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オリジンワールド  作者: HIGEKI
脱獄
3/50

反転

 

 

 遥人は死んでいた。感情が。

 あの絶望や、恐怖。さっきまであった虚無感すらもう彼の心には残っていなかった。


 ――無心。


 その言葉が今の彼の状態を最も正確に表現している。悪い意味で。

 仮にどれだけ鮮やかに美しく描かれた絵画を見たとしても彼の心には響かないだろう。彼の目は濁っているのだから。彼の角膜は一切の情報を遮断しているのだ。


 辛うじて脈打つ血管だけが身体の自由を失った彼が生きている唯一の証明だ。


 彼が憧れた”明晰夢„とはこんな残酷な世界だったのだろうか。怒りを抱くことも許されず、痛みで怒りを恐怖で染め上げ縛る。自由なきこの世界が本当に”まさに夢のような代物„なのか。()()()()()()()()()()()()()()()


 悲しいことに彼はそんな疑問を抱くことはない。遥人は死んでいるのだ。感情が。


 だからこそ気づかない。



 ――部屋全体が光に照らされていることを。


 光は徐々に輝きを増していく。光は脈が弱くなって死にゆく遥人を包むように照らす。

 遂には光の輝きは殺風景な空間を飲み込み全てが光に帰った。


 光は次第に物質化していき空間を埋めつくす白いキューブへと変貌する。

 白いキューブに亀裂が入る。  



 パチン



 何かをはじいた音が鳴る。一度亀裂が入ったものはもろい。きっかけを得た亀裂は白いキューブを駆け巡り白いキューブは砕け散る。



 殺風景だった景色は全てが白に塗り替わっていた。


 白い空間には二人いた。


 一人は身体を欠損し倒れた遥人。そして、彼を見下ろし立っている()()()()だ。



 少女はとにかく白かった。肩まで伸びた白い髪に白い腕。神々しい白いロングドレスに切れ込みから見える細い白い足と白いヒール。眉毛も白い。まさに無彩色に支配されたともいわれたてもおかしくない容姿をしていた。()()()()()()()()

 白に反発するような朱い目が遥人を捉える。


「久しぶり。遥人」


 少女はしゃがむと懐かしそうに彼の名を呟く。

 遥人はなにも反応しない。当たり前だ。彼は死んでいるのだから。


「せっかく目を覚ましたのに一時間もしないでまた眠りにつくの? あの子たちの頑張りも無駄になっちゃうね」


 言葉の割に幼さを残す少女は悲しそうな顔を見せない。逆に少しにやけているようにも見える。


「あの子も自分を犠牲にしてまで生かしたのに、遥人が死んだって知ったらどんな顔するのかな。泣き崩れるのかな。ショックで寝込んじゃうのかな。どっちも見たことないから見てみたいかも」


 少女は”あの子„がどんな反応するのか想像し無邪気に笑った。


「でも、きみにはこっちにいてもらわなきゃ困る。きみが()()()()()()()()()()


 少女は左手で遥人の首元を掴み持ち上げる。


「強引な手段でやるけどごめんね」


 少女は右手に白い”なにか„を纏わせると右手をゆっくり引く。


「ぐぎゃっっ!」


 少女は右手で遥人の胸を刺す。

 まだロックの薬が効いている遥人は尋常ではない痛みで顔を上に向け悲鳴をあげる。


「もう少しだから。我慢して」


 少女は遥人の悲鳴の中、彼の心臓を掴み、強く握る。


 遥人の悲鳴が収まり、遥人は顔を下へ向けた。


「よし、どうかな」


 少女が腕を引き抜く。彼女の右手についていた血は白い床を汚す。

 彼女は躊躇なく左手で掴んでいた遥人の首を放した。


 重力で遥人の身体落ちていき床に激突……()()()()()()()



 ――空中に浮いた遥人から朱い何かが噴き出す。


 勢いはどんどん強まり白い空間に激しい風を巻き起こし、笑う少女の白い前髪を揺らした。


「成功したみたいだね」


 満足気な少女の視線の先ではさらなる変化が起きていた。


 床に飛び散った血が遥人の胸に空いた穴に集まっていく。集まった血は穴を覆い数秒すると遥人の身体に吸い込まれるように消えていった。胸の傷は消え、残されたのは穴が開いた服のみだった。


 変化は止まらない。遥人の両肩と腰から流れていた血は意思を持つかのように傷口を覆い完治させる。


 彼の血は欲張りらしい。傷を完治させるのだけでは飽き足らず、両肩と腰から血が噴出し、徐々に形を変え、両肩から噴出した血は両腕を。腰から噴出した血は両足を形成し、液状から固体に変化していく。朱い色が肌色へと色を変えて両腕と両足を完成させた。


 少女は遥人が五体満足になったところを見届けると指を鳴らす。



 パチン



 白い壁と床が魔法のように消え、少女に光が注がれる。


「一応、適当に服置いとくね。裸じゃまずいでしょ」


 少女はいつのまにか揃えた黒いTシャツと白い短パンなどの服装を光の外側に置いた。

 彼女は再び変わり果てた遥人の姿を瞳に映す。そして、東の方角へと顔を向ける。()()()()()()()()()()()()()


