
―― リアムは甘かった。
ルノクは黒い魔力を纏い彼をも覆う雷弾を切り裂いたのだ。
雷と魔力を身に纏ったことによるダメージが蓄積していたリアムはルノクの接近を許し彼の一振りを受け死んだ……はずだ。
死んだはずなのにリアムの身体には傷一つもない。
ルノクの一太刀が刻んだ深い斬り傷も姿形もなかった。
リアムは懸命に考える。自分の目的を忘れて。
全てが幻だったのか。否定する要素もないが、肯定する要素もない。幻ということはなさそうだ。
誰かが応急処置をしてくれたというのはどうだろうか。いや、ないだろう。この付近にあれほど深い傷を完治させる人物が偶然通りかかる可能性はゼロに近い。まず、今まで出会った中で大きな傷を短時間で治す人物には心当たりが……
「いや、ある」
少なくとも二人は。
一人はパーティーメンバーの八神遥人だ。だが、彼の可能性は低い。意識を失っていたこともあるが、そもそも自分以外の傷を治せるかわからないからだ。彼が治癒していく様子をリアムは見逃していた。
問題はもう一人の方だ。
実際に見たことがないが遥人の話す通りなら......
リアムは鞘から剣を抜く。
彼は左の人差し指を剣の刃に近づける。自分の仮説を否定することを願って。
「っっ」
人差し指から血が流れる。
血は人差し指をつたい、地面に落ちた。
そして……
―― 黒いエネルギーが傷から現れる。
傷口を包むと数秒すると溶けるようにリアムの指に溶けるように消えていった。
「はははは」
リアムは乾いた声で笑うと夜空を見上げる。
夜空は雲で隠れ、辛うじて三日月だけが彼を照らしていた。
◇
ドール村に残された二人はお互いの知っている情報を交換し合っていた。
「そうか。キッドさんたちが……」
遥人は下唇を噛む。自分がいたところでなにか出来たかは彼にもわからない。
ただ気を失ってなにも出来なかった自分が情けなかった。悔しかったのだ。
「ヤガミ、お前のところにリアムが来なかったか? お前を迎えに行くって出ていったきり戻ってこないんだ」
「いや、来ていない。だけど、俺が馬車の中で起きたときには外で二人の御者と二匹のゴブリンの死体が転がっていた。しかも、馬車の床が一部破損してたり地面が抉れてたりと戦った痕跡があった。リアムが”何者か„と戦った可能性が高いな」
遥人は考えるように下を向き顎に手を当てる。
”何者か„はルノクの可能性が高い。彼は去り際に「次こそお前を殺す」といった。次こそということは今回も遥人を殺そうとしたと考えられる。
部下を連れたルノクは意識を失った遥人を殺そうとしたが、寸前にリアムが邪魔して戦闘になった。
外にあった御者、ゴブリンの遺体も馬車の床の破損や、地面の抉れなどの状況証拠もこの仮説と一致する。
なら、今リアムはどこにいるのか? なぜルノクが遥人たちの前に現れたのか? それを考えると遥人の頭の中で悪い憶測が浮かんでしまう。
「オーフェン、俺はリアムを探してくる。ミアと三人を頼む」
「お、おう」
遥人はオーフェンに後を任せると、走り出す。
リアムがいるとするなら村の外。草原のどこかにいるはずだ。
「くそ、魔力が見えればすぐに……」
遥人は頭を振り、一瞬でも能力を使えば魔力が見えるのにと考えた自分を振り払う。
「能力は使わない。決めただろ」
自分に言い聞かせるように遥人は呟く。アルディエル牢獄から脱獄したときに決めたのだ。”能力は使わない„と。強大な力を引き換えに失うものが大きすぎる。
遥人は草原に出た。周囲を見渡しながら、気配を探る。短時間ので行われた戦闘ならそう遠くには行っていないはずだ。
「あれは!」
遥人は草原の中で一人上を向いて座っている人影が見えた。こんな夜中に一人草原で座っている人間はそういないだろう。
「リアムー!」
遥人は走りながら人影に向かって彼の名を叫ぶ。
人影が声に反応してこちらを向いた。
「間違いない」
遥人はスピードをあげる。どんどん近づいていくうちに姿が明確になっていった。
「リアム大丈夫か」
リアムの近くまでいくと遥人は止まる。
彼は服は剣で斬られたのか切れ目が出来ていた。しかし、本人を見たところ外傷はない。
「ごめん、ハルト。心配させちゃったみたいだね」
「大丈夫か。ルノクと戦ったんだろ?」
「なんできみがそれを知っているんだい?」
リアムは低い声で質問する。
「ルノクが突然現れたからだよ」
予想もしな質問に戸惑うもありのままに答えた。
「そうか。それはそうとみんなは無事なの? ハルトの言い方じゃそっちもなにかあったみたいだね」
いつもの声に戻ったリアムはな
「ああ、ルノクの仲間の騙し討ちによってキッドさんとヴィレッタさん、ガジルさんが亡くなられた。オーフェンは無事だがミアはまだわからない。ミアの捜索はオーフェンに任してきた」
「そうか。キッドさんたちが……残念だ」
リアムはやるせなさそうに拳を強く握る。
今回自分たちのパーティーの問題を相談したほどの人たちを亡くしたのだ。
彼のショックは遥人では想像出来ないほど大きいものだろう。
「わかった。じゃあ、村に戻ろうか」
「おう」
遥人は先に走り出したリアムの後ろを走る。
彼はどこか寂しさをかんじた。それはキッドたちを亡くしたものとはまた違う寂しさを。
遥人はどこかリアムの背中が以前より遠くなった気がした。




