冒険者とは
ローガンとの試験を終えたリアムは闘技台の隣に建てられた仮設テントに運び込まれ医師の治療を受けていた。
テントの中は白いカーテン状の布で囲まれており、入り込む日の光は心地よく内部を照らしている。
ベッドに寝ているリアムの容態は深刻で腹部が青く腫れあがっており、意識を失っている状況でも顔を歪めていた。あの戦いの様子も考えると内蔵が破裂していてもおかしくはないだろう。
遥人とミアが見守る中、医師はベットの脇の椅子に座るとリアムの腹部に両手をかざす。動作に対応するように翡翠色に輝く光が腹部を中心にリアムの身体を優しく包み込むとリアムの腹部の腫れはみるみるうちに消えていき、表情も落ち着きを取り戻していった。
「これが異世界クオリティ……」
「異世界……?」
「地元の医者と比べると異世界みたいにレベルが違うなーあはは」
「そ、そうなんだ」
遥人の咄嗟の言い訳にミアは言葉を詰まらせながら苦笑いを浮かべていた。
「治療は終わりました」
医師はかざしていた両手をおろすとゆっくりと立ち上がると遥人たちに向き直り、言葉を続ける。
「内蔵の損傷は完治しましたが、魔力と電気を纏った負担は大きい。しばらくは目を覚まさないでしょう」
医師は「お大事に」と短い言葉を残しミアのお辞儀を背中にテントから出た。
医師の姿が見えなくなるとミアは息を吐きながらさっきまで医師がいた椅子になだれるように座った。
「これで一安心だね。試験だから死んじゃうことはないって分かってはいるけど必要以上に心配しちゃうんだよね」
「仲間なんだし心配するのは当たり前でしょ。気にすることはないよ」
「そうだよね。ハルトくんも仲間なんだから無理しないで頑張って」
「ありがとう。でもただで帰って来られるほど甘い相手じゃなさそうだけどね」
「ヴァローナを拠点とする冒険者で一番強い人だからね。負けちゃったけどあそこまで戦ったリアムくんも凄いんだよ」
遥人はさっきの戦いを脳裏に浮かべる。
魔力と電気を纏ったリアムは普段の遥人に近い強さだった。
そんなリアムをねじ伏せたローガンの実力を見ればヴァローナで一番強いと言われるのも納得がいく。
「この街には他にAランカーはいないの?」
「いないよ。でもAランカー級の実力を持ってる人は何人かいて全員がローガンさんのパーティーメンバーなんだ。だからローガンさんのパーティーもこの街じゃ誰もが認めるナンバーワンパーティーだよ」
ミアのローガンのパーティーについて楽し気に語る様子を見ると、そのパーティーへの尊敬と憧れが感じ取れた。
おとなしそうであまり争いを好まなそうなミアがこれならヴァローナの冒険者などからも人気が高いと予想出来る。
「そんなすごいパーティーなら一度会ってみ……」
突然身体が重くなった。
心なしかテント内も暗く感じる。
身体に突き刺さるようなプレシャー、それ以上にこちらの恐怖を煽る魔力は強大で、椅子に座るミアも先程とは打って変わって耐えるように下を向き、握る拳には冷や汗を浮かばせていた。
「ミア、大丈夫?」
「なんとか……ありがとう」
ミアは遥人が差し出す手を握り立ち上がる。
だが、その顔には余裕は見えず苦しそうに息切れを起こしていた。
「取り敢えず外に出てみよう。立てる?」
「うん」
辛そうに立ち上がろうとするミアに遥人は手を差し伸べる。
「ありがと」
遥人たちは巨大な魔力の根源がいるであろう闘技台を目指して小走りでテントの外へ急ぐ。
「これは……」
遥人の眼前には大勢の観戦者が息苦しそうに倒れ込んでいた。その光景はもはや試験とはほど遠い異様な状況だった。
そんな中にも立っている冒険者はいた。強大な魔力と威圧の中、立っていられるところを見ると実力がある冒険者たちなのだろう。
「八人か……ならこれはどうかな」
