前哨戦
「ふぅー スッキリした」
シャワーを浴び、タオルで頭を拭きながら上裸姿でベットに座る。
浴室は異世界感ゼロの現実世界のホテルにあるものと同一のものだった。
ヴァローナの外装や住人や冒険者たちの服装はザ・異世界ともいえる中世期ヨーロッパ風であるのに対して、浴室のように現代的な要素があるこの世界は、異世界と現実世界を混ぜたような世界。まさに夢のようだ。五感もしっかりとしているし明晰夢といってもおかしくない。なのに思い通りに操れない。遥人はますますこの世界がなんなのかわからなくなっていた。
「だがしかし、こんなに早く友達が出来るなんてな。しかも中と外どちらともイケメンの完璧なやつだなんて……裏表もなさそうだし、あいつなら裏切らないかもな」
遥人の表情が強張る。
彼の目は冷たくなにか遠くのものを見ていた。
「ハルトー 準備まだー? 時間すぎてもロビーに来ないから待ちくたびれたよ」
ノックと共に廊下からリアムの少し声が聞こえてきた。
「やば、ごめん、今いく」
部屋に備え付けられている時計を見ると十五分も過ぎていた。
朝食を済ました後リアムに紹介したい人がいるといわれ、出かける約束をしていたのだ。
着替え終えると、急いで部屋を出る。
「ほんとにごめん。ぼーっとしてた」
「別にいいよ。ハルトがそういうキャラって知ってるし」
「なにそのキャラ?」
「そのことは置いといて、人を待たせてるし早く行こうか」
「いや、置いとくなよ」
遥人は突っ込みを気にせず進んでいくリアムにむくれ顔で渋々付いていく。
「どこに向かってるんだ?」
「この街の広場だよ。そこで集合することになっててさ」
「ちなみにその待たせている人とはどういう関係なの?」
「僕のパーティの仲間だよ。今回は僕だけが昇進試験を受けるから同じ宿に泊まれなかったんだ」
「ちなみにリアムってランクどのくらいなの?」
「Cランクだよ」
「それってどのくらいの立ち位置なんだ? 凄い恥ずかしいんだけど冒険者についてのことほとんどわからなくてさ」
遥人は頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「ランクはE~Sまであって、EとDは下級冒険者、CとBは中級冒険者、AとSが上級冒険者って分けられてるんだ。ランクが上がっていくと報酬が高くなっていくんだ」
「ってことは、リアムは中級冒険者ってことなんだ」
「そういうことだね。他にもわからないことがあったらどんどん聞いてよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
遥人が質問しようとした瞬間、こちらに向かって短刀が飛んでくる。
襲いかかる短刀の柄を意を返さず遥人はつかみ取った。
「おい、何分待たせれば気が済むんだよ……?」
遥人たちの目の前には銀髪の男と茶髪の女が立っていた。
◇
「リアム誰だそのチビ?」
「彼はヤガミハルト。彼も試験の受験者なんだ」
「へぇ……」
銀髪の男は品定めでもするようにハルトを見る。
目つきは悪いが顔は整っていて、リアムに負けない美形だ。
「なんか弱そうだな。名字持ちってどっかの坊ちゃんかよ。どうせ短刀を素手で止めたのもまぐれだ
ろ」
遥人はその言葉にムッとしたが、リアムの仲間だと言い聞かせこらえる。
「彼は『オーフェン』口は悪いけどいいやつだよ。そして、その隣の子が『ミア』だ」
「初めましてミアです。うちの仲間が失礼しました。本当は悪い人じゃないんです。許してあげてください」
ミアは申し訳なさそうにペコっと頭を下げる。
髪は茶髪で今まで会った人たちと比べるとインパクトは弱い。
だが、その幼い容貌と遥人より小さい身長も相まって彼女も可愛さを高めていた。
「いや、大丈夫だよ。二人ともよろしく」
「そういや、お前ランクなんだよ?」
「まだ冒険者じゃないからランクなんてないよ」
「はぁ? まさかお前登録費免除のやつか。あんな割が合わないものを受けるバカがいたとはな」
オーフェンの小馬鹿にする態度に言い方がきつくなる。
「そうだ。そのくだらない試験に向けて模擬戦やらないか? 試合前に自分の実力が知れていいとおもうぜ?」
「いいね。その話乗った」
「二人とも辞めてよ! それは模擬戦じゃなくてただの喧嘩にだよ」
ミアはヒートアップする二人に危険を感じたのか慌てて止めに入る。
「ミアいいじゃないか。今止めたとしてもいつかは同じことが起きると思うよ。それだったら早いうちにやってもらった方がいいでしょ?」
「リアムくんまで……」
「これで決まりだな。チビ着いてきな」
◇
「ここなら邪魔が入らないはずだ。しかもここで試験はやるんだ。模擬戦にはもってこいだろ」
「そうだな。わざわざありがとな」
遥人とオーフェンは街の外に広がる草原で相対していた。
「大丈夫かな……」
「大丈夫だよミア。少なくとも君の思う結果にはならないよ」
「チビこないのか? ならこっちからいくぜ」
オーフェンは腰から短刀を取り出すと遥人に斬りかかる。
遥人はそれを軽々と避け続ける。
「確かに動きはいいようだが避けるだけじゃ勝てねーぞ!」
それでもまだ遥人は避け続ける。
オーフェンは遥人の様子に笑みを浮かべる。
「逃げる事しかできねーとかいかにもお坊ちゃまって感じだなぁっっ! その背中にある剣はただのお飾りか!? 早く死ねよこの臆病ものがぁっっ!」
「うるせえよ」
遥人は罵声を浴びせてくるオーフェンにただ冷たく一言だけ告げると、オーフェンの短刀を持つ右手を振り上げるように下から殴りつける。
「ぐぅぅっっ!」
強烈な打撃を受けで短刀がオーフェンの右手を離れ、空中に舞う。
オーフェンは右手に走る激痛に顔を引きつりながら後退する。
遥人はオーフェンの手を離れたナイフをキャッチすると、オーフェンに投げつける。
短刀はオーフェンの頬をかすり背後の地面に突き刺さる。
オーフェンは驚愕の表情を浮かべながら自らの頬を触る。
手には赤い血が付いていた。
「お、お前よくも俺をコケにしたな! 絶対に許さねーぞっっ!」
オーフェンは魔力を纏うとその場から消える。
遥人はオーフェンの姿を初めて驚きの表情を見せる。
「後ろだよ。バァーカ」
遥人の後ろにオーフェンが現れ、殴りかかる。
だが、遥人はその渾身の一撃を素手で受け止める。
「な、なんだと……?」
オーフェンは眼前で起きている出来事が信じられず、硬直してしまう。
「オーフェンの魔力強化したパンチを素手で受け止めるなんて……リアム君はこうなることはわかってたの?」
「オーフェンより強いことはわかってたよ。でも、想像以上だねこれは」
「あ、あ、あり得ない……ッ! この俺の全力のパンチが……」
「俺の驚きを返せ」
遥人はあきれたようにつぶやくとオーフェンの顔面にパンチを入れる。
オーフェンはそのパンチで土煙を上げながら勢いよく吹き飛ばされる。
「いくら不意打ちしてきてもあんな殺気を向けられたら誰でも気づくわ」
土煙が晴れると遥人の目の前には一本の線が色濃く刻まれていた。
2月に間に合いませんでした......すみませんでした
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