小鬼王
ゴブリン王は不気味に光る王冠を被り骸骨の仮面を付け鎮座する。
大柄の身体を覆う黒いローブは白い軍服を強調させていた。
「顔を上げよ」
「「「「「「はっ」」」」」」
王の言葉に臣下たちは一斉に顔を上げる。
各々表情は数分前とは違い張り詰めていた。
―― ある男を除けば。
「ルノ前に来い」
「はっ」
ルノクは立ち上がると相変わらず無表情で王の前まで進むと再び跪く。
「相変わらず冷静だな。私の前で表情を変えないのはグラとお前だけだ」
「お褒めの言葉有り難く頂戴致します」
ルノクは王の放つ重圧な魔力臆する様子もなく淡々と答える。
「ところでヴァローナの件だが」
遂にこの場にいる全員が気になっていた話題に王が言及する。
王の間で一人邪悪な笑みを浮かべる男がいた。
ゾイだ。
この場ではゾイは地面を見るしかないが、ルノクが重い罰を与えられいつもの無表情が崩れて絶望に染まる瞬間をこの目で焼き付けたいという思いを抑えきれずにいた。
はやく、はやく
ゾイの心の言葉が漏れてしまいそうになるほど王の判決を待ち望んでいた。有罪という判決を……
「よくやった。流石私の息子だ」
「ありがとうございます」
「お前ならこの作戦の真意に気づいてくれると信じていたぞ」
予想外の展開にその場の殆どの者が驚愕の表情を浮かべる。
一番驚いたのはゾイだ。
おかしい。作戦に参加したルノク以外全てのゴブリンが失われたのだ。そんな惨敗と言える結果で何故お咎めがないのか。賞賛されるのかが理解出来ない。納得出来なかった。
「お、恐れながらお聞きしたいことがあります」
「なんだ? 申してみよ」
「ルノは作戦を成功したということでよろしいのでしょうか?」
「あぁ、そうだ」
ゾイの質問に王は少し怪訝低い声で答える。
「ルノはヴァローナを攻め落とすどころか百人もの部下全てを失い無様にも逃げ帰ってきたのですよ? それのどこに賞賛する要素があるのでしょうか? 」
王はゾイの発言に溜息を漏らす。
落胆の溜息だ。
ゾイはますます理解出来なくなる。
今の発言に何か間違いがあっただろうか。
一番信頼しているオズでさえ怪訝の顔をしている。
「私がいつヴァローナを落とせといった?」
ドスの効いた声と共に強大な威圧がゾイに注がれる。
「ぐぎゃ」
ゾイは奇声と共に尻餅をついてしまう。
「私はヴァローナ攻め入れとしかいっていない。人間に勝つことは目的ではない」
王はそう言い切ると続ける。
「真の目的はゴブリンの恐ろしさを人間に示すことだ」
「ゴブリンの恐ろしさを示す……?」
「従来我々ゴブリンは弱小種族として認識されてきた。しかし、今回の作戦で多くの同朋を殺戮してきた冒険者たちを蹂躙し、実力の高い冒険者と同等に戦い、途中から参戦してきた複数の実力者たちを抑えて帰還に成功した。これで人間たちにゴブリンの恐ろしさが身に染みただろう」
「しかし、父上。我々の力を隠し油断させた方が人間に大きな打撃を与えられたのでは」
「浅いぞゾイ。実力を示した上での勝利の方が人間や他種族に与える勝者の印象は大きいお前の案だと油断させたから勝ったというような印象を与える。それは完全なる勝者ではない」
「王の仰る通りでございます。私が浅はかでありました。お許しください」
ゾイは尻餅をついた状態から跪き王に謝罪する。その手はほんの少し震えていた。
「それにしてもルノ。ヴァローナを攻めろというだけで期待通りの動きをしてくれたものだ」
「ただ任された兵の数と冒険者の大体の実力実力から行動したまでです」
「今後の活躍を期待しているぞ」
「はっ」
ルノクは短く発すると元の位置へ戻っていった。
「では、私は自室に戻る。グラは私についてこい」
「はっ」
王は玉座から立ち上がると自室に向かい歩いていく。
ゾイの前で歩みを止め前を向いたまま口を開く。
「ゾイ次の作戦での良い報告を待っているぞ」
「はっ、ゴブリンの真の恐ろしさを人間供に教えてやります」
王はゾイの言葉を聞くと再び歩き出しその後ろにグラが続く。
ゾイの握られた拳の震えは大きくなっていた。
◇
「はあ……今日の召集はドキドキしっぱなしだったよ」
ゴブリン王の召集が終わり自室に帰るためルノクとリリは王の間と比べるとみすぼらしい燭台に照らされた廊下とは名ばかりの洞窟を歩いていた。
「でもよかったね。お父様に罰どころか褒められて」
「ああ」
「やっぱり予定通りって感じ?」
「一応な」
「流石ルノお兄ちゃんだね。リリだったら全然わからなかったよ」
「簡単な話だ。散々やられっぱなしだった人間にたった百体のゴブリンで市壁に囲まれている街を攻め落とすなんていくら力をつけた俺たちでも無理な話だ。それに実際に手強そうな奴らもいたしな」
「手強そうな奴ら? どんな冒険者なの?」
リリは興味津々にルノクに聞いてくる。
「一人は情報にもあったヴァローナ唯一のAランカーのローガンとヤガミハルトって冒険者だ」
「どんな人たちなの?」
「ローガンはあまり戦わなかったが実力は情報通り高い実力をもつ冒険者だった。ただなにか鬱散くさい男だった」
「ふーん、じゃあヤガミハルトって人は?」
「やつはローガンに近い実力者だ。いや、伸び代でいえばローガン以上かも知れないな」
「お兄ちゃんがそこまで言うなんてね。リリも戦ってみたいな」
「やめておけ。俺にまともに一太刀いれた男だ」
「え? お兄ちゃんに? それはお兄ちゃんに任せた方が良さそうだね」
「次会うのが楽しみだ」
「ふふふ」
「どうした? 」
「お兄ちゃん笑ってるよ」
「そうか」
「また笑った」
「痛たっ」
ルノクはリリに拳骨を入れる。
「おちょくるな」
「ごめん、ごめん。お兄ちゃんがそんな笑うの珍しいからさ」
「まあいい お前の部屋左だろ。早く自分の部屋に戻れ」
ルノクたちの目の前には左右二つに道が分かれていた。
「わかったよ じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
リリは手を振りながら左の道へとルノクは右の道へとそれぞれ違う道へと消えていった。




