宿敵
「俺が触れているからなのか、地面に顔を押しつけられて視界が潰れているからなのか知らないが能力は使えないようだな」
ルノクは足でオーフェンの頭を踏みつけながら冷静に分析をする。
オーフェンは言葉にならない声を出しながら立ち上がるろうとするが頭がびくとも動かない。
「無駄な抵抗だな。諦めろ」
オーフェンはこのままでは立ち上がれないと察したのかルノクの足を掴み、退かそうとするが結果は変わらない。
「ルノクサマ、ホウコクイタシマス」
一体のゴブリンがルノクに走り寄り跪く。
「ニンゲンハ、ゼンメツイタシマシタ。シタイハドウシマスカ?」
「放置しろ。敵の増援が来るまで待機だ」
「ワカリマシタ」
「聞いた通りだ。他の冒険者も大したことなかったようだな」
ルノクの声は一段と乾いていた。世界の覇権を握る人間の中で戦闘を得意とした冒険者がこれほど弱いことに落胆を隠せない。期待が大きかった分その落胆は大きかった。
ルノクは計画の実行から大きく遠ざかったことを感じていた。
「剣を貸せ」
「カシコマリマシタ」
ゴブリンから剣を借りるとオーフェンに剣先を向ける。
「お前に俺の剣で死ぬ価値はない。惨めに死ね」
剣先が下へと動く。
―― 静かな草原に衝撃音が響く。
ルノクは剣を止め市壁に目を向ける。
立ち上がっていた土煙が晴れていくと半裸の男とが現れた。
しばらくするともう一人黒髪青年が姿を見せた。
「新手か」
目線をオーフェンに戻す。しばらく考えるとオーフェンの最善な利用方法を思いつく。
ルノクはオーフェンから剣先を外すとオーフェン頭から足を退ける。
オーフェンは圧力が消えて驚いたのか頭を上げた。
しかし、ルノクはオーフェンに休息を与えない。ルノクはオーフェンの顎を蹴り上げる。
オーフェンの身体が宙に浮きあがるとルノクはオーフェンの首を強引に掴み締め上げる。
「ぐごごごご」
オーフェンは首を絞めるルノクの腕を力なく握り、醜くなった顔を歪め苦しそうに唸る。
ルノクは再び市壁を見る。
市壁の上に現れた冒険者の二人は驚愕の表情を浮かべていた。特に少年の方は顕著に驚きが表情に現れていた。
ルノクはオーフェンに視線を戻し、容赦なくオーフェンを貫く。オーフェンの手がルノクの腕から離れるのを確認すると剣を引き抜く。
「お前はもう用済みだ」
ルノクは標的を定めるとオーフェンを投げ捨て市壁を見上げる。
彼の顔には笑みはない。いつもの無表情なルノクがそこにいた。
◇
遥人はパニックを起こしていた。予想もしないことが遥人の考える時間を与える暇なく流れるように起きて現状を把握出来ていなかった。
「ハルトくん、退いてくれ」
遥人は横へローガンに突き飛ばされる。
ローガンの周りには2、3mほどの岩石多数が浮かび上がっていた。ローガンが右手を前へ向ける。右手の示す道を沿うように岩石は一斉にゴブリン群れへと向かっていく。
隕石のように迫ってくる岩石に目立った対抗をする事もなくゴブリンたちは被弾する。約100体を襲った岩石は凄まじく、この戦いで一番の轟音と土煙を生み出す。遥人の視界は土煙で埋め尽くす。
「落ち着け。混乱するのは分かるが規模は小さいとはいえ戦場だ。戦場での気の乱れは自分の死を早めるだけだ」
「すみません」
ローガンの言葉で遥人は我に戻る。
遥人は一度オーフェンのことを頭片隅に置くと目の前を見据える。
土煙は少しずつ晴れていき草原の全貌が少しずつ見えてくる。
草原の姿は変貌していた。至るところにクレーターが出来ており遥人は思わず月の表面を頭に思い浮かべる。眼前の景色ははもう草原といえるか難しかった。
風が吹く。土煙は突然の風で吹き飛ばされ草原の全貌が明らかになる。
遥人は草原の様子に目を見開く。
「冒険者たちに当たらないようにしたとはいえ、全員殺すつもりで放ったんだが……」
血で染まったクレーターに囲まれ、平然とルノクが立っていた。
「あの青年相当やるね。こっちも気を張らなきゃね……ハルトくん……?」
遥人は壁に飛び乗ると前のめりになり壁角を強く蹴りつけ草原へ飛び出す。
風の抵抗をもろともしない猛スピードでルノクに接近する。
遥人はネガシオンを抜くとルノクを斬りつける。
ルノクは表情を変えず片手で持った剣で受け止める。
「っ!!?」
ルノクに驚きの表情が浮かぶ。遥人の斬撃に押され重心が後ろに下がってしまう。
彼は下げていた左手を剣の柄を握り両手で遥人の強撃に対抗する。
しかし、遥人の斬撃を受け止められず後退してしまう。
「ッ!? 」
ルノクの剣が遥人の強烈な斬撃で折れてしまう。
が、お構いなしに遥人は追撃する。
ルノクは自身の剣を抜き振り下ろされる剣を受け止め往なすと腹部に切り込む。
遥人は軽くネガシオンで守るとルノクの剣を弾きルノクの喉元に剣先を向け突く。
ルノクは剣の腹で身を守るが直ぐに反撃出来ない。その隙を見て遥人は槍使いのように突き続ける。
突きの嵐にルノクは防戦一方になる。一突き一突き強烈な攻撃は少しずつルノクを後退させた。
「なめるな」
連撃で剣の軌道を読んだのか下から斬り上げ遥人のネガシオンを弾く。その隙に大きく後退し間合いを取ると飛び上がり遥人に斬りかかる。
