悲劇
「ミアは全員の身体能力の強化を。僕は後方で援護するからハルトとオーフェンは二人協力してゴブリンたちを倒してくれ」
リアムは短く各々に指示する。
ミアは三人に自身の能力をかける。彼女の能力は、”味方の身体を強化する„能力だ。シンプルな能力で自分の身体の強化は出来ないという弱点はあるがその力は絶大である。
「よし、いくよ」
リアムは両手に雷の槍を作ると前方に投げつける。
二つの雷槍は辺りを照らしながら進み、広い空間まで出る。
そして――
―― 雷槍に照らされた二体のゴブリンの頭部に突き刺さる。
二体のゴブリンは地面に倒れ込み、役目を終えた二本の雷槍は音をたてて四本の青白い柱に分かれ、四方に散っていった。
「ギギャギャ」
ゴブリンたちの悲鳴が響く。
四方に散った雷柱は正方形を描くと内側に激しい雷撃を放ちゴブリンたちの身体の自由を奪ったのだ。
「二人とも今だ」
ハルトとオーフェンは走りだし、剣を。一方は短刀を抜く。
大きな空間に出ると痺れて身体の自由を奪われたゴブリンたちの命を刈り取っていく。
彼らの剣筋は華麗だった。しなやかに動く剣筋は青い光に縛られたゴブリンたちの身体をなぞり、赤く染め上げると次の標的へと流れるように向かっていく。
二つの剣筋が動きを止めたとき、辺りの標的は地に伏していた。
「ふっ……」
額に汗を浮かべながらオーフェンは息を吐く。
今日は調子がいい。オーフェンは高ぶる心を抑えつつ短刀をしまう。
クエストが始まったときは奴の仲間気取りな態度に腹が立ってクエストをやり遂げられるか心配だった。しかしいざ闘いが始まればそんな心配は吹き飛び、なぜかいつもより動く身体と全身に駆け巡る高揚感で彼の頭は支配されていた。
オーフェンは汚い血を垂れ流し絶命しているゴブリンの姿に目をやる。
ざまあみろ。オーフェンは邪悪に笑う。
「雑魚なくせにこのオーフェンさまに恥じをかかせるからそうなるんだよ」
オーフェンはドス黒い感情を心の奥にはしまうと今後のことを考える。
今回同行したキッドたちは自分の実力に驚き、感嘆するだろう。そして、奴の悔しがる顔が目に浮かぶ。あぁ、気持ちいい。奴に、ゴブリンに奪われた栄光が一日にして戻ってくる。またあの三人で戦った日々が帰ってくのだ。
オーフェンは脳内で浮かび上がる理想的な情景に思わず笑みをこぼすと不意にミアの方を見る。
「えっ……?」
オーフェンの瞳孔が大きく開く。彼の目に映ったのは懸命に叫ぶミアの姿だった。
彼は周りを見回す。
「なっ……?」
オーフェンは初めて自分が置かれている状況に気づく。
四方八方から矢が迫りきていたのだ。距離にして約一m。
だが、オーフェンの顔には余裕が戻る。
一瞬、焦ったが彼の能力は瞬間移間動だ。普通に逃げるのならもう遅いかもしれない。だが、瞬間移動ならギリギリ間に合う距離だ。
「え」
足がなにか掴まれる。
オーフェンは足元を顔を向けるとそこには自分が斬殺したはずのゴブリンが自分の右足を掴んでいた。
彼の顔が青ざめていく。その様子にゴブリンはニヤリと笑うと右腕を引く。
オーフェンの身体が前へ倒れていく。
あぁ、終わった。
頭の中でその言葉が木霊した。
◇
遥人は痺れた十五体のゴブリンを掃討すると顔を上げる。
三mほど上に岩肌からはみ出た出っ張りの上に立ったゴブリンたちが弓を構えていた。
遥人は周囲を見渡す。
360度遥人たちを囲むように出っ張りがあり、前方のゴブリンと同じように出っ張りの上でゴブリンが弓を構えていた。
「なるほど、準備万端ってわけか」
前方から弓矢が遥人に向かって発射される。
遥人はネガシオンで襲いかかる弓矢を振り落とすと飛び上がり左手で出っ張りを掴んでその上にあがった。
弓を放つ前に接近されたゴブリンたちは腰に付けた鞘から剣を一斉に抜く。
―― 遥人とゴブリンの剣が重なる。
遥人はゴブリンの剣を弾くと斜めに斬りつけ一匹のゴブリンを絶命させる。
ゴブリンたちも負けじと四方から遥人に斬りつける。
が、そこに遥人の姿はない。
「グギャ」
四匹のゴブリンから血が噴き出す。
遥人はその素早い剣撃で四匹の身体を斬るとゴブリンたちの間をその小柄身体で上手く抜けたのだ。
遥人はそのままゴブリンたちの方へ走りこむと俊敏な動きでゴブリンの剣撃をネガシオンでいなし、流れるように空いた脇腹を斬りつける。
少しずつゴブリンは遥人に押されていた。戦闘が始まって一分もしないうちにその数は半数以下になっていた。
「オーフェンっっ!!」
―― 甲高い悲鳴が洞窟に響き渡る。
遥人はミアの悲鳴で振り返る。
彼の目には向こう側のゴブリンたちが何かを囲むように弓を構える姿が映った。
弓は下向きに向けられていた。
遥人は弓の方向へ目線を映す。
―― そこにはなにも気づいていないオーフェンがいた。
遥人は相対するゴブリンから完全に意識を外すと走りだす。
間に合え。それだけ考え遥人は足を動かす。
―― 弓は無情にも放たれる。
遥人はに下に降りると懸命に走る。
―― 奴は、俺の足を掴むゴブリンの腕を斬ると、俺の首を掴んで投げ飛ばす。
「なんでだよ……?」
俺の目の前にいたのは弓矢が全身に突き刺さった奴の姿だった。