「ごめんね。きみの知っている遥人を殺しちゃったかもしれない」


 少女は遥人の方を向き直ると手を振る。


「じゃあね遥人。ボクは『オリジンワールド』で本当のきみを見てるよ」


 光は輝き少女を包み込むと何事もなかった様に消えた。


 ――最後の変化が始まった。


 髪の右側から中心に向けて赤が進行していった。中心に到達すると赤と黒が混ざり合う。渦を巻いた色たちはいつしか一つの色に定まり止まる。


 遥人から噴き出す朱い色の”なにか„が収まり、風がやんだ。



 ――地に足をつけた()()()はゆっくりと目を見開き、顔を上げる。


「っつ!!!!」


 ハルトは頭痛で頭をおさえる。頭痛とともに自分が拷問された記憶が頭の中を駆け巡る。


 ロックにサンドバック代わりに好き放題にいたぶられ、他にも言葉に出来ないほどの拷問じみたことをされて最終的に四肢を()がれたこと。全て思い出してしまった。


 楽しそうに殴りつけ、四肢を捥いでいたあの醜い顔。何食わぬ顔で去っていった老人の顔。


フラッシュバックされた記憶が黒に染まる。

 湧き上がる黒い憎しみは伝染する。

 脳髄から伝わった憎しみは心拍数跳ね上げ、両手を震わせる。

 

 罪なき人間が”弱い„だけの理由で残虐行為は許されない。


 ハルトは笑う。

 罪人は報いを受けなければならないのだ。


 置いてある衣類を身に纏うとヤガミハルトは、拷問によって周辺に飛び散った血を全て吸収してその場に座る。


 強引に力を解放させられた彼には理性という楔形(くさび)はもうない。


 普通の高校生、八神遥人はもう完全に死んだ。


 



 ◇





 クレールは小走りで階段を下りていた。事態は一刻を争う。

 獄長室にロックが入ってきたあと、自慢げに自分が行った所業について語り始めた。

 中身はひどいもので、とにかく目を背けてくってしまいたくなるほど惨たらしい内容だった。


 クレールは強き者は弱き者を守る義務があるという考えの持ち主である。

 少年も彼からしたらその弱き者の一人だ。


 小柄な体格もそうだが、一番の理由は彼が魔力を一切持たないことである。

 魔力とは生物が先天的に保持している力だ。

 身に纏うと、身体能力が飛躍的に向上する。

 魔力は身に纏わない限り基本的には見えないものだ。しかし、クレールほどの実力者になると視る事が出来る。


 魔力のような強大な力は戦闘には必須事項だ。

 本来であれば魔力を持たないものは存在しない。

 いや、存在出来ないといった方が正解だ。


 この世界の空気中には”魔素„という物質がある。

 魔素は体内に取り込まれると魔力を生成する性質を持つ。

 世界にいるだけでどんな存在も自然と魔力は身についてしまうのだ。


 常識的に考えると少年は稀で、奇怪な存在。

 だが、それだけだ。

 クレールはそんな弱い人々を守るためこの仕事をしている。

 守るべき対象が今、近くで息絶えようとしているのだ。

 彼の行動が任務に支障をきたす可能性があるとしても少年を助けないわけにはいかない。


 クレールには少年を救える方法があった。

 彼の能力は対象者を触れれば時を止める事が出来る。

 少年の状態にもよるが傷口の時間を止め、止血することで命を繋ぎ止められるかもしれないのだ。


 階段を下り終え、監獄の最深部に辿り着く。

 クレールは正面にある目的の場所へ向かって走り出した。

 彼がこれほど焦ったことはここ数年ない。

 見慣れているはずの殺風景な廊下に不気味さを覚えるほどだった。


 やっと部屋の前まで行き着いたクレールは、走る勢いそのままで扉を開ける。

 だが、部屋に入ると立ち止まってしまった。


 視線の先には……


 腕と足を持った朱殷(しゅあん)髪の少年が笑みを浮かべ、座っていた。




 ◇



「なにが起きているんだ……?」



 クレールは目の前の少年の様子に驚愕を隠しきれていなかった。

 風貌は、変わっているが彼であることは間違いない。


 しかし、本当に彼ならば平然と座っているわけはない。引き抜かれた

 


 ロックによって()()()()()()()()()()()()()()()()


「ハルトくんですよね。大丈夫ですか?」


 少年は何も返答しない。

 クレールは不気味に思ったが、コミニュケーションを取るため一歩踏み出す。


「なっ!?」


 ――目の前に少年がいた。


 不意の接近にクレールの身体は硬直してしまう。


 少年は薄笑いを浮かべると拳を振り上げる。

 

 しかし、その拳は振り下ろされることはなかった。


 少年の身体はクレールの能力によって動きを止められていた。

 


「危なかった。あなたに掛けた能力は一時的に解いただけに過ぎません。まだあなたは私のコントロール下だ」


 完全に少年の動きが止まったことを確認したクレールはため息をつく。

 不意打ちとはいえ、少年の接近に気づけなかった。

 