空中からの剣戟を遥人はネガシオンで受け止める。重力で圧力を増した剣戟は遥人の立つ地面に亀裂を走らせる。
しかし、遥人はルノクの剣を押し返すと上段から斬りつける。
剣を弾かれたルノクは剣がガード間に合わずまともに肩口を斬りつけられる。
ルノクは再び大きく距離を取ると右手を向ける。
彼の周りに2,3mほどの岩石が複数浮かぶと遥人に向かって放たれる。
「あれは、おじさんの……!」
ローガンと全く同じ攻撃にローガンと衛兵たちは驚きの声を上げる。
しかし、遥人には驚きはおろか、ローガンと同じ攻撃だと認識がなかった。
遥人のこれまで以上に研ぎ澄まされた集中力は迫りくる岩石の対処法しか興味がなかったのだ。
常人離れした集中力は遥人が動けば動くほど速く、鋭くなっていた。
遥人は迫る岩石へ走り出す。岩石との距離が少しずつ狭まる。だが、剣を下げたまま岩石を斬る気配はない。
そのまま遥人は岩石に向かって走る。ひと目で進むべき道を判断すると岩石の間を爽快に走り抜けていく。遥人は襲いかかる岩石を見ても恐れは感じない。今の遥人にはもはや避けることは容易だった。
遥人は岩石の嵐を抜けるとルノク目の前に魔力を放出したネガシオンを持って現れる。
「な、なに……?」
ルノクは予想以上の速さで近づく遥人に身体が反応出来ない。
遥人はネガシオンを振り下ろす。
ルノクの強固な肉体を青白い魔力が貫きルノクの背後を覆いつくす。
驚愕の表情を浮かべたルノクは右肩から左腹の切り口から血を流し倒れ込む。
遥人は深く息を吐くとネガシオンを振って戦いで付いた血を払うと鞘にしまう。
戦いが終わり不思議な高揚感が遥人を包む。
ルノクと剣を交えたときから異様な状態が続いていた。余計な感情が一切なくなりどんな状況でもなにをすればいいか瞬時に答えが出てきた。その時はどんな相手が来ても負ける気がしなかった。例えローガンと戦っても同じ感情を浮かべるだろう。もしかしたらこれが世にいうゾーンってやつなのかもしれない。
「あっ、オーフェン」
遥人の脳内に剣で貫かれたオーフェンがよぎる。辺りを見回すと腹部から血を流すオーフェンを見つける。
「オーフェン!」
遥人はオーフェンに駆け寄るろうと走り出す。
―― 遥人の身体に寒気が走る。
遥人は振り返る。
鋭い剣戟がとてつもないスピードで迫っていた。
遥人は咄嗟にネガシオンを抜くと襲いかかる剣戟を受け止める。
「くっ!!!」
ギリギリで受け止めた遥人は少しずつ押し込まれていく。
不利を悟った遥人は身体を左側にひねりルノクの左頬目掛けて蹴りつけるが、遥人の剣の軌道を読んでしゃがんだルノクに足を掴まれるとそのまま投げ飛ばされる。
遥人は足で勢いを殺しながら着地するとネガシオンからローガンとの戦いで貯めた魔力を全て放出させる。
「うおぉぉ!!!」
ルノクに向け青い斬撃を放つ。
さっきより強大な斬撃はルノクの姿を覆う。
荒れ果てた草原に新たな爪痕を残しながら斬撃は突き進んでいく。
が、斬撃の動きが急に止まる。その光景に遥人が衝撃を受ける暇を与えずに斬撃は二つに分裂すると空気中へ消えるように分散した。
「まさか、この俺に本気を出させるとはな……」
黒い魔力を纏ったルノクが無表情でこちらを見ていた。
「なぜお前が生きている? さっきの傷はどうした?」
遥人は右肩から左腹に切り込みルノクの身体は分断されたはずだった。
反してルノクの身体には傷一つ残っていない。
「簡単なことだ」
ルノクは剣を自身の首にあてがうとそのまま首を斬る。
深く傷ついた首から血が噴き出す。しかし、黒いエネルギーが傷口から出てくると傷口を覆う。数秒すると黒いエネルギーは役目終えたかのようにルノクの身体に溶けるように消えていく。黒いエネルギーが覆っていた傷口からの出血は止まり、深くきずついた様子が嘘のように癒え元の状態に戻っていた。
「大抵の傷は癒える。お前らと違って簡単には死ぬことはない」
遥人はとてつもない焦りを感じていた。最後の切り札とも言えた魔力の斬撃が通用しない。そのうえ死に至るほど深い傷をも癒す回復力を持つルノクに勝つイメージが見えてこなかった。
「来ないのか? なら」
遥人の視界からルノクが消える。
「こちらから行くぞ」
無感情な呟きを右耳から拾うと顔と共にネガシオンを動かす。
剣身は遥人の目の前まで来ていた。ネガシオンでは間に合わないと理解した遥人は左側へ下がろうと地を蹴ろうとするが、ネガシオンを振り右重心になっていた遥人の身体はバランスを崩してしまう。
防ぐ術を失った遥人に刃は容赦なく迫る。
「!!」
遥人の目の前からルノクの姿が消える。いや、遥人の3mほど前方に移動していた。
ルノクも予想外だったのか無表情だったルノクの目を見開き驚いているようだった。
「!?」
畳みかけるようにルノクの身体に糸のようなものが巻き付き手足の自由を奪う。
「危なかったね新人くん」
声の主と思われる存在が遥人の目の前に現れる。
遥人の窮地を救ったのは無邪気に笑う少年と腕を組んだ褐色の美女だった。




