因果応報
ハルトは薄暗い部屋で時が来るのを待っていた。
戦闘が終わって数分しか経っていないが、待ちきれない。
痛みと恐怖を与えるためという狂った理由で、ゆっくりと四肢を引き抜かれたのだ。
いくら回復したとはいえ、怒りは収まらない。頭の中でのシュミレーションだけでは彼の欲求は抑えられなかった。
轟音と共に扉が吹き飛ばされる。
ハルトは来たる怨敵の方向に顔を向けると笑顔を浮かべた。
「にぎやかな登場だね。また会えて嬉しいよ」
「随分と調子に乗ってるじゃねーか。もう一回バラバラにしてやるよ」
ハルトの目の前には二、三十人ほどの衛兵を連れたロックが立っていた。
脳筋は相変わらず無造作に殺気をまき散らしている。お陰で味方である衛兵たちの表情は引きっていた。
「副監獄長様も無様だな。こんな雑魚に殺されちまうなんて」
ロックは目の前に仰向けで倒れているクレールに冷たい視線を向ける。
彼はもうクレールに対して興味を失ったのかハルトに視線を戻した。
「少なくともあんたより優しさを持ってたよ」
「優しさ? くだらねーな。この強さが全ての世の中にそんなもんは邪魔なだけだ。そんな甘い感情があったからそいつは足元をすくわれたんだよ」
「なにいってるんだ?」
ハルトはロックを蔑むように見る。
「それは、弱者のいい訳だろ。甘さを持っていても足元をすくわれないのが強者だろ?」
「なにがいいたい……?」
ハルトは狂気的に笑う。
「だからロック、あんたが弱者ってことだよ」
「貴様っっ!」
ロックは怒声を上げながら殴りかかる。
前回の遥人であれば、確実に当たっていただろう。
だが、変えられた。
ハルトはパンチをギリギリまで引きつけ、瞬時にロックの背後に回り後頭部に殴りつける。
ロックはそのまま吹き飛ばされ顔面から壁に激突する。
ハルトはロックに近づき間髪入れずに殴り掛かる。
ロックはとっさにハルトの方に向き直り両腕でガードしようとするが豪雨の如く降り注ぐ拳に為す術もなかった。
ハルトは殴って、殴って、殴り続ける。ロックに思考する暇を与えないため懸命に。
部屋には打撃の音のみが響き渡る。
非現実的な光景に衛兵は呆然と立ち尽くしていた。
監獄の力の象徴であるロックが目の前で10代後半と思われる少年に一方的にやられている現実。
彼らの反応はごく当たり前だった。ハルトやっていることはそれほど異質なのだ。
ハルトは連撃を止め、無様な姿を晒すロックに告げる。
「これが正しい立ち位置だ。今この瞬間から”僕が強者だ„」
◇
「う、うそだろ……? あの、ロック様があっさりとやられるなんて」
「あのガキはいったい何者なんだ!?」
衛兵達はハルトの攻撃で動かなくなったロックを見ると口々に話しだした。
ハルトは衛兵達のいる方向に向き直り獲物を狙うように彼らを見つめる。
「次はあんたらの番だ……死ぬ準備は出来てるか?」
ハルトのドスの利いた声に衛兵達は剣を構える。が、後ずさりをしてしまっていた。
ここにいる全員が分かっているのだ。
少年には勝てないと。
ハルトが戦闘態勢に入ろうとすると、背後から複数の巨大な水弾が襲いかかる。
今のハルトにはやわな奇襲は通用しない。襲いかかる水弾を表情を変えずに避ける。
「まだ、俺との決着がついてねーぞ」
「随分といかつくなったもんだな」
ハルトの前には魔力を纏った青い肌の大柄で傷だらけのリザードマンが立っていた。
リザードマン、ロックは呼吸を荒げながら口を開く。
「ほんとはこの姿にはなりたくはなかったがな。認めてやるよ。お前は強い。だが、俺が強者。これは絶対だ」
「ならもう一度教えてやるよ。身の程をな」
お互いが同時に動き出す。そして、拳が交わる。それを契機に二人の攻防は激しさが増していった。
ハルトは右ストレートを打つが左腕で弾かれ、正確に打撃を返してくる。
負けじと左ストレートを打つが、今度も右腕で避けられてしまう。
これまではハルトがスピード、力で圧倒的に勝っていたため接近戦を有利に進めてきた。
しかし、今は互角に近い。時間が経つほど経験の差で追いつめられるのは眼に見えていた。
ハルトは不利を語り距離を取ろうとつま先に重心を掛ける。
だが、ロックはその時を黙って見ているほど甘くはない。
水で三つの穂を持つ槍、三叉槍を創り追撃してくる。
上半身を捻ったハルトの顔の横を、穂先が掠めた。留まらず、ロックは連続して突く。ハルトは上半身を左右に逸らし避けていった。攻撃が終わった一瞬、手のひらから朱殷の液体が流れ、刃渡り一メートルもの太刀を創り斬りかかる。
「くっっ……」
ハルトの想定外な応戦に対応出来ず、三叉槍ごと身体を斬られる。
ロックは相当傷が深いのかうずくまってしまう。
「いい発想だったよそれ。これからも使わせてもらうよ」
「それがお前の能力か……?」
ロックは傷を押さえながらハルトをにらみつけた。
ハルトは敵意の篭った視線を気にする素振りを見せない。
「僕の能力は血を操ること。だけどそれだけじゃない。身体機能と脳神経の強化。そして見ての通り四肢を引き抜かれても完治出来る」
「なぜ、自分の能力ペラペラと喋る? 俺を舐めているのか?」
ロックは更に強くにらめつける。
「いや、舐めてないよ。その姿の身体能力の高さは脅威だし、あんたの”水を操る„能力も全力を出せばここの部屋なんか簡単に壊せるぐらいの規格外な力なんだろうね」
手のひらを返すように褒めちぎるハルトにロックは怪訝な表情を浮かべた。
「なにがいいたい? まあいい。ここで俺の本気見せてや……」
――刹那、血しぶきが飛ぶ。
ロックの右手が吹き飛んだのだ。
彼は何が起きたか分からないといいたげな表情をするが、状況を理解すると顔をひどく歪め、倒れ込む。
「ぐあぁぁっっ!」
「だからいっただろ? 血を操るって」
ハルトはその姿を無表情で見下げながら述べる。
「ど、どういうことだ?」
「この能力は相手の体内に流れる血に僕の血、もしくは僕の身体が直接触れた時に”相手の血を支配出来る„」
「まさかさっき斬られたときに……ぎゃあぁっっ!」
左手、両足が吹き飛ぶ。そのあまりの痛みにロックは涙を流す。
「どうだ? 四肢をもぎ取られた気分は」
あまりの無様な姿にはあの強者と名乗り、力にものをいわせていたロックの面影はなかった。
「ロック知ってるか? 本当の弱者って奴を」
ハルトの問いに答える余裕はロックにもうない。
無様なロックの姿を見下ろしながらハルトは残酷に笑う
「全力を出す前に虫けらみたいに殺される奴のことだよ」
ロックだったものは、はじけ飛ぶ。
そこには血の池だけが残った。
「まさにあんたのことだよ。ロック」
ハルトはロックがいた場所にそう呟くと、衛兵達の方へと振り返る。
「最後まで残ったキミたちには選択権を上げよう」
悪魔は笑うとこういった。
「どうやって死にたい?」