小鬼
突如現れたゴブリンたちを討伐することを決めた遥人は東門に向かう方法を模索していた。
今遥人がいるのは街の西側。東門は文字通り真逆だ。向かうとしたら走るしかないわけだが直ぐに到着するのは難しい。ゴブリンの力が遥人の想像通りのレベルなら東門に着いたときにはゴブリンたちが討伐されてしまっていることもあり得ない話ではない。
しかしいくら思い巡らしても遥人には走る以外に思い浮かばない。
これ以上考えても時間が過ぎるだけだと考えた遥人はネガシオンを鞘にしまうと東の方へ身体を向け走り出す。
「もしかしてさ、東門まで走っていこうとしてる?」
「そうですけど……」
「東門っていったら反対側だよ? 時間かかるしそんな距離走ったらおじさん疲れちゃうよ」
「そんなこと言われても他に方法なんて……」
「あるよ」
あっさりと答えるローガンに遥人は驚く。時間をかけて考えたわけではないが走る以上に迅速にかつ体力を消耗しない方法は遥人には見つけることが出来なかったからだ。
動きを止めたゴーレムたちの身体が細かく分散する。ゴーレムの身体を構成していた紫の岩石が引き寄せられるようにローガンの元へ集まっていく。
再び一つになっていく岩石はただの岩の塊から形を変え、岩の巨兵と化し遥人の前に姿を現した。
変わらず不気味な身体を持つゴーレムの大きさは今までのとは比べるものにならない。手、足は太さ増しており体長は一見しただけでも10mはあるだろう。
「こいつに投げ飛ばして貰うのさ」
「ロ、ローガンさんって以外と大胆なんですね」
ローガンの型破りな方法に遥人は苦笑いを浮かべる。
ふわっとした口調や少しずれた発言からローガンはどうやら変人の部類に入るらしい。
「待ってください。僕も同行させてください」
遥人は後ろを振り返るとそこには寝ているはずのリアムが立っていた。
「動いて大丈夫なのか?」
「あぁ、大丈夫。心配かけたね」
リアムは笑みを作るが、その額には汗が浮かんでいた。
「っっ!?」
突然リアムの右頬に風が吹き付ける。リアムにローガンの蹴りが迫っていた。
リアムは瞬時に状況を把握すると右腕でガードする。
ローガンの蹴りはリアムの右腕に衝撃を吸収され勢いを落としていく。
「くっっ!」
リアムは顔を歪めるとほんの少し身体が縮こまる。
体勢を崩したリアムは蹴り勢いを完全に殺しきれず闘技台の端まで吹き飛ばされ倒れ込む。
「試験のときのきみなら簡単に受け止められたはずだ」
ローガンはゆっくりとリアムに近寄り、屈み込む。
「この状態で東門に行ったら確実に足を引っ張る。最悪死ぬぞ」
ローガンの声は冷たい。
遥人はその言葉から再び冒険者のリアルを垣間見た気がした。冒険者ギルドでエルフの受付嬢を見て興奮していた自分が恥ずかしく思えてきていた。
「くっ……」
ローガンの厳しい言葉を受けリアムは悔しそうに下を向く。
「まぁ、今は身体を治せ。焦りは禁物だよ~」
ローガンはいつも軽い口調でリアムの方を叩くと踵を返す。
「大丈夫か?」
遥人はローガンと入れ替わるようにリアムに近寄ると手を伸ばす。
「ありがとう」
リアムは遥人の手を取り立ち上がる。
「まだ冒険者じゃないきみが戦おうとしているのに冒険者である僕がこのざまなんて……情けないよ」
リアムは笑みを浮かべる。だが、遥人にはリアムの笑みは“何か„を誤魔化すように見えた。
“何か„に触れてはいけない。そんな一種の恐怖で遥人はリアムに掛ける言葉がわからなかった。
「でも、ローガンさんのおっしゃる通り今の僕では足手まといだ。僕はここでミアと待ってるよ」
「お、おう」
「ゴブリンは任せたよ。ハルト」
リアムは拳を遥人へ向ける。その顔はいつものリアムだった。
「ま、任せろ」
遥人は向けられた拳に自らの拳をぶつける。それでも遥人の中に芽吹いた疑念は消えなかった。
「ハルトくん」
いつの間にか闘技台に上っていたミアが心配そうに遥人を見ていた。
「大丈夫だよ。リアムと気楽に待っててよ」
遥人の言葉を聞いてもミアの表情の表情は晴れない。ミアはしばらく口を噤んでいたが意を決したように口を開いた。
「そんなのだめだよ! ローガンさんとの戦いのダメージが残っているのに続けてゴブリンたちとの戦いなんて……ましてはまだ冒険者でもないんだよ」
「確かに冒険者ではないし戦闘経験もあまりない。でも、自分の実力をもう少し戦って自信をつけたいんだ」
ミアはきょとんとした表情を浮かべる。だが、すぐに遥人の眼差しから熱意を感じ取ったのか和やかに目を細める。
