殲滅
針葉樹林を抜けると城下町は焼き払われケペル城の全容が露わになっていた。
城の周りには緑色の旗をいくつも掲げた兵士たちが城の周りに包囲陣を敷いていた。
「見るも無残だな。だが、内通者がいるとはいえ短時間で城下町を焼き払い城を完全に包囲するとは。なかなかの手腕だ」
サリエルは見えない敵に賞賛を送りながらもケペル城に向かって歩き続ける。
「さてとそろそろ始めるかな」
彼女の言葉に呼応するように彼女の左上に魔道書が現れる白く光りを放ちながら開かれる。
魔道書から弓と矢を出したサリエルは歩きながら三国連合に弓矢を向け、放った。
矢は音を立て突き進み、兵士の頭を射抜く。
「さあ、どう出る?」
サリエルから笑みがこぼれる。その顔はゲームを楽しむ少女のように混じりけない笑みだった。
一人の兵士が突然絶命し、赤髪の女。”龍殺し„が突然現れたことで隊列が少し乱れる。だが、指揮官のような男が大声出して兵士たちの動揺を鎮めると隊列は元の姿に戻った。
「ほう、兵士もよく教育されているな」
サリエルは感心したように成り行きを見守る。
冷静を取り戻し無駄な動きを見せなくなった隊列に変化が起きる。
歩兵が多かった三国連合に騎兵隊が編成され気づけば群れをなした騎馬隊が土煙を上げてこちらに迫ってきていた。
「一万、二万、いやそれ以上か。随分ご立腹のようだ」
迫りくる騎馬隊物怖じせず歩みを止めない。
騎馬隊の先発隊が目の前まで差し迫る。
―― サリエルは笑う。
「エスパシエル。どうやらいい運動が出来そうだよ」
魔道書が褐色に包まれていく。
―― 起き上がれ
サリエルは右手上げる。
目の前の大地が盛り上がり弾丸のような岩塊が天へと打ち上げられていく。
次々と打ち上がる岩弾は騎兵隊の悲鳴を掻き消すほどの轟音で平原の空気を支配していた。
いつしか岩の砲撃は終焉を迎える。
先発隊が殲滅さていく様をただ見ることしか出来なかった残兵たちは砲撃が終わっても立ち尽くしていた。
「ひ、怯むな! 敵は一人だっ!!我に続けっ!!」
指揮官の一人が立派な髭を生やした顔を歪ませながら剣抜き馬を走らせる。
勇猛果敢に攻め込んで行く指揮官に触発され騎兵たちも続く。
指揮官は入り組んだ地面を器用に進みながらサリエルに近づいていく。
彼の背中は折れかけた騎兵たちの心持ち直させたのだ。
「うん?」
一人の騎兵が声をあげる。
目の前の指揮官の背中を覆うように影が出来ていたのだ。
騎兵は空を見上げる。
「えっ?」
絶句。彼の様子を表すのに最も当てはまる言葉だろう。
―― 降り注げ
サリエルの上がった右手を振り下ろす。
天から数えられないほどの火を纏った隕石が急激なスピードで近づいていき―――
―― 騎兵隊に衝突した。
次々と落ちていく隕石は火花を散らし地煙で周囲を覆い隠していく。
「少しやりすぎたか」
隕石が止み、徐々に視野が開けてくる。そこには数十メートルはある大穴が突如現れた。
底は深く、指揮官を含め後に続いた騎兵たちは大穴に広がる闇とともに消えっていった。
「魔道書は扱えるようになってきたようだな。じゃあ次は……」
サリエルは大穴を飛び越えると残った五千ほどの騎兵に目をやる。
「ひぃっ」
騎兵たちは怯えるように声をあげる。
「身体能力だ」
魔道書が白く輝きサリエルは太刀を取り出すと騎兵たちに向かって走り出す。
「逃げろっ! 」
指揮官を無くした軍は弱い。
一人が叫び逃げ出すと統率を無くし蜘蛛の子散らすように逃げていく。中には馬が言うことを聞かず走って逃げる者もいた。
「はぁ……」
統率を無くした騎兵たちにサリエルは溜め息を漏らす。
サリエルは地面を蹴る力を強くしスピードをあげると逃亡する騎兵たちを追い抜てケペル城を目指す。
焼き払われた城下町を抜けると城を囲む兵が襲いかかってくる。
上から振り下ろされる剣を太刀で避け流れるように脇腹を切り同時に放たれた矢の中を走り抜ける。
城壁に前まで辿り着くと周囲を囲まれ四方から槍が迫りくる。
サリエルは太刀を円状に振り穂を切りつけ槍の殺傷能力を奪うと、槍から分離した穂先を左手で回収すると兵の顔面に投げつける。
顔面に穂が刺さった四方の兵たちは身体を地につける。
魔道書が赤く光りを放つ。
―― 燃え上がれ
サリエルは眼前の弓兵たちを指差すと柱状の炎が発生し城壁ごと弓兵たちを包み込む。
彼女は指を弾く。
瞬間、炎の柱は消える。その場には焼け落ちた城壁だけが残った。