 ロックに弄ばれていたあの少年と同一人物とはクレールには思えない。

 元々実力を隠していたのか、それとも短時間で覚醒したのか……

 


 突然、朱殷の光が辺りを照らす。

 それは少年を中心にどんどん強くなる。

 クレールはその輝きと共に起きている異変に気付く。


「魔力が発生しているだと……?」


 クレールは目の前で起きている事象に驚きを隠せない。ついさっきまで魔力が全く視えていなかった少年から魔力が発生しているのだ。しかも、()()()()()()()()()()()()()()()


 魔力は纏わない限り具現化しない


 しかし、あの魔力は余りの濃さ故に常識という壁を破壊し、具現化を可能としているんだ。

 拳を向ける小さな少年にクレールは不気味さを感じていた。


 少年の身体が震え始める。

 徐々に震えが大きくなる。

 クレールは危険を察知して瞬時に距離を取る。

 彼の本能が警鐘けいしょうを鳴らしていたのだ。

 このままだと仕留められると。


 パリン


 何かが割れるような音がした瞬間、少年の視線と重なった。

 それは”捕食者の目„だった。

 クレールをただの”獲物„としか認識していないのだ。


 物凄いスピードでこちらに近づいてくる。


 危険を感じたクレールは黒い玉のようなものを取り出し、地面に投げつける。

 黒い玉から黒煙が発生し周辺を包む。

 黒煙で自分の身を隠すと魔力を纏い自身の身体能力を上げて出入り口に向かう。


「なっ!?」


 ――突然行く先に少年が現れる。


 少年はとてつもないスピードで蹴りを入れてきた。

 クレールはとっさに両腕でガードするが吹き飛ばされ壁に激突する。


 蹴りの衝撃で周囲の煙が晴れる。少年は衝撃で出来た壁の窪みにもたれかかるクレールの方にゆっくりと近づいてきた。


「能力を無効化された今、正直私に勝ち目はゼロと言ってもいいでしょう。確かに私の能力は対象に触れなければ発動しません。ですが、偉人達は私たちに素晴らしい知恵を残してくれました……。それは“魔力による能力の強化”です」


「……」


 クレールは立ち上がり軍服に付いた埃を手で払う。


「さぁ、ハルトくん。この数の魔弾を避けきることはできますか?」


 完全に黒煙が完全に晴れると、クレールの周りに数えられないほどの球状の黒いエネルギー体があった。


 魔弾が少年に襲いかかる。

 初弾をジャンプして避けると走り出す。

 少年は俊敏な動きで床を蹴りながら避け続けクレールに接近しようとするが、彼の周辺には常に魔弾があるため迂闊に近づけない。


「ではこれはどうでしょうか?」


 少年は魔弾に囲まれて逃げ道を塞がれてしまう。

 が、これまでの戦闘の影響で散らばっている鉄の破片を拾い、魔弾に投げつける。

 魔弾に当たり、爆発が起きる。

 すると、魔弾は消滅し、代わりに鉄の破片が浮いていた。


「まさか、そのようなやり方で回避するとは。機転が利きますね。ですが……チェックメイトです」


 少年はさっきの10倍以上に増えた魔弾に囲まれていた。

 魔弾は容赦なく少年を押しつぶし、今までとは比べ物にならないほどの大爆発が起きる。


「終わりましたか。しかし私に全力を出させるとは……彼は何者なのでしょうか。まぁ、それはあとでたっぷりと聞かせてもらいましょうかね」


 クレールはメガネを指で押すと、少年を回収するため爆発によって起きた煙の中、歩を進める。


 だが急に腹部に温かさを感じ、頭を下げる。

 そこには、朱殷の魔力を纏った手が生えていた。


「ぐふっっ」


 自分の状況を理解すると激痛が襲い共に吐血する。

 後ろを振り返ると戦闘不能になったはずの少年がいた。


「なぜ……?」


「ありがとう。あなたのおかげだよ」


 少年は初めて口を開き、続ける。


「”魔力による能力の強化„とてもためになったよ。それを知らなかったら危なかった」


「ど、どういうことですか……?」


「あなたは勘違いしているみたいだけど、僕の身体能力は魔力によるものじゃない。()()()()()()()()


 クレールは驚嘆した。

 魔力による能力の強化をした状態でやっと追い詰められた力が能力の副産物であれば、彼の全力とはどれほどなのだろうか。


 クレールはハルトの表情を見て考えを改める。

 追い詰めていない。なぜなら彼に傷一つ付けられていないのだから。


「さぁ始めようか、演戯ふくしゅうを」


 そこには泣き叫ぶ弱者(遥人)はいなかった。いるのは静かに笑う強者ハルトだった。



読んでいただきありがとうございます。HIGEKIです。本当もっと早く投稿する予定だったのですが

諸事情がありまして遅れてしまいました。本当に申し訳ありません。

ご感想、ご意見、誤字脱字などお待ちしております。

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