「ならここでいう言葉は一つだね」
ミアは拳を突き出してにこやかに笑う。
「いってらっしゃい!」
「おぅ! いってきます」
突き出された拳に拳を合わせる。この世界で二人目の拳はやわらかかった。
「え?」
遥人は突然堅いものに挟まれる。
よく見ると巨大ゴーレムの手だった。
「話は終わったみたいだね」
ローガンも然も当然のようにゴーレムの掌に包まれていた。
「じゃあ行こうか」
「ま、まだ心の準……」
ゴーレムは大きく両腕を振りかぶる。
遥人は大空へと投げ飛ばされる。ゴーレムの凶悪さを表すかのように突き進む。
「うわぁぁっっ!!!」
遥人の全身に問答無用に強風が襲いかかる。それは今まで感じたことがない空圧で目を開けることはおろかろくに考える余裕さえ奪われた。
「無事かい?」
ローガンは遥人の隣で平然としていた。
遥人は言葉の代わりに全力で頭を横に振る。
「あ、そう」
「なんで聞いたんだ」と思わず遥人は突っ込んだがその声は無情にも奇声で終わってしまう。
「そんなことよりそろそろ着くよ」
気づけば遥人の身体が急降下していく。目の前に見える市壁の歩廊がぐいぐいと近づいてくる。遥人は急速に進む事態に声を出すことしか出来なかった。
「うわぁぁぁっっ!!」
市壁に衝撃音と共に土煙が広がる。
「ふぅ……死ぬかと思った」
投げ飛ばされた時どうなのかと心配したが、今自分の手足が地面の存在を感じていることに遥人は安堵していた。
が、同時にある事実に気づく。
「痛みがない……」
現実世界では死んでしまうような行動をしても死ぬどころか痛みすらない。非現実的なこの状態に改めて異世界であると遥人実感させられた。
「ハルトくん無事かい?」
いつの間にか土煙は晴れ、数十人の衛兵達と変わらぬローガンの姿が見えた。
市壁の上の光景が広がる。市壁の上は市壁と同様石で造られた歩廊になっておりその歩廊を守るかのように街の外側と内側に1mほどの壁があった。
「ところでいつまでそんな格好してるの?」
「はい?」
遥人はローガンの言葉で自分の様子を確認する。
彼は獣のように両手足を地につけていた。
「かはぁぁ!」
遥人は自分の状況に気づき恥ずかしさを隠すように素早く立ち上がる。
「面白い着地の仕方をするんだね。変わったやつだ」
「あはは」
遥人は「あんたに言われたくない」と言い返すのをぐっと抑え、乾いた声で笑った。
「そんなことより状況は?」
「ゴブリンの集団が現れた一報があって直ぐに冒険者のみなさんが駆けつけてくれました。しかし……」
そこで衛兵は口を閉ざす。その顔もどんどん青白くなっていく。ほかの衛兵達の顔色もよくない。
衛兵は一度唾を飲み込むと覚悟を決めたのか口を開いた。
「しかし、ゴブリンたちの予想以上の強さに為す術もなく挑んだ冒険者は全滅しました」
「な、なに!?」
ローガンは声を上げると外側の壁に乗り出す。遥人もローガンにつられて東門外を確認する。
眼前に広がっていたのは衛兵の話した通りの景色だった。
冒険者たちの死体が目の前埋め尽くしていた。闘技台に広がっていた青々しい草原はそこには無く、冒険者たちの流した血で赤く染まっていた。
「これほどとは……」
ローガンは驚きの声を漏らす。流石のAランカーでもここまでの惨状は予想していなかったようだ。
冒険者の惨状に対してゴブリンの死体は見当たらない。それほど冒険者と人間の戦力差があったのだろう。
人間と比べると小さい体格にゴブリンの象徴と言える緑色の肌。簡素な茶色の短パン。ゴブリンの容姿は遥人の知っているゴブリンそのままだった。
「うん? あれは……?」
遥人は群れの中にゴブリンとしては体格とは思えない者がいた。
その容姿は耳が長く尖っており短く切り揃えられた深い藍色の髪にそれを際立たせている色素が薄い肌。
肌に溶け込むような白いフードが付いた袖が短いパーカと白いパンツを着た青年だ。
特徴からは受付嬢と同じ形状の耳を持っていることからおそらくエルフだろう。
遥人は疑問を感じる。もし青年がエルフであるのならばなぜ平然とゴブリンの群れの中にいるのだろうか。
ゴブリンは彼を襲う様子を見せない。彼の表情からも焦りが見えない。それどころか表情が無い。
遥人の中で得体の知れない不安が渦巻いていた。
―― 突如その青年の足元から何かが現れる。それを男は強引に掴みあげる。
「オ、オーフェンっ!!?」
青年に首を締めあげられ、苦痛で顔を歪めたオーフェンがそこにいた。