城内に侵入し城の連なる屋根を飛び乗り屋上に辿り着く。
サリエルは屋上からケペル城の周辺が見下ろす。
彼女の瞳には追ってくる兵士。逃げ帰ってきた騎兵。そして、その中心にいる男。
サリエルの目が蒼く輝き光のように瞳が映す敵の身体を通過する。
―― 周囲に破裂音が木霊した。
◇
「ここまでとは……」
ロイドは苦虫を噛み潰したように険しい顔をする。
彼の前には一人の少女から逃げ帰った騎兵隊がいた。
二万五千いた騎兵は三千まで減っていた。
生き残った者たちは疲弊仕切り馬から降りて地面にへばりついていた。
だが、それ以上に隣の男が動揺を見せていた。
「もうおしまいだ……」
小太りの男、ビルドは青い顔をして絶望感に苛まれていた。
ロイドとしてもこの状況は想定していなかった。
ビルドの話から東征軍総司令のガイロンが恐れているという情報を聞いて強者であることはわかっていた。
それでも二万五千の軍勢を文字通り壊滅させたとは現状を見ても信じることが出来なかった。
撤退するべきだった。一人で馬鹿にされたと思い感情で行動したことを後悔していた。
「撤退します」
「わ、わしは、わしはどうなるんだ!」
ビルドはロイド肩を掴み掛る。
ロイドは優しく微笑むとビルドは安心して肩から手を放した。
ロイドは剣を抜くとビルドの首をはねる。
ビルドだったものは音を立てて倒れた。
少し遠くに落ちたビルドの顔は満面な笑顔をしていた。
ロイドは剣を振り血を払うと鞘にしまう。
「皆の者。今から撤退する。包囲網を解き速やかに祖国べヴァリエに帰るぞ」
「「「「はっ」」」
兵たちはロイドの名を受けそそくさと撤退の準備を始めた。
ロイドはこれからのことを考える。戦いは負けるだろう。
三国連合は滅亡への道一気に突き進むでいく。それ以前に今回の作戦を立案実行したのがロイド自身ということもありべヴァリエ王国の立場が弱くなり、最悪な状況が見えていた。
考えるだけでも頭が痛くなる。
ふっと気配を感じロイドは振り向く。
彼の視線の先には彼の頭を悩ませる元凶である”ヤガミアマギ„がケぺル城の屋上から見下ろしていた。
目線が一瞬交わる。
―― 何かがはじける音と同時にロイドの身体が地面に倒れ込む。
ロイドの身体が急激に重くなり身体が動かない。
「うおおっ!」
ロイドは自分の身体を叱責するように叫びながらゆっくりと立ち上がる。
「はぁはぁはぁ」
ロイドの呼吸は荒い。
少し動くだけでも通常の二倍の力を使ってしまう。
そんな中、ロイドは違和感に気づく。
―― 周りが異様なほど静かになことに。
ロイドは嫌な予感を抱え震えながらゆっくりと後ろを振り返る。
目の前には真っ赤な世界が広がっていた。
そう、ただ何もない血に染まった草原だ。
言葉でなかった。思考が現実に追いついてこない。
だが、”元凶„だけは頭で理解していた。
ロイドは顔を歪ませながら振り返る。
「かはっ」
ロイドの左肩に何かがさりそのスピードが殺しきれず血が染みこんだ地面に倒れ込む。
痛みが広がっていく。左肩には白い太刀が刺さっていた。
「お前が総大将か」
魔導書を従えた”元凶„は冷徹にロイドに問う。
「あぁ、私が総大将だ。お前がヤガミアマギか」
艶美な紅色の髪をなびかせ壮麗な蒼い瞳を持った美しい少女がロイドの目に映る。
「やっていることとそぐわない容姿だな」
「そうか? おまえは私の想像通りだったぞ」
ロイドは魔力を纏い右手で左肩の太刀を引き抜くと起き上がりサリエルを斬りつける。
「いっただろ? 私の想像通りだったと」
白い太刀は白い右手に受け止められる。
「くっ」
「一つ私の能力を教えてやろう」
右手で剣を受け止めたままサリエルは話し始めた。
「お前がいつものように動けないのは私の眼、”邪眼„によるものだ」
「”邪眼„だと?」
「”邪眼„は真実を映す。所有者との実力差があるほど相手に強い呪いをかける」
「呪いだと?」
「お前自身には身体能力を極端に下げる呪いがかかっている。冒険者でいうとSランカーといったところか。ちなみにお前の周辺の雑兵は力の差がありすぎてはじけ飛んでしまったようだがな」
サリエルは太刀の刀身を握りロイドの手から振り解きと柄に持ち替えると切先を天に向ける。
「最後に名前を聞いておこうか」
ロイドは覚悟を決めると名を名乗る。
「私はロイド・ヘルシャードだ」
「そうか」
サリエルは太刀を振り下ろす。
「安らかに眠れ」