野太い声に従うようにそこにいる者たちは地に這いつくばる。
空間に漂う空気が更に大きくなった魔力の影響でその場ので立っている冒険者たちに突き刺さり疑似的な痛みを与える。
自身の身体が傷ついたと錯覚してしまうほど襲いかかる魔力は重く、鋭い。
「きゃっ」
「ミア!」
ミアも他の冒険者たちと同じように地面に倒れ込む。
「もろいな……こんなんじゃいつまで経ってもAランカーになれないよ」
呆れたようにことの元凶は倒れている挑戦者を見下ろしている。
「きみもそう思うでしょ?」
闘技台の階段をゆっくりと登ってくる遥人に強大な魔力を発するヴァローナ唯一のAランカー、ローガンは賛同を求める。
「そんなことよりそのダダ漏れな魔力止めてもらえませんか? 仲間が寝てるんで」
◇
遥人とローガンは睨みあっていた。
未だに強大な魔力を出し続けているにも関わらず遥人は微動だにしない。
ギャレックなどの強者と比べればローガンの魔力は能力を使わなくてもなんてこともなかった。
二人の睨みあいは続く。
お互いの表情は徐々に険しくなりいつ戦闘が始まってもおかしくない。
「わははは、悪かった。すぐに止めるよ」
「えっ?」
遥人は突然の変わりように思わず気が抜けた声をだしてしまう。
同時に強大な魔力は忽然と消え、地に付している観戦者や先程の冒険者たちから苦しい表情が消えた。
「それにしてもきみ凄いね。おじさん本気でやったのに顔色一つ変えないとは」
「なんであんな魔力を放出したんですか?」
遥人は静かに訊く。
「絞り込みだよ。リアムくんとの戦いで熱くなりすぎちゃってさ、普通の冒険者との戦いじゃ物足りなくなっちゃったんだよね」
ローガンは頭を掻きながら笑う。
遥人はヴァローナの冒険者たちに慕われるとあってローガンに対して人格者なイメージを持っていたが、実際は子供のように気分屋な男らしい。
ローガンの態度に遥人の中で何かが切れた音がした。
「少し強引なんじゃないですか? 観戦者の中には一般市民もいるのにBランカーの冒険者が立っていられないような魔力を放出するのは危険です」
「市民は直前に避難するよう誘導したよ」
「それでも受験者もいきなり試験の内容を変えられたら納得しませんよ」
遥人の声を荒げる。
ここにいる冒険者は試験に合格するために様々な努力をしてきただろう。まさにその命をかけて功績を積み上げてきたはずだ。
そんな努力をローガンの気分で人生を狂わされることを考えると遥人はいい気分はしなかった。
「きみは甘いな少年」
ローガンの顔から笑顔が消える。
「冒険者の仕事は多岐にわたるがランクが上がるにつれて未知のダンジョンの探検やら魔物の討伐が主になり危険度が上がる。想定外の事態になるのは日常茶飯事。そんな場所に想定された試験を合格して行ってみろ。死ぬぞ」
遥人にローガンの冷たい視線が突き刺さる。
その冷えた表情は別人だった。
「死んだらそこで終わりだ。もう次はない。だが、試験ぐらい落ちてもてめえが諦めなきゃ次はある。俺はこんな簡単こと気づくのに10年かかったが若い奴らには早く気付いてほしいんだよ。結構大事なことだからな」
ローガンは最後に笑顔を見せる。
遥人は恥ずかしくなった。
試験の先を見据えているとローガンと比べて目先のことしか見ていなかった自分が小さく惨めに感じた。
同時に目の前にいる男がさっきより大きく見えた。
「すみませんでした。考えが未熟でした」
「わははは、分かってくれたならよかった。でもそんな落ち込むなよ。ポジティブにいかんとここまで来たのに合格出来んぞ」
「そうですね。切り替えます」
闘技台に静寂が流れる。
が、両者が構えるとその静寂は終わる。
「そういえば名前を聞いてなかったな。きみの名は?」
ローガンの問いに遥人は力強く叫ぶ。
「ヤガミハルト! あなたを倒すものだ! 」